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婚約破棄されて毒杯を飲んだ公爵令嬢は地球に転生しました

作者: 耳折れ猫

日本から異世界に転生する話が多いですが、逆に異世界から日本に転生したらどうなるかなと思って書いてみました。需要があるかわからないですが、楽しんで頂けたら嬉しいです。


(都内某所)



 キキーーーイ!  ドンっ!   


 深夜の街にトラックのブレーキ音と、何かがぶつかった音が響き渡った。



 ピーポー ピーポー ピーポー


 すぐに誰かが救急に通報したのだろう。

トラックにはねられた若い女性は救急車に乗せられて病院に搬送されて行った。



痛い…痛いわ…全身が粉々になったようよ。

メアリ、早くお医者様を呼んでちょうだい!

… … … 誰か助けて!



 はねられた女性は、「う〜、う〜」と言葉を発していたが、そのうち意識を失くしたのか静かになった。


「今運ばれて来たのは、信号無視のトラックにはねられた、篠池しのいけ えみさん、27才、女性か」


届けらればかりのカルテを見た医師は、これは難しい手術になりそうだと思いながら、手術室に入って行った。

 女性はそのまま緊急手術が行われる事になった。

その後、10時間の大手術によって女性は命をとりとめたが、トラックにはねられて10メートル飛ばされた身体は全身打撲と骨折で重体に陥っており、意識不明の日々が続いた。




「アンジェラ・ジブリエラ公爵令嬢、其方は公爵令嬢の立場を利用して、このジュエル・ハドロス男爵令嬢を階段から突き落としたり、持ち物を焼却したりしたそうだな。

高位令嬢にあるまじき卑劣な行い。この王太子である私の婚約者として相応しくない。

よってこの婚約は破棄し、其方には名誉の死を申しつける!」


 ここサーザント王国の王太子であるマーカス殿下の言葉に、王立学園の卒業パーティーの場は静まり返った。

学園のホールは卒業生達が華やかな装いに身を包み、卒業を祝う宴が行われていたのだが、卒業生である王太子は婚約者ではないジュエル・ハドロス男爵令嬢をエスコートして現れた。

 ジュエル・バドロスは、バドロス男爵と平民の母親との間にできた娘で、男爵が最近引き取った令嬢である。

金髪で金色の瞳という、美と愛の女神ルティーナとそっくりな色合いを持ち、誰にでも優しく親身になってくれる為誰にでも好かれ、特に男子生徒には圧倒的に人気があった。

 しかし高位貴族女性からは、婚約者がいる男性にも積極的に話しかけ、親しげにボディータッチをする彼女は、蛇蝎のように嫌われていたのである。

 今も王太子の腕に豊満な胸を擦り付けながら縋って、チラチラとアンジェラを見ているが、口角が上がった表情はアンジェラを見下しているのが丸わかりだった。

 しかもジュエルは王太子の瞳の色であるエメラルドグリーンの華やかなドレスを着ており、そのドレスが王太子からのプレゼントなのは一目瞭然だ。

 正式な場に婚約者でない者に自分の色のドレスを纏わすなど婚約者の顔に泥を塗るようなもの。

公式な卒業パーティーでは、ありえない事態だった。

 そこへもって、この断罪劇である。緊急事態を知らせる為に何人か会場を飛び出して人を呼びに行った。

しかし王族を止めるには学園長では無理だ。同じ王族か、それこそアンジェラの父で筆頭公爵であるジブリエラ公爵でなければ、この蛮行は止められないだろう。

間が悪い事に、今日は国王陛下も王妃陛下も視察で王都にはいらっしゃらない。助けは期待できなかった。


「王太子殿下、今私がやったとおっしゃった罪は、私には覚えがございません。なぜ王太子妃教育でこの数ヶ月学園を休んで他国に外交に行っていた私が、ジュエル嬢を階段から突き落としたり持ち物を焼却できるのでしょうか?

私かやったという証拠があるのなら、お見せ願えませんでしょうか?」


「語るに堕ちたな、アンジェラ・ジブリエラ公爵令嬢!階段からジュエルが階段から突き落とされた時に周りに人はいなかった。

それが犯人はおまえだという証拠に他ならない。

おまえの[真眼]でしか誰も犯行を行えないのだ。

おまえは他国にいながら[真眼]を使って、学園にいたアンジェラを害したのであろう!」


 アンジェラは、またこの話かと泣きたくなった。

アンジェラは、もう何年も[真眼]を使っていないと何度も言っているのに王太子は信じてくれないのだ。


「王太子殿下、[真眼]はただ視るだけで、階段から突き落としたり、物を燃やす事などできません。

どうか信じてください!」


「そう言って我らを騙すつもりだな。[真眼]が視るだけと言っているのはおまえだけで、他の事ができないと証明されていない!

