『兵士量産工場破壊』③
『おいイミテーション、ガキどもは地下の方へ入り込んだみたいだぜ』
「──────」
場所は変わって、地下工場中枢。
イミテーションは0.1秒で工場内へ入り込み、0.3秒で工場上層のダクトを潜り抜けて地下工場へと入り込み、0,6秒で中枢まで侵入し、この悪夢の工房の主の姿を視界に入れつつ隠れ忍んでいた。
それから30分。イミテーションは工場中枢のジェネレーターから伸びる太いパイプの影で片膝立ちの姿勢で一切動かず、ただひたすらその瞬間を待ち続けていた。
ちなみにだが、トサケンがオペレートしている場所は残ったプードルとレトリバーと同じく『巣』のリビングルームであるが、イミテーションの意図を汲み極力彼の状況は伝えないでいた。
トサケンからの言葉に、イミテーションは反応を示さない。トサケンも特に反応はしない。予めそう伝えられているからだ。
ため息を吐きながら、近く遠くで繰り広げられる陽動隊とのオペレートを小耳にはさみながら、バイタル情報へと目をやる。
心音は一本線を刻んでおり、時折生きていることを主張するかのように、か細く一度だけ小さな跳ねを刻み、またぞろ一本線に戻ってはこっちを冷や冷やさせていた。脳波も同様怖ろしいほど微弱であり、あらかじめ伝えられていなければマイクに向かって怒鳴っていたかもしれなかった。
モニターに映るイミテーションを示す緑マーカーはかれこれ30分の間一切動いておらず、そのすぐ傍ら、地下工場中枢であるジェネレーター前で敵性存在を示す赤いマーカーがせわしなくうろついていた。
トサケンは2人に気が付かれないように額の汗をぬぐい、小さくため息を吐く。
(一体いつになったら動くつもりだ? あんまうかうかしてたら奴さん、出て行っちまうぜ?)
「──────」
トサケンの心配をよそに、イミテーションは飛び立つ前の猛禽類のように前を見据えたままピクリとも動かない。
イミテーションの視線の先、ジェネレーター前でぎこちない足取りで行ったり来たりを繰り返す大柄な異形はぶつぶつと譫言めいた呪詛を吐き散らしていた。
身長2メートル超。太い胴と高い身長はジェネレーターから発せられる青白い光により四角いシルエットを闇に刻んでいた。
胴体と頭には様々な色のコードが繋がっており、不穏な青白い光や火花が一定の間隔で流れていた。
彼こそがこの暗黒の工房の主である闇の者、通称『トールハンマー』である。
ゲーム本編ではその身に違わぬ耐久力と、見ての通りの『電気』の異能による超攻撃力と広範囲の放電で恐ろしい難易度を誇っていた強敵であった。
しかし現実ではどうであろうか……?
健太郎の視線の先。酩酊者の様に足元をふらつかせ、痴呆老人のように譫言を捲し立てるあれが、果たしてゲーム本編のような強さを誇っているのだろうか?
確かに放っている圧力はすさまじく、内包する闇の濃さは師であった闇の者を凌駕している。しかし、あまり知性を感じない。
今のトールハンマーの状態は、闇が完全に脳に侵食する末期の段階に現れる意識の混濁である。この状態の時の闇の者はその力の大きさに反してかなり弱いと言って良い。
結局の所どれだけ強大な力を持っていたところで、それをうまく扱えるだけの頭が無ければそれはただの枷にすぎず、逆に振り回され、しまいには行きつく先は破滅だけ。
しかしと、薄らぼんやりとした頭の中で、健太郎は思う。
例え制御できない物であったとしても、余人から見れば、それはそれとして力ではあるのだ。
「アァーッ!」
と、そんな時である。トールハンマーが頭を抱えながら奇声を発し、パイプの一つに拳を叩きつけた。
あっさりとパイプはひしゃげ、破損し、流れていたエネルギーが漏れ、周囲に激しい稲妻が迸った。
「ア……あぁ……良い……とてもイイ……」
埋め尽くす稲妻に身を浸し、トールハンマーは恍惚に顔をとろけさせた。口の端からよだれを垂らして快感に震えながら、ゆっくりと電気を吸収し始めた。
やがて周囲の電気を吸い終えると、トールハンマーはぶるぶると顔を震わせて意識をしゃんとさせ、増援を要求するしつこいコールに先ほどの酩酊を感じさせないぞっとするほど冷たい声色でそちらへ行くことを伝え、勢い、急行すべくクラウチングスタートの姿勢を取った。
まさにその時であった!
