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『〝聖光教〟と〝教団〟と』

 日本、首都東京○○区、そこに聖光教日本支部〝現〟本部はある。



 現という言葉の通り、聖光教の本部はその時その時でころころ変わる。というのも、聖光教の崇める神にして教祖の『光の神』が自分の興味関心や趣味の開拓、あるいは()()()()といった理由であちこちへ気ままに移動するためだ。



 前に居ついていた支部はアメリカであり、世界を巻き込んだ戦争が2度起き、そして終息してから10年と少しの間、ハンバーガーとコーラを片手にチャップリンの無声映画や世界最古のスーパーヒーローのコミックブックを満喫していた。



 が、大戦が終わり、誰しもが大戦の事を躍起になって忘れるために復興に勤しみ、そして何とか復興に漕ぎ着けた日本はとりわけ娯楽文化の発展が目覚ましかった。



 初めは輸入されてきた翻訳版で済ませていたのだが、「輸入じゃ流行りに追っつけねぇじゃん!」という事で日本のサブカルチャーにどっぷり嵌った『光の神』は、漫画の文化が盛んになり始めた1970年代初めの辺りで信者たちの静止の言葉も振り切って、勝手に発行したパスポート片手に日本支部へと移り住んだのだった。



 そして約半世紀の間、移りゆく逸り廃りに一喜一憂しながら、宿敵である『闇の神』の事を頭の片隅程度に入れつつ自堕落な生活を送っていた。



「……」



 こつこつこつ、と、外界から隔離された白一色の廊下を、同じような白一色の全身鎧に身を包んだ2メートル近い長身の男が機械のような一定の歩調で進み歩く。



 彼こそは聖光教のナンバー2にして聖光教の保有する〝騎士団〟の最強の戦士『ゴスペル』である。彼もまた『光の神』の移住を追ってこの日本の地に足を踏み入れた者だ。



 苛烈にして盲目。『光の神』の言葉こそが絶対たる典型的な狂信者の極致であり、宿敵『教団』以外にも背信行為を行う者や異教徒を見つければ烈火の如く怒り狂い、殺戮を開始する。



 そうして付いたあだ名が『処刑人』、『気狂い騎士』、『極光』、『死の福音』などなど、とても光を謳う聖光教とは思えない物ばかりである。



 しかしゴスペルは気にしていない。どころか、敬愛する神の歯車を自認する彼にとって、その名はまさしく彼が目指す物の一端であると考えたからだ。それはそれとして噂を吹聴した者は全て斬首したのだが。



 長い廊下を歩き続けると、やがて眼前にいくつもの金属探知機めいたアーチが現れた。彼はさも当然とばかりにアーチを潜り抜ける。アーチを一つ越える度に体が膜に包まれるかのような感触があった。



 これは資格無き者を弾く障壁であり、異物を探知するためのシステムでもあるのだ。最後のアーチを通過すると、ようやく長い廊下の終着点、神の住居たる『聖域』の扉の前に立った。



 ノックをし、入室の許可を得ようとして『入って良いぞよ~』と、何処までも気力を割くような間の抜けた声が扉越しに聞こえた。



「……フゥ」



 伸ばしかけていた手を引っ込め、一つため息を吐きながら、ゴスペルは失礼しますと一言呟いてから『聖域』へと入っていった。



 白い壁、白いカーペット、豪奢なシャンデリアが釣り下がる高い天井、壁にいくつも掛けてある様々な年代の絵画。そしてそれら美しい装飾品たちが並ぶ部屋には似つかわしくない宅配ピザの箱、あちこちに置かれた漫画の山、コーラの空ペットボトル多数、そして50インチの最新式のテレビの前でFPSのネット対戦の勝敗に納得がいかずコントローラーを叩きつける美しい白髪の少女がいた。



「ザッケンナコラー! 遅延オラー! 糞雑魚回線フザケルナ! バカ! スゴイ・バカ!」



 キーッ! と地団駄を踏んで悔しがる白いジャージ姿の少女。彼女こそが聖光教の教祖にして崇められている唯一神『光の神』その人である。



 ぐああああ! と頭を抱えてシャンデリアの光りを受けて白く輝く純白の髪を振り回し、遠い顔も知らぬ誰かを口汚く罵るさまは、とても一つの宗教の頂点に立つものとしての威厳は見られない。というかアホそのものであった。



 またか、と内心思いながら、四肢を投げ出して荒ぶる台風の如く駄々をこねる主へとゴスペルは声をかけた。



「また負けたのですか? これで今週に入って24回目の通信遅延による敗北ですね」

「負けてねーから! わし負けてねーから!」



 遅延による負けは負けじゃないですー! と起き上がれない亀のように手足をばたつかせる白い神を前に、ゴスペルは天を仰ぐように天井を見た。仮面に覆われた顔は表情を窺うことができないが、どこか疲れたように見えるのは、おそらく錯覚ではあるまい。



「そんな事よりお耳に入れたい情報が」

「そんなこと!? そんな事じゃと!? お主の主が! こんなにも苦しんでいるのに! かける言葉がそれとは! お主には情というものが無いのか!? 情けの心はどうした!?」