私を監視して笑い者にしていたくせに、おまえを信じろと言うのか!馬鹿馬鹿しい。おまえの[真眼]が視る事しかできないとの証拠を出せ!出せないならば名誉の死を与える!」


 アンジェラは、10才の[神授の儀式]で[真眼]というスキルを得た。このスキルは、身体から離れた所の物を[視る]事ができるものだった。

 [真眼]を得るまでは、アンジェラと王太子マーカスの仲は普通の幼馴染として育ち仲が良かった。

 しかしその頃王家では、王妃が産んだ第二王子と側妃が産んだ第一王子の間で、王太子の座を巡って熾烈な争いが行われていた。

 第二王子は、大国であるリディアル王国の第一王女との婚約が間近と言われていた。

リディアル王国の後ろ盾を得たら、第二王子が王太子に選ばれる可能性がグッと高くなる。

 その動きに第一王子派は焦っていたが、そこへアンジュラが[真眼]のスキルを得たとの情報が入って来たのだ。

 国随一の豊かさを誇るジブリエラ公爵家の財力と特異スキル[真眼]持ちのアンジェラは、王太子の地位へ後押しするには充分なものだった。

第一王子派はその話に飛びついて、10才のアンジュラ公爵令嬢と、11才の第一王子マーカスとの婚約が結ばれたのだった。

 しかし[真眼]のスキルがあっても、只の公爵令嬢でしかないアンジェラが[真眼]を使いこなし、王太子争いで華麗に活躍し、勝利に導く事などできるはずが無い。これは小説ではないのだ。

 一方で第二王子とリディアル王国の姫との婚約話は、顔合わせの場で姫が王子の顔が好みでは無いと言い出し、婚約話はあっけなく流れた。

 結果、ジブリエラ公爵家の令嬢アンジェラと婚約したマーカスが、王太子の座に就いたのだった。

 しかし、マーカスは、自身が王太子になれたのは、アンジェラが[真眼]を使って、第二王子の弱味を掴んだからに違いないと考えた。

 アンジェラが[真眼]を使ったのは、幼い頃マーカスに使って見せてくれと言われて使った一度きりである。

 マーカスの部屋を視たアンジェラが、アンジェラの10才の誕生日プレゼントの為に用意した陶器の人形を言い当てた。言い当てられたマーカスは、プレゼントを渡す前に中身がバレたのに腹を立て、癇癪を起こしたのだ。それ以降アンジェらは[真眼]を使うのをやめた。マーカスに嫌われたくなかったのである。

 しかしその後、マーカスは自分の行動をアンジェラが一日中監視していると思い込んだ。

アンジェラは何もしていないと王妃や周りの者が口をすっぱくして言い聞かせてもマーカスは信じようとせず、それ以降二人の仲は冷え切った関係になった。

 成長しても2人の仲は一向に改善せず、マーカスが王立学園に入学してからジュエル男爵令嬢と出会い、婚約者をそっちのけで学園内で愛を語らうというアンジェラには辛い日々を経て、卒業パーティーの日を迎えたのであった。

 

 そして断罪された私は毒杯を飲んだ…。





 また、あの時の夢を見てしまったわ。それにしても、私はなぜ生きているのかしら。

あの卒業パーティーの後、マーカス様に毒杯を飲むように命じられて私は毒杯を飲んだわ。

苦しくて苦しくて、床を這い回ったのを覚えている。あれで死ななかったなんて奇跡ね。

 それにしてもここはどこかしら?公爵家の私の部屋?それとも城の診療所かしら?

手も足も動かないし、目隠しされているから何も見えないわ。

 そうだ、こういう時こそ[真眼]を使うべきじゃない?

マーカス様との婚約は破棄されたのだもの。

もう[真眼]を使っても良いわよね。

アンジェラは、ここがどこか確認する為に8年ぶりに[真眼]を使う事にした。


 「真眼!」


 8年ぶりだったが、スキルは無事使えたようだ。

視界には広くもない部屋の中が見えた。

ここはどこかしら?狭いけど綺麗な白い部屋だわ。

アンジェラの視界には、ベッドで包帯に包まれた人と、いろいろな紐が繋がれた箱が目に入った。

光が点滅して綺麗だけど、この箱は何かしら?

ベッドに寝ている人は身体中を包帯を巻かれた上に紐に繋がれ、ピクリとも動かない。

包帯の間から黒い髪が見えた。


 この人は誰かしら?こんな怪我人がいるならやっぱり城の診療所かもしれないわね。


アンジェラは視界を窓の外に移した。


 嘘……。


 窓の外は見慣れた世界とは違う別世界だった。

四角で高くそびえる建物が整然と並び、下を見ると建物の間にはたくさんの動く物が走っている。

空は小さく建物が邪魔をして遠くまで見渡す事ができなかった。

 アンジェラの知っている中で一番高い建物は国王がお住まいの王城である。

王城の塔の一つに子供の頃かくれんぼで登った事があったが、この辺りの建物はその塔の上から見た高さと同じか高いくらいだ。

 あまりに驚いたアンジェラは、[真眼]を解いた。

視界が身体に戻っても心臓がまだドキドキしている。


「篠池さん、ご両親がいらっしゃいましたよ」


ノックの後、誰か女性が入って来た。


「篠池さんは、もう麻酔が切れているはずなので、まだ話はできませんが、話は聞こえているはずです」


 女性の声に続いて、何人か人が入ってくる音がした。

アンジェラは慌てて[真眼]を発動して様子をうかがった。


(えみ、心配したのよ。あなたがトラックにはねられて意識不明って電話がかかってきた時には、寿命が100年は縮んだんだから」


 白髪混じりの黒髪の女性と同じく男性が、ベッドに横たわる人に優しく話し掛けていた。


「今担当の先生からお話を伺って来たの。全治半年の大怪我だそうよ。あれだけの怪我で命が助かったのは奇跡ですって。あなた本当に運が良かったのよ…」と母親と見られる女性は途中から涙声になっていった。


