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『人形と人形と傀儡と』

 膝蹴り!ボディーブロー!上へ向けての掌打!左フック!大振りの回し蹴り!距離を詰める瞬間的な当身!間髪入れずに正拳突き!



「ふぅ―!」



 息を吐き、構えは解かず、残心……!



 連撃を受けた木人はぐらりとふらつき、ゴトリと音を立てて倒れた。



 まだ俺は動かず、結果を見届けた。一連の動きと緊張のため、心臓はばくばくと音を立てている。額から流れる汗が頬を伝って床へと垂れた。



 びしり、と鈍い音が木人から聞こえた。木人に僅かな罅が入っていた。



 俺が見つめる中、木人の罅はどんどん広がってゆき、亀裂が繋がり、ついにはバキンッと派手な音を立てて木人は真っ二つに割れた。



「ふい―…」



 それでようやく構えを解き、脱力した。



「へぇーへぇーへぇー、中々頑張ってるじゃない?」

「んひぃ!?」



 気配もなく背後に立つな!急に話しかけるな!びっくりして心臓跳び上がったわ!



「……どうも、教官殿」

「ん」



 返事もそこそこ、教官殿は何の脈絡もなく殴りつけてきた。



 予想していた事だったので反応はギリギリで間に合った。掌を腕に添えて、顔を狙った拳を逸らす!



 間髪入れずに膝蹴りが襲い来る!



 速い!避けきれない!?



 咄嗟に腕をクロスして防御!反応は辛うじて間に合い、クロスした腕に教官殿の膝が突き刺さる!



((おっも!?))



 重すぎる一撃に軽い体は枯れ葉めいて跳ね飛ばされ、後方へ2メートルも吹き飛ばされた。



((痛でで…!))



 ガードしたにも拘らず、直撃したみたいに体がぎしぎしと軋んだ。膝蹴りを受けた腕がじんじんと痛む。骨は折れていないものの、かなり痛めたみたいで言うを事をきかない。



「へっはははは!!!」

「ぶっ!?」



 当然教官殿は容赦なんかしてくれない。容赦ないボディーブローを身を捻ってかわすが、軸足に蹴りを入れられてバランスを崩し転倒!



「エイ!」



 体勢を崩した俺の腹に教官殿は間髪入れずに無慈悲なストンプ!



「~~~~~ッッ!?」



 肺の空気が全て押し出され酸素を求めて喘ぐ俺の顔を、教官殿は踏みにじった。



「ンン~ん。イイね。うん。良くナってきてるネ!」



 弱者をなぶれて教官殿はご満悦だ。鼻歌なんか歌っちゃったりしてる。



「ふがふが…((はよ足をどけろカス))」



 多少は呼吸が整ってきた俺は教官殿へ足を退けるように視線を送る。



「うん。君も分かってるとおりね」



 しかし教官殿はこれをスルーし、さも当然のように足を乗せたまま話を進めてきた。返事をしようとするもその度に踏みつけの力を強くされ、抗議の一つも上げられぬまま話は進む。どうやら俺に発言権は無いらしい。



「君も少しは出来るようになったみたいだしね、そろそろね、あれとね、会わせてみようかなって」

「ふが?((あれ?))」



 どれだよ。主語を言えよ分かんねーんだよこの社会不適合者のこんちきのインポ野郎!



「そう!()()!」



 テンション高く叫ぶように言うと教官殿は踏み付けを解き、足がどかされた否や立ち上がろうとする俺の脇腹を素早く蹴り飛ばした。



「ぐふっ!?」



 再び肺から空気が抜け、力なく這いつくばる体を教官殿は何度も蹴りつけてくる。



「君が!影武者を演じる元の子!鳳凰院コープの令嬢!我々の傀儡!愚かにも我らを利用しているつもりの愛しき道化の道化!鳳凰院千歳ちゃんにね!会わせようかなって!」



 蹴る蹴る蹴る!話が終わってもお構いなしに蹴り続ける!俺にできる事は腹筋に力を入れてただひたすら耐え忍ぶこと!



 あれから月日を経て2歳になったのだ!この暴力が永遠には続かない事は経験で知っている!この執拗な暴力の意図を知っている!



 このくそたれは俺の心を折ろうとしている。折って踏みにじって平らにしようとしているのだ。従順なマシーンに仕立て上げようと躍起になっている。



 この暴力に屈した先はゲーム本編の悲惨な末路へ一直線だ。



 冗談じゃない!そうはいくか!そうはならない!



 折れてなんかやらない!屈してなんかやらない!傀儡になんかならない!捨て駒になるつもりもない!



 サノバビッチ(おことわりだ)ファックオフ(くそやろうども)ブルシット(つきあってられるか)



 この地獄にはゴールがある。千歳が16になった時がこの地獄が終わる時。そして新たな地獄が幕開けとなるが、箱庭に閉ざされていないだけそっちのがマシだ。



 何だ簡単だ。《《あとたった十何年かの辛抱ってだけだ》》。



 何の問題も無い。人生無意味に長いんだ。そのたかが10年ばっかし無駄に振るだけだ。何の問題も無い。前の人生で時間を棒に振るのには慣れている。



((ファック、ファック、ファーック!))