 それでも貴様は光の戦士なのかぁ~!? とゴスペルに縋りつき、鎧を叩いたり蹴ったりしながら絡んで来る光の神に、ゴスペルは死んだような平坦な声で構わずに報告する。



「以前より我々が『教団』の関与の疑いがあると調査していた『エクスプロシブ社』の保有する第1工場がありましたね」

「光・の・神! 光・の・神! 光・の……ん? あぁ、あそこな。あったねそんなの。ワスレテナイヨ。ホントジャヨー。カミサマウソツカナイホントホント」



 目を逸らして下手くそな口笛を吹く神を無視してゴスペルは続けた。



「消滅しました」

「は?」

「つい先日、諜報部隊が付近を調べようとした瞬間に爆発し、周囲の倉庫群を根こそぎ道連れに消滅しました」

「───へぇ」



 おちゃらけた表情はたちまち引っ込み、光の神は目を細めた。ふざけた雰囲気が雲散し、部屋の中に威厳と神聖に満ちた気が放射された。



「へえへえへえ、諜報部隊の精鋭共が情報が得られず四苦八苦してたとこを? へえ爆破? へえへえへえ……で? 誰がやった? お前か? それともうちの誰かか? それとも『聖女』ちゃん? あぁそういや期待の『スーパーエース』ちゃんもいたな?」

「違います」



 神の凝視の中、忠臣はきっぱりと否定した。



「じゃ、誰だ?」

「分かりません。ただ付近を調査したところ、諜報部隊の一人がこのような物を発見しました」



 ゴスペルは一枚の名刺を光の神へと差し出した。光の神はひったくる様に名刺を奪うと、穴が開くほど凝視した。



 暗い背景にデフォルメされた首輪のついた三つ首の犬のロゴ。そして〝保健所〟と書かれているだけの、シンプルな名刺だった。



「〝保健所〟!」



 神は笑みを浮かべた。人ならざる笑みだった。歓喜によって、輪郭が白い光で明滅した。



「構成員、目的、全て不明。しかし、我々ですらつかめなかった情報を掴み、襲撃を成功させる高い情報収集能力と隠密能力を持つのは間違いないでしょう」



 ぎりり、とゴスペルの仮面の奥で奥歯を噛みしめる音が聞こえた。



((ま、気に入らんじゃろーな))



 そんな忠臣のありさまを横目で見ながら、光の神は冷めた感想を一つ。



((こいつの忠誠心は大したもんだけど、柔軟性がねぇんだよなー。いいじゃん手間を減らしてくれたんだから。素直によろこびゃあー良いのによ))



「始末しますか?」

「判断が速すぎるわ。保留じゃ保留。てか絶対殺すな」

「殺すな……なぜです?」



 さも当然のように殺傷を提案するゴスペルに内心辟易しながら光の神は口を開く。



「いつの時代、どんな時でも、何かを一変させるときには必ず予兆ってもんがあった。救世主が生まれた時も。騎士王が誕生した時も。蒙古に覇王が生まれた時も。世界中が戦果に包まれた時も。世界が真っ二つに分かれて睨み合った時もな」

「……根拠は?」

「経験則と、()()だ」

「……」

「文句あっか、え?」



 白い凝視を受け、目や鼻、耳から出血しながら、ゴスペルはゆっくりと頭を振った。



「ん。ま、そんな難しく考えんな。恐らくこの〝保健所〟っつー連中はうちらと目的は同じだ。敵じゃねーだろ」

「ですが、味方でもありませんね?」

「~~~~~((こいつはよー……))」



 淡々としているようで怖ろしい程の憤怒の籠められた返答に、光の神は額に手を当てた。



「えぇいともかく! 〝保健所〟に対する調査はやってもいいが、手は出すな! (ゴッド)様からの命令じゃ! ワカッタカ!」

「…………御意」



 怖ろしく永い沈黙の果て、絞り出すような声量でゴスペルは返答した。



「あ、そ。じゃあさっさと行け。お前も暇じゃねーじゃろ? 悪だくみが潰されて、今頃あっちはてんやわんやだろーぜ。突くなら今だ。お前ならわかるだろ?」

「……直ちに」



 ゴスペルは深く一礼すると、背を向け、淡々とした歩調で聖域より退出した。



「〝保健所〟……」



 再び一人となった光の神はごろりと仰向けになり、〝保健所〟の名刺をかざして、目を細める。



「わしには分かる。お前だ。お前こそ、この時代の特異点……!」



 神は人外の笑みを浮かべながら、ほっそりとした指で唇を撫でる。



「さあ、見せてくれ。お前は一体()()()()()()()()()()()()?」



 そう言って、光の神は、〝保健所〟の名刺を握りつぶし、白く消し去ると、この日一番の哄笑を上げた。





 ■





「〝保健所〟……」



 闇よりもなお暗い場所。暗黒の底。祭壇の築かれた地獄の終着点。『教団』の本拠地で、背の高い鎧姿の人物、魔王は忌むべきその名を呟いた。



「いかがいたしましょう」



 天井を仰ぎ見、主君へと問いかける。



((……よきに…………はから……え……))



 吊るされた『闇の神』が薄目を開け、ところどころノイズがかった思念を魔王へと送り付けた。



「かしこまりました」



 耳鼻から血を流しながら魔王は頷き、視線を下げ、祭壇の前に並ぶ4つの影へと命じた。



「〝保健所〟について、草の根を分けてでも探るべし。そして、見つけ次第殺害せよ。手段は問わぬ。殺せ。殺すのだ」

「「はっ!」」



 黒い影は一瞬のうちに消え去り、幹部たちは各々動き始めた。



「〝保健所〟……何者だ……」



 魔王の呟きだけが、誰もいない伽藍洞の広間へと響き渡った。神は相も変わらず無関心に沈黙し、ただ微睡みの中へと堆積するのであった。
















「「カンパーイ!」」



 一方その頃〝保健所〟では初ミッション成功を祝ってささやかながらも祝勝会を開いていた。


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