「笑ちゃんでもね、落ち着いて聞いて欲しいんだけど、あなたの目はもう見えないかもしれないんですって。事故で頭を打って、視力を失ったかもしれないって言われたのよ。

それであなたが住んでたアパートだけど、もう一人で暮らせないじゃない。あなたが勤めていた会社も退職しないといけないでしょう?だからお父さんが実家に帰ったらどうかって言うのよ」


「そうだぞ、笑。目が見えなくなったら一人で暮らすのは無理だ。家に帰ればおじいちゃんもおばあちゃんもお父さんもお母さんも、門や来も福もいるんだ。目が見えなくても何も心配いらない。だから家に帰って来れば良い」


「う〜、う〜」


「良いのね?じゃあ引っ越しは門と来と福にやらせるわ。下着とかはお母さんが詰めるからね。下着は男兄弟に触られたくないものね」


 両親を名乗る人達は、そう言って部屋を出て行った。


 私は混乱していた。

どうやら、私はこのベッドに寝ている女性になったとしか考えられない。

しかし、今の両親は2人共髪や目の色が黒かった。

私、アンジェラ・ジブリエラの髪は白金色で目は青だ。

 

   それなら私は誰なんだろう?


 私は部屋を見渡した。ベッドにネームプレートが付いていて、篠池 えみと書いてある。

あれ、何で私この字が読めるの?それにさっきの人達が喋っている言葉がわかったわ?

 そこで私は恐ろしい話を思い出した。

王妃教育を受けている時に習った事。

 世界には、時たま迷い人という者が現れると。

サーザント王国にも何十年か前に迷い人が現れた事があったと書いてあった。

その人達は違う文明から来て、たくさんの発明品をもたらしたそうだ。

 私が使っていた紙や万年筆、柔らかいパンやマヨネーズ。それにテーブルマナーやダンスも迷い人がもたらしたと聞いたわ。

 もしかしてあの時、毒杯を飲んだ時に私は、死んで迷い人になってしまったのかもしれない。

見た事も無い街並み。黒い髪に黒い瞳の両親。

私は異世界に迷い込んだに違いないわ。

それしか考えられないもの。

アンジェラは、これから自分はどうすればいいか途方に暮れたのだった。


 それから月日が経ち、アンジェラの身体は徐々に回復していって車椅子に乗って移動できるようになった。

相変わらず目は覆われていたが、[真眼]で周りの様子を見られたので、問題なくこの世界の状況を学んでいった。

 この世界には魔法やスキルが無い。その代わり文明が発達している。

国王や貴族もいなくて、平民達が魔法の代わりに電気を使って動力にしていた。

食べ物は冷蔵庫で冷やされ、灯は蝋燭を使わなくても明るい。移動は車や電車、飛行機で外国にも数時間で行けると言う。

 私がこの世界に来て半年が経とうとしている。

もう少し身体が回復したら、この病院も出なければいけないと説明を受けた。

 両親は、実家に帰って来れば良いと言う。

だけど私はその場所もそこに住む人も何一つ知らないのだ。

 この身体にいるアンジェラ・ジブリエラという私はどうすれば良いのだろう。

篠池笑しのいけえみという女性になりすまして生きていく事ができるだろうか?

 私が彼女では無いと知られたら、私は処刑されるのだろうか?運良く処刑されなくても国外追放されるかもしれない。

怖い!こんな異世界で私はどうやって暮らしていけば良いの!

 私は[真眼]で普通に視えているが、それは誰にも知られていないので、看護師の立ち会いが無いと車椅子の使用は禁じられている。

 だけど今は心が落ち着かなくて、無性に外の空気を吸いたくなった。

 最近はエレベーターという乗り物に乗って診察室と病室を移動していたので、エレベーターに乗れば

屋上に行ける事も知っていた。

 ちょうど夕方でナースステーションが忙しくなって人がいない時間だ。

私は屋上に行く事にした。

エレベーターの操作は[真眼]で看護師さんが操作する所を何度も見ている。

Rのボタンを押せば屋上に行けるとわかっていたので、病院内の散歩は簡単だった。


「うわ〜、眺めが最高!」


 久しぶりに吸った外の空気は、少し澱んだような変な匂いがしたが、それでも気分は良くなった。

ビルの間に沈む太陽は赤く大きく、それはアンジェラの世界と同じで嬉しかった。

 あちらの世界で私の身体はどうなったのかしら?

死んでお墓に入ったのかな?

お父様とお母様は私が死んで悲しまれたかしら?王族に婚約破棄されたなんて前代未聞の不祥事だ。

いなくなって助かったと思われているかもしれない。

両親や兄弟には迷惑をかけてしまったわね。

 アンジェラの父は公爵として、更には外務大臣も担っていてとても忙しく、家にいる時間がほとんど無かった。

お父様に最後にお会いしたのはいつだったかしら?1年前?2年前?