 心の中で聖なる呪文を何度も唱える。自分自身に刻み付けるように。この屈辱を忘れぬように。



「……ん」



 何の反応も寄越さない俺に飽きたのか、教官殿は足を止めた。軋む体に鞭打って立ち上がった俺は、顔を上げ、教官殿を真正面から見上げた。



 教官殿はつまらなそうに鼻を鳴らし、昆虫めいた無機質な目で瞬きせずに俺の目を見つめ返しながら口を開く。



「明日になったらアレに会わせる。分かったらその汚い傷をとっとと治してこい」



 返事の代わりに血の混じった唾を吐いた。



 教官殿は満足そうに頷くと、俺の横っ面を張り倒し、倒れた俺を踏みつけながらどこかへと去って行った。



「…ファック」



 音を立てて締められたドアに向かって吐き捨てると、鈍い痛みを発する体に鞭打って俺もドアの向こう側へと向かって行った。





 ■





 明朝。



 俺は既視感のある黒塗りの高級車の車内へと押し込まれていた。車内に流れる〝冷えた空気〟も流れゆく景色も、むっつりと黙り置物に徹する運転手もどこか覚えがあった。



 まるであの日の逆回しみたいだと、薄らぼんやりする頭で思った。



 あの日と違うのは、2年の歳月で身長が多少伸びた事と、体を女児用のゴスロリファッションに押し込められている事だ。



 こうなった経緯は朝起きて、身支度を済ませ、教官殿に半ば放られるように車に乗せられたことから始まる。車内には運転手が一人と小さなアタッシュケースが無造作に置いてあった。



 運転手に聞けば、ただ淡々と中身を確認しろとの一点張りで取り付く島もありゃしない。



 しぶしぶに開けてみれば、中身は女児用の服が畳まれてあった。



 あぁそういう事か。俺は合点がいった。合点がいったものの、納得できたわけではない。



 物事にはまず形からというが、いざやってみる段階に入ると、抵抗感が凄まじい。



 俺の性自認は当然男だ。性欲の対象は女だし、自分の容姿が()()()()という自覚はあるが、着飾ろうという意識は『俺』には無い。



 とはいえそれが俺に与えられた唯一の役割となるのだから、拒否するという選択肢は無い。この運転手は鳳凰院社長の傀儡だ。俺の行動を取り繕わずに事実だけを話すだろう。そこに忖度などという考えはない。これまでの彼等との対話から鑑みるに、自我はほぼないと考えた方がよさそうだ。情に訴えるという選択肢はこの時点で無意味と化した。



 ため息を吐いて天を仰ぎ見て、それから服に手を伸ばし、もう一度溜息を吐いてから、内心嫌で嫌で仕方が無かったが着替えを始める事にした。



 花は桜木、男はイミテーション。男の生き様はいつだって()()()()なのだ。



 そして今に至る。



 ルームミラーに映る俺の不服の表情を見ても、運転手は眉一つ動かさない。本当にマシーンのようだ。影武者をやるのならば、こいつの方が俺よりもよっぽど適任のように思えた。



 考えたところで詮無きことだが、今はとにかく現実逃避がしたかったのだ。つらい現実を一瞬でも忘れたかった。この車内にいる間だけ、少しくらい目を閉じたっていいだろう?



 運転手から視線を外し、着ている服をあらためて観察してみる。



 俺の意識が覚醒する前の俺は、母とこれと似たような服を買いに行くはずであった。こんな形で叶うとは、何と諸行無常な事であろうか。



 母にこの姿を見せてやれなくて残念に思う。俺は嬉しくもなんともないが、彼女はずっとその日を楽しみにしていたようだったから。



 とはいえ、この俺イミテーションの家族、吉田家は闇の神たちが勝つバットエンドルートじゃ無ければまず生き残る事が確定しているので、そこまで心配していなかったりする。



 というのも、カオス・スペース3にて登場するモブに仲の良い家族というのがいる。その中の母親がどこかで見たキャラクターと非常に似通っており、カオス・スペース3の設定資料にてイミテーションの家族であることが明かされる。



 つまり世界が滅びなければいつかまた顔を合わせることができるって訳よ。



 教団に洗脳されず、心も折れず、肉体も欠損せず、誰にも怪しまれず、誰からも疎まれ、死ぬ一歩手前で死なない様にして逃げ去り、痕跡を完全に抹消できれば俺はまた家族に会えるって寸法よ。簡単だな。ガハハ!



 ……いけるかなぁ。



 なんかちょっと不安になってきた。でもやらなきゃ死ぬし。デッド・オア・アライブだし。ふざけんなし。目頭も濡れてきたし。



 零れ落ちそうな()()()を堪えるように上を向き、プルプルと震えていると、不意に車が止まった。



 緩んでいた気持ちが自然と引き締まる。この二年で嫌というほど叩きのめされ、押さえつけられ、突然の奇襲を日夜受け続けた結果、俺は物凄く切り替えが早くなってしまった。



 何とはなしに持っていた手鏡で確認する。鏡に映る俺の顔は、マネキンじみた無表情だ。水色の髪と、深い青色の瞳は南極の海を連想させ、酷薄な雰囲気を否応なく醸し出していた。



 思わず内心で苦笑した。これじゃ俺もあの運転手と変わらないな。そう思いながら鏡を見ても、やはり俺の表情はピクリとも動かない。



((大したポーカーフェイスだよ…))



 手鏡をしまい、運転手に空けられたドアから車外へと出た。

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