イミテーションの瞳に色彩が戻り、その眼光が火を噴いた!
片膝立ちの姿勢は、その実跳躍の準備姿勢でもあったのだ! 瞬間的な脱力、瞬間的な力の爆発による尋常ならざる加速を経て、イミテーションは空中で姿勢を整え、飛び蹴りを放った!
まるでワープ潜行のように周囲の情景が引き延ばされ、そして戻るころには部屋の反対側で片膝立ちで着地していた。莫大な反動に、イミテーションは息を荒げながら耐える!
「―――カ、がわっ…ガワワッ!?」
背後ではいまだ己の身に何が起こったのか理解できていないトールハンマーが、ただ困惑と激痛の狭間の鬩ぎ合いに悶絶していた。その胸にはぽっかりと大穴が開いており、蛇口を捻ったかのように血と墨のような闇がぼたぼたと溢れ出ていた。
『おあ!? んだ!? トールハンマーのエネルギーが急激に低下したぞ!?』
「やりました。成功しました。それだけです」
『あぁ、なんだそりゃあ!?』
「要はもうじきあの粗大ごみは死ぬという事です」
『ああそういう事か。分かりやすい』
息を整えたイミテーションは振り返り、虫の息で痙攣するトールハンマーへ足を進めながら困惑するトサケンへ肩を竦めつつそう返した。
『虫の息だからって油断するな。とっとと仕留ちまえよ』
「無論です」
ゴボゴボと血泡を吹いて震えるトールハンマーへ、イミテーションは注意深く近づく。万一にも反撃が来ようものなら即座に身を引けるようにしながら、一歩一歩近寄ってゆく。
一歩。
反応なし。
一歩。
痙攣が大きくなる。呼吸は浅くなり。黒一色の瞳から生気が抜け始める。
一歩。
ようやっとこちらを認識したようで、後退ろうとしたものの、叶わずによたついた。
一歩。
必殺の間合い。これよりトールハンマーが何をしようとも先んじて手を打てる距離。
一歩。
「はぁ!」
「―――マ゜ッ!!!」
神速の手刀が、その首を刎ねた。最期の瞬間に命乞いのつもりだろうか。両手を前に突き出そうとしたようだが、結局は無駄であった。
首無き体はシャンパンの様に血と闇とを吹き出し、がくがくと大きく体を震わせた後、ばったりと倒れ伏した。
『闇の者、トールハンマーの反応の消失を確認』
「えぇこちらも、絶命を確認しました」
試しにつま先で突いたり、拳銃を一発撃ち込んだりして見たが、その躯はピクリとも動かず、死者は死者であった。
『じゃ、後はジェネレーターをぶっ壊せばいいだけだな』
「―――えぇ、いささか拍子抜けですが、その通りですね」
緊張が抜けたのか、通信越しにくたびれたように呟くトサケンに、イミテーションはどこか釈然としない気持ちを裡に抱えつつも表には出さず、苦笑いしながらそう返した。
ジェネレーターの前に立ち、懐から拳大の粘土のような物を取り出した。レトリバーお手製のプラスチック爆弾だ。
それをジェネレーターへとへばりつけ、信管とりつけるとイミテーションは踵を返し、出口へと向かった。
後は脱出して、これを起爆させてジェネレーターを破壊。漏れ出たエネルギーが暴走し工場を丸ごと吹き飛ばす。それをもって宣戦布告は完了する。
倒れ伏した亡骸を通り過ぎる。一瞥もくれない。その価値すらない。後は出て行くだけ。そのはずだった。
楽な仕事であった。その亡骸が突如として身をもたげなければ。
『ッ!? イミテーション後ろだ!!!』
「!?」
トサケンの警告とほぼ同時にイミテーションは反射的に振り返っていた。背後で消えかけていた闇が急に膨れ上がったのだ。
咄嗟に両腕をクロスして防御姿勢を取った。その一瞬後に丸太のような腕が直撃! あまりの力に踏ん張りが効かず弾丸めいて射出されたイミテーションは盛大な音をたてながら壁へと叩きつけられた!