お母様もパーティーやお茶会の社交がお忙しくて、ほとんど顔を合わせていないわ。

お兄様もお父様の代わりに領地の本邸に住んでおられたし、3人とも私がいなくなっても変わりなく過ごしていらっしゃるかも…。そう考えるとちょっと寂しいわね。


 ふと口から歌が流れ出た。

遠くに離れた恋人同志がお互いを想う恋の歌。

 私はなぜ死ななければならなかったのだろう。

歌いながらアンジェラは涙が溢れて仕方なかった。

それに異国ならまだしも、異世界に渡ってしまった。

どうやったら帰れるの?私は元の場所に帰りたい。

例えあの時、毒杯で死んだとしても故郷の大地で骨になり土に還りたかった。

 

 久しぶりに故郷の歌を口にして少しスッキリした私は、看護師さんに見つからないよう病室に帰った。

 私は知らなかったのだ。私が歌っている所を動画に撮影している人がいた事を。

そしてそれを有名動画サイトに配信されていた事なんて想像さえしていなかった。



 それからしばらくした後の事だった。病室に1人の男性が入って来た。


「お〜い、えみ、いるか〜?」


「だっ…誰!」


「あっ、そうか、事故の後遺症があるって母さんが言ってたな。双子の弟のもん様だぞ〜」


「双子?」


「もしかして記憶も無くなったのか?」


「………」


青ざめた男性は、何か板のような物を取り出して触っていたが、それをポケットに入れると私の方を向いた。


「今、らいふくも裏口から入れって言った。あっ、来と福は俺達の2つ下の弟な。あいつらも双子なんだ。今病院の玄関が騒々しくて、俺だけ駐車場に駐めてから裏口に回って来たんだ」


そこへ2人の男性が入ってきた。


「何、あのTV局の取材クルー達。誰か有名人でもこの病院に入院してるの?マジ迷惑なんですけど」


「何か例の異世界の歌姫の動画の位置情報がこの病院だって突き止めたらしいぞ」


「へえ〜、ついに身バレしたのかな?あの歌声聞いた時に鳥肌が立ったもんな。ヤベー、これ本物だって」


 「異世界の歌姫」…私は不安を感じて門さんの方を見た。


「そういや笑姉えみねえ笑姉えみねえの部屋ひど過ぎるよ!本とゲームとグッズでアパートの部屋が埋まってるんだから!もう家の2トントラックまで何往復した事か!」


「大家さんが来て、よく引っ越ししてくれた!って!涙ながらにありがとうって金一封くれたんだけど、これってもらっても良いの?」


 門さんと弟だと言うらい君とふく君は、全員190センチはありそうな、公爵家の騎士みたいに鍛えた身体の持ち主だった。

そして私が住んでいたという部屋の状態を教えてくれた。

本で埋まる部屋?ゲームって何?私は王立図書館のような本がたくさんある広い部屋が思い浮かんだ。


「あの…、重い本をたくさん運んでいただきお怪我はありませんでしたか?本当にありがとうございました」


 私が皆さんにお礼を言うと、3人はビシッと固まってしまった。


「えっ、笑姉がお礼言った!」


「何かおかしいな。弟は下僕だから姉の為に働くのは当然とのたまっていた笑姉が俺らにお礼?おまえ本当に笑姉か?顔の包帯取ったら別人でしたって事はないだろうな!」


「質問です。俺ら4姉弟の名前の由来と名付け親の名前は?」


「……………」


そんな事わかるわけがない。黙ってしまった私に

1人の男性が答えを教えてくれた。


「名付け親は俺らのひいじいちゃんだよな。[笑門来福]笑う門には福来たる。

家の玄関には毛筆三葮のえみが書いた額が飾られている。それを答えられないなんておかしいだろう」


 私は3人の男性から疑いの目を向けられた。

そして焦った私は全てを洗いざらい告白する羽目になってしまったのだった。




「えっ、じゃあ君は毒を飲んだのがきっかけで笑の身体に異世界転生したっていうの?」


「はい、そのようです。私は[真眼]というスキルを持っていて、自分の目とは別に自由に視たい物を見る第三の目を持っているのです。

だから、この身体は失明したそうなのですが、私のスキルで視力を補っているのです」


 私は、自分が公爵家の令嬢として生まれ、10才で王太子殿下の婚約者になったが、卒業パーティーでやってもいない罪で婚約破棄されて、毒杯を飲まされた事を3人に話した。


「じゃあ、笑の身体にアンジェラさんが転生したのはわかったけど、笑はどこに行ったんだ?

トラックにはねられて死んだって事?」


「わかりません。でも毒を飲んだ私が笑さんの身体に入って生きているので、もしかしたら笑さんは私の身体に転生したかもしれません」


「笑も異世界転生したかもしれないのか。アンジェラさんって何才だったの?」


「申し遅れました。私、アンジェラ・ジブリエラと申します。18才になりました」


「18才!笑は27才なんだよ。18才から27才の身体に転生って気の毒すぎるだろう!」


3人が声を揃えて叫んだので、アンジェラはびっくりした。


「えっ、でも毒杯を飲んで苦しんでいる所に転生するわけですよ?生き残れるかもわかりませんし、私だけ助かったとしたら申し訳ないです」


「いや、あの笑なら生き残ってると思う。7才の頃、裏の山で遭難したんだけど、山のキノコや木の実を食べて、1週間後に太って帰って来たんだ。毒キノコも食べてるのにピンピンしてさ。笑が毒杯なんかで死ぬものか!」


門さんが言うと、来さんと福さんも言い出した。


「そうだよ。笑姉がこっちで失明したら、大好きな推しの本を読む事やゲームができなくなるんだよ?それでどれだけ苦しむか想像するだけで恐ろしいね」


「うん、そうだよな。それに失明した笑姉の身体に視る方法を持つアンジェラさんが来たんだから、毒を飲んだアンジェラさんの身体に毒が効かない笑姉が転生したのは運命だったのかもしれない」


「うん、笑姉ちゃんなら異世界行って毒飲んでも死なない気がする。笑姉ちゃんなら婚約破棄した王太子ぶっ飛ばして、騎士団の筋肉モリモリの男達を涎垂らしながら観察して、婚約破棄の慰謝料しこたまぶんどって高笑いしてても俺驚かない」


 3人の話に、私は驚きを隠せなかった。


「笑さんという人は、私のように泣いてばかりいたつまらない女と違って強い方なのですね」


 私の言葉を聞いた門さんが私の頭をなでながら言った。


「それは違うでしょ。普通婚約破棄されたら悲しいし、周りに味方もいなくて心が弱っている時に毒杯飲めって言われたら、自暴自棄になっちゃって飲んじゃう事もあるかもしれない。誰だってそうなる可能性はある。アンジェラさんはつまらない人なんかじゃないよ」


「そうそう、笑は「退屈だ」って言っていろいろやらかすんだけど、最後には周りも巻き込んで何とかしちゃうんだ。そしていつも「ほら大丈夫だったでしょ」って言って笑ってるんだ。だからきっと生き残ってると思う。笑はそんな奴なんだよ」


 私は笑さんの身体を奪ってしまった私を責める事無く、優しく迎えてくれた3人の兄弟がとてもありがたく感じた。


「ところで今病院に入ろうとしたら、たくさんのマスコミがいたんだよ。動画サイトにとんでも無く歌が巧い女性の動画がUPされて、どうもその女性がこの病院の入院患者じゃないかって集まって来ているみたいなんだけど知らない?」


 福君がポケットから取り出した板を触ると、板から歌声が流れ出した。


「あっ、これ私です」


「やっぱり。歌っている歌詞が今まで地球上の歴史を見ても存在しない言葉なんだって。旋律も今までに無い音調らしいよ。だからこの映像の女性は「異世界から来た歌姫」ってタイトルで世界中から大注目されているんだよ。すげーな、異世界から来たって当たってるじゃん」


 よくわからないが、私は自分が起こした事で騒ぎになっているとわかり真っ青になった。


「で、どうするアンジェラさん、このままマスコミに自分だって名乗り出る?」


「あの、名乗り出たらどうなるんでしょうか?」


「う〜ん、どうなるかな?はっきり言って色物扱いになるかもしれないな。異世界が本当にあるのか世界中から研究者や宗教家、マスコミといろいろ集まって来ると思う。乗っかれば金持ちになれるかもしれないけど、良くない奴らもたくさん来るから静かには暮らせないな」