「―――カッハ……ッ!」
肺の空気が全て抜け去り、一瞬意識が飛びかける。糸の切れた人形の様にイミテーションの体は無様に落下して行く。
『イミテーション!』
「ッ!!」
みみ蔵の声に我に返ったイミテーションは空中で姿勢制御、床に激突する寸前に辛うじてそれは間に合い、膝立ちの姿勢でやや不格好に着地する。
『おい平気か!? 怪我はどうだ!?』
意識が戻りすぐさま状況の把握に努めたイミテーションは思わず内心舌打ちした。肋骨が数本折れ、その一部が体内のあちこちに飛び散り、臓器をいくつか傷つけていた。
((ふざけやがってクソカスが……ッ!!!))
尋常ならざる憤怒が、体内を駆け巡る痛みの悉くを駆逐してゆく。しかし、イミテーションは瞬間的に湧き出た怒りをコンマ1秒以下の時間で捨て去った。
「―――問題ありません」
応答する声色に、怒りの面影は微塵もない。ここで慌てる訳にはいかない。悟られるわけにはいかない。部下に弱みを見せる訳にはいかない。彼はこの群れを率いるボスなのだ。
『……ちぇ、やせ我慢しやがって。良いか小僧、あっちの方は生産プラントの方へそろそろつくそうだ。負けるわけにはいかねぇぜ』
「当然です」
視線の先には腕を振り抜いて硬直する首なし死体が、さも当然のように映っていた。健太郎とみみ蔵は自らが築いた常識と正気の土台に、罅が入った音を確かに聞いた。
首なし死体はぎこちない動きで振り抜いた腕を戻し、未だ立つ相対者へと向き直った。
ぽっかりと胸の真ん中に開いていた穴は名状しがたい黒い闇に覆われて塞がっていた。体のあちこちから火花と黒く染まった稲妻をまき散らし、さながら壊れた機械のよう。
首なし死体はブルリと震えた。警戒するイミテーションの目の前で、状況はさらに悪化した。
何と首の切断部から黒い闇が勢い良く伸びてすぐ足元に転がっていた頭部を捉え、何と頭部をくっつけてしまったのだ。
ぐちゅりぐちゅりと耳障りな音を発し、それは繋がった。それはこの世の理というものに真正面から反発した、悪夢の中の住民であった。
「あ……あは……あはは……ウフフ……」
トールハンマーは、トールハンマーだったものは、朧げな笑みを浮かべながら、確かめるように頭をぶんぶんと振り、やがて焦点の合わぬ目を向けた。生気が全く宿っていない死んだ視線を正面の宿敵へと注ぐ。それ以外に、もうこの世に自分の行うべきものは何一つとして無いと言わんばかりに真っすぐに透き通った黒い視線で。
「粗大ごみから操り人形へ格上げですか。どのみち壊れている事には変わりません。捨てやすいようにもう一度解体してあげましょう」
「キャアーアーッ!!!」
もはや『闇の泥』と化したかつてトールハンマーだったものは奇声を発しながらイミテーションへと飛び掛っていった。
第2ラウンドのゴングが鳴らされた……!