「お断りさせていただきたいです」


アンジェラは即答した。アンジェラはこの世界を知らない。人前に出て知らない人に囲まれるのは怖すぎる。今はただ静かに暮らしたかった。


「それなら来、頼めるか?あの動画の女性はAIで作った仮想人物だ。実際には存在しない人間だって事で処理よろしく!」


「任せたまえ、兄上!きっちり仕上げて差し上げよう!」


 アンジェラがわからない言葉で兄弟の間でやり取りがあり、知らないうちに「異世界から来た歌姫」は人工知能が作り上げた仮想世界の人物になっていた。

門、来、福のおかげで「異世界の歌姫」の騒ぎはあっという間に沈静化して、アンジェラがマスコミに追われる心配も無くなった。

 笑の身体は日に日に癒えて、事故から半年で無事退院する事ができた。


 今日は、笑が退院して実家に帰る日だ。荷物は兄弟によって実家に送ってあるので、笑は身体一つで帰る事ができた。

病院の駐車場には門が迎えに来ていて、退院直後の身体に辛くないよう車のシートを調節してくれた。

 アンジェラは公爵令嬢として最高級の馬車に乗っていたが、こんなに乗り心地の良い乗り物は初めてだ。音も無く滑り出した車体は、静かに加速して走って行く。

車窓から見る物見る物にアンジェラは「すごい!」としか言葉が出なかった。

 高速道路に入って一段とスピードを上げた車は、景色があっという間に流れて行く。

異世界というより夢の世界に紛れ込んだようで、アンジェラは見える世界が信じられなかった。


「着いたよ」


 門の声に自分が寝ていたと気づき慌てたが、門は「自分の家に帰っただけだから緊張しなくて大丈夫」と言ってくれた。


 車から降りたそこは見渡す限りの豊かな緑の大地だった。

 田圃という米が植えられた土地と、野菜や果樹が植えられたドームが数限りなくあり、家の裏にある建物で品種改良の研究もしているのだと言う。

 ジプリエラ公爵領にも広い耕作地があって、たくさんの農民が働いていた。

しかしここはほとんど機械化されていて、ドームの中は少人数で水や温度の調整ができるのだと言う。

そして見渡す限りの山や農地が篠池家の土地だと言う。公爵家に勝るとも劣らない規模に篠池家は貴族なのだろうか?とアンジェラは錯覚しそうになった。

 そして実家と言う家も公爵家の本邸と同じくらいの広さをもつお屋敷だった。

奥まった玄関に行くまでには計算されたように植栽が植えられ、見事な庭園が作られている。


「た…ただいま帰りました」


落ち着かない様子で そう言って家の中に入った私に、お祖父さん、お祖母さん、両親、弟達、従業員の人達が「おかえりなさい」と皆で出迎えてくれた。

 玄関には、笑さんが書いたという[笑門来福]の書が大きな額に入って飾られていた。


 この家の人は皆仲が良い。

そして目が見えない私にとても優しくしてくれる。

だから私は働かなくても、何もしなくても良いと言われた。

 最初は私も笑さんの大量の荷物を整理したりして過ごしていたが、しばらくしたらそれも辛くなってきた。特に笑さんの荷物にある男性同士で抱き合う絵柄の本は恥ずかしくて見ていられなかったのだ。

 私は向こうの世界では、王太子妃になるための教育をそれこそ寝る暇も無いくらい受けてきた。

 時間を持て余し、目標も何も無くなった私は、牧場で一人歌を唄う事が増えた。

 私がこの世界に来た意味は何なんだろ…。

ゆったりした時間の中、私は何曲も思い出す限り歌って過ごしていた。


「あっ、いたいた」


 一人で牧場のベンチに座っていた私に、門さんが話しかけてきた。


「アンジェラさん、向こうの世界の歌を動画のサイトに投稿しないか?弟達と話しあったんだけど、アンジェラさんの歌は、聴く人を魅了する素晴らしいものだよ。だから向こうの世界の歌を動画を投稿して皆に聞いてもらえれば良いんじゃないかと思うんだ。アンジェラさんもこの世界に来て何をするべきか悩んでいるんじゃないの?」


今考えていた事を当てられ、私は驚いた。

そして私の事を気にかけてくれる人がいる事をとても嬉しく感じた。


「騒がれるのが嫌なら、前みたいにAIで作りましたって言えば良いし、君はただ歌ってくれるだけで良い。撮影とかその後の対応は俺達でやるから、ぜひ向こうの世界の歌を教えて欲しいんだ」


「はい、お願いします。私の歌を聞きたいと思ってくれる人がいらっしゃるなら、私嬉しいです!歌いたいです!」


そうして始まった撮影は、三兄弟によって景色の良い花畑や川の辺りで行われた。

そして、姿や顔がわからないように工夫して撮影された動画は再び世界中に配信され、瞬く間に閲覧数が伸びたそうだ。

 私は私にできる事があるとわかり嬉しかった。だから、少しだけ自信がついた私は、皆さんに相談してみた。


「門さん、来さん、福さん、私、お父さんやお母さん、お爺さんやおばあさんに真実を伝えたいです。

笑さんの身体に私がいる事を謝りたい。そして、ここで生きていきたいと伝えたいんです。ダメでしょうか?」


私は、ダメと言われるかもしれないと覚悟を決めて、ここで生きたいと伝えたら、三兄弟は歓喜して、私を抱き上げて振り回した。


「アンジェラさんありがとう。そしてこれからもよろしく!」


 その日の夕食の後、家族が揃った所で、私は異世界から来て笑さんの身体に転生した事を皆さんに伝えた。

おじいさんおばあさんは、異世界転生がよくわからないようだったが、どっちもワシらの孫だと受け入れてくれた。

お父さんとお母さんは、笑の性格がいきなり変わっておかしいと思っていたそうだ。


「知らない所に突然来て大変だったね。あなたは私達の娘でこの家の家族よ」


 お母さんの言葉に涙が溢れた。私の存在を許してもらえたのだ。


「ありがとう…、お父さん、お母さん」


 抱きしめてくれるお母さんの身体は温かった。

 



(1ヶ月後)

 

 今日は、最後の経過観察で医師に診察してもらう為に、入院していた病院を1ヶ月ぶりに訪れた。

私が診察室の前の内待合室で待っていると、診察室の中から大きな声が聞こえて来た。


「せっかく練習してきたのに参加できないなんて嫌よ!私は絶対ダンス大会に出るわよ!」


 診察室の中から松葉杖をついた若い女性が泣きながら出てきた。そして私の前で転んでしまったのだ。


「大丈夫ですか?」私が駆け寄って助け起こすと、診察室の中から若い長身の医師が出てきた。


「すみません。ほら他の患者さんの迷惑になるから帰りなさい。ダンス大会は来年もあるんだから、来年また受ければ良いだろう」


 松葉杖の女性は、「ううっ…」と泣きながら看護師さんに連れられて出て行った。


「次の診察の篠池笑さんですか?お入りください」


 私が診察室に入ると、医師は謝った。


「すみません、社交ダンスの大会に私と妹がペアを組んで参加するはずだったのに、妹が階段を踏み外して捻挫してしてしまったんです。大会は来週だし、もう踊るのは無理だって言うのに聞かなくて」


医師は申し訳なさそうにアンジェラを見た。


「篠池さん、そのベッドに横になってもらえますか?」


 ベッドに横になったアンジェラは、医師に話しかけた。


「先生、私ダンスが得意なんですが、妹さんの代わりに踊れないでしょうか?」


アンジェラは元の世界では公爵令嬢である。

小さい頃からダンスは教師に付いて叩き込まれていたので、どんなステップでも頭に入っているし、踊るのは得意だった。


「本当ですか!実は僕も医師の仕事が忙しくなるので、今年の大会を最後にして引退しようと思っていたんです。

だから妹も無理して参加しようとしてムキになったんですよ」


そう言いながら、医師はCTの画像を見ながら言った。


「篠池さん、問題ありません。骨折は全部完治していますよ。ところでこの後時間大丈夫ですか?

近くのダンススタジオでちょっと合わせたいのですが?」


 医師は鹿島拓哉という30才の独身男性だった。

その後、休憩時間に早速ワルツとポルカを踊ってみたが、私は問題無く踊れてほっとした。


「篠池さん、本当にお上手ですね。骨折の後遺症も無いようですし、ステップも完璧です。来週の大会は本当にペアを組んでいただけるんでしょうか?」


「ええ、問題ありません。衣装はどこか貸していただける所がありますか?」


「衣装はこの近くに店がありますので、貴女の好きな衣装を選んでください。カードで払っておきますので、費用は気にしないでくださいね」


「ありがとうございます。ではこの後行って来ますね。先生は、この後午後の診察ですよね?」


「はい、宿泊先も準備しておきますので、当日ホテルの方に車でお迎えに行きますね。朝8時に玄関ホールで」


「承知致しました。ではよろしくお願い致します」


その後、急遽参加する事になったダンス大会で、鹿島、篠池ペアは急造ペアとは思えないほど息の合ったダンスを見せて見事優勝した。そしてブロック大会に出場する事が決まった。

 そして続く全国大会でも優勝した私達は、リスボンで開催される国際大会に出場する事になったのだ。


 後日、鹿島さんと優勝祝いの食事会を都内のレストランでした時に、私は鹿島さんからお付き合いをして欲しいと告白された。

だけどその時、私の頭の中にはふいに門さんの姿が浮かんだ。

 この身体の笑さんと門さんは双子の姉弟だ。

私がいくら好きになっても結ばれる事は無い関係なのだ。

すぐに言葉が出てこない私に鹿島さんは「返事はまたで良いから」と言われたが、その後食べた甘いはずのデザートはとても苦く感じた。




 



 (side 門)


俺が仕事が終わって、汗まみれの身体をシャワーで流し、一息ついていた時の事だった。


「苦しい…苦しい…門、助けて!毒を飲まされた!」


 突然双子の姉、えみの声が聞こえた。

俺はビックリして周りを見渡したが、笑はここから車で2時間かかる東京で暮らしているはずだ。

だが、俺と笑は双子だけあって、何かよくわからない絆を感じる事がある。


   笑の身に何かあった


 そう感じた俺は、家から笑が住んでいるアパートに車を走らせた。

 笑は大量の本やグッズを所持していて、近くに住むアパートの大家さんから床が抜けないか心配だから荷物を減らしてくれと会うたび言われていた。

毎年年末になると、実家にごそっと荷物を運んでいたので、大家さんとはよく話をしていた。

 だから俺が笑の部屋に行くと、大家さんがすぐに笑がトラックに撥ねられて病院に運ばれたと教えてくれた。


 トラックに撥ねられた?毒を飲まされたんじゃなくて?


 慌てて家に電話をかけて両親を呼び出した。

病院に着くと手術中だと言う。


 笑、頑張れ!死ぬな!


 俺は手術室の前で笑の無事を祈った。


 笑と俺は双子で生まれた。

小さい頃から、笑は「退屈だ」というのが口癖だった。

勉強しているのを見た事が無いのに笑の成績はいつも一番だった。

俺達兄弟も成績は良かったが、笑は群を抜いて良かった。

俺達が子供の頃は、まだ実家は広大な土地だけはあるが収益は低い農家で、下にも双子の弟達がいるし俺は大学に行かず高校を出たら働くつもりだった。

 成績の良いえみが大学に行けば良いと思っていたら、高校時代から投資を始めた笑は、あっという間に大金を作り、実家を法人化させた。

そして収益の高い作物を育て、機械化をして大規模農場にしたのだ。

 裕福になって笑の大学は選び放題だと皆が思っていたら、笑は大学に行かず、東京で就職すると言う。担任の教師は全国模試のランキング表を片手に両親に訴えに来た。

 なぜ大学に行かないのかと聞いたら、もう一生分稼いだから、これからは好きなだけ推し活をして暮らすのだと言った。

 これまで頑張ったのは広い家を建てて、推しのグッズをたくさん収納する為だと。

そりゃなんだと全員で突っ込んだ。

 だが本人の意思は固く、高校を卒業したら本当に東京に行って、ユルい会社に入り推し活を始めた。

「退屈だ、退屈だ」と言いながら、コミケや劇場に通っていた。

 笑のおかげで俺達兄弟は大学で情報、農業、工学について学び、更に農場を大きくした。

笑は俺達兄弟の姉でもあり、恩人でもあるのだ。


 笑は大手術の末助かった。だけど親は笑の様子がおかしいと言う。

主治医の説明では、頭を強く打って失明したと聞いた。

 あの笑でも落ち込んでいるか、病室で「退屈だ」を連発しているんだろうと思っていたら、嘆くわけでもなく淡々としていると言う。

まるで別人のようだと言う親の話に俺達兄弟も言葉にできない不安を感じた。


  あれは本当に笑なのか?


 日本に、いや地球上のどこにも笑の存在が感じられない。

何か言いようの無い恐怖に苛まれて、俺は寝ていても突然飛び起き、あまり眠る事ができなくなった。


 笑の身体に異世界から転生してきたアンジェラという女性が入っている知った時、あれほど感じていた恐怖が消えた。

母親の腹の中から一緒にいた双子だからわかる。

笑の中にいるのは別人だ。

 笑は入れ替わりに異世界のアンジェラさんの身体に転生していると確信した。


 例え毒を飲まされようとも、周りを知らない異世界人に囲まれようとも、笑なら逆にそれを楽しんでいると思う。

それだけの強さを笑は持っている。

 だけど俺は猛烈に悔しかった。何も言わず、俺の知らない異世界に一人で旅立った事が悔しかった。

だから入れ替わりに来たアンジェラさんにその悔しさをぶつけた。

俺たち姉弟がどれだけ仲が良かったか。

そして笑がどれだけ皆に愛されていたのかも。

笑の存在がどれほど大きかったか語った。

アンジェラさんは静かにそれを聞いていた。


 アンジェラさんの話を聞くと、向こうの世界では両親もただ一人の兄もほとんど顔を合わせる事が無かったそうだ。

数年単位で両親と会話をしていないと聞いて驚いた。そんな世界に笑は行って大丈夫なのか?

助けに行きたくても行けない自分がもどかしかった。


 笑としてアンジェラさんが実家に帰って来て、しばらく経った頃、誰もいない田圃の片隅で動画で歌っていた歌を唄うアンジェラさんを見つけた。

動画でも見たが、生で聞くアンジェラさんの歌は、聞く者全ての心に訴える歌だった。


 帰りたい…向こうの世界に戻りたい…。


 聞いていて涙が止まらなかった。

異世界から渡って来て、もう帰れないアンジェラさんに、笑の話を誇らしげに語るんじゃ無かった。

 俺は、アンジェラさんの本当の孤独をわかっていなかったんだ。

俺は彼女を本当の家族として支えようと心に誓った。

 そして、アンジェラさんが興味を示したドローンを使った農薬散布で、[真眼]を使って病害虫がいる場所を百発百中で駆除し、思わぬ才能を見せた。

彼女が笑う姿を見る事が増えて俺も嬉しかった。

 このまま、家族としてアンジェラさんと暮らして行けたら良いと思っていた。


 アンジェラさんがいきなりダンスの大会に出ると言ったのは1ヶ月前。

入院していた病院に経過観察で受診しに行った。

そこで会った若い医師が、ペアで出場するはずだった妹さんが怪我で出られなくなったから、代わりに出場するのだと言う。


「私は向こうの世界で公爵令嬢だったから、ダンスは得意だったんです」


と言い、心配して会場に運転手として付いて行った。笑の身体も180センチ近くある長身だ。スタイルも良く、ダンスの衣装である煌びやかなドレスがよく似合っていた。曲が流れていざ踊り始めると、アンジェラさんは一際輝いて見えて、会場の注目を一身に浴びていた。

アンジェラさんの姿から目が離せなくなった俺は、彼女に好意を抱き始めているのに気付いた。

しかし、いくらアンジェラさんに惹かれても、彼女は笑だ。実の姉なのだ。この気持ちは絶対に悟られてはならない。


 全国大会でも素晴らしいダンスを披露して優勝した2人は、リスボンである世界大会に出場する事になった。

 その後、アンジェラさんはペアの鹿島さんから告白され、お付き合いをする事になったと話してくれた。


 リスボンで開催される世界大会に向かうアンジェラさんを家族全員で空港まで見送りに行った。

「行ってきます」と手を振るアンジェラさんは眩しいくらい綺麗だった。

 飛行機が速度を上げて滑走路を走る

空港から飛び立つ飛行機を見送る俺の耳に、誰かのスマホから流れるアンジェラさんの歌声が聞こえた。


 その日の夜、うつらうつらとしていた俺は夢を見た。

 そこには白金色の美しい髪を持つ美女が、たくさんの人に囲まれて歩いて行く姿が見えた。



    ああ…笑、こんな所にいたのか…



 なぜかその人がアンジェラさんの身体に転生した笑だと思った。



 笑が笑っている。



 笑、もうそっちでは退屈だって言わないんだな。





 そして俺はようやく安心して眠りに落ちたのだった。



















舞台が現代で魔法を出すと一気に胡散臭さを増します。皆さんの馴染みのある世界で魔法を使う話を書くのは難しいので、公爵令嬢の方にはかなり実力で頑張ってもらいました。(笑)

おかしな所もあると思いますが、一応ファンタジーという事で、広く温かい目で見てやって下さい。


また皆さんの感想がございましたら、お聞かせいただければ小躍りして喜びます。

最後まで読んで頂きありがとうございました。

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