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家族4人(イヤイヤ期の子供2名含む)が異世界に転生し「やった、魔法で楽ができる!」と思ったら全然違いました。

異世界に行けば魔法が使える。スキルが使える。

 のんびりまったり生活ができる。

 現世の記憶を持ったまま、何かのはずみで飛ばされたとしても、きっと子育ても楽だろう。

 

 ・・・というのは甘かった。甘すぎた。


 例えば、ある一日の始まりの朝。

 スマホなんて便利用品はないから、遠くから聞こえる鐘の音の数で、目を覚まさざるを得ない。


「リノア~。リーシャ~。おっきだよ~~」


 と、ベッドに寝ている二人に声をかけるが微動だにしない。

 ママギルドから来るベビーシッターさんに預けるために、早く起きて着替えてご飯を食べてほしいが、そうもいかない。


「起っきだよ~~~ギャアァ!!」


 抱き上げようとすると無意識に寝ぼけながらしがみついてくる長女リノア(4歳)が俺の髪に火の玉を浴びせてくる。

 長女を抱っこしたまま慌てて片手で髪の毛をはたく。寝ぼけながら魔法が無詠唱で使えてしまうのには困ったものだ。


「おはよ~」

「おはよ~」


 階段を降りて下の居間にリノアをおろすがすぐに寝入ってしまう。起こしている暇もなく、妻に任せて、今度はリーシャ(2歳)を連れに階段を上がる。


「リーシャ、おっきだよ」


 微動だにしないで、デンと文字通り大の字に寝ているリーシャ。仕方がないので、抱き上げて連れて行くと


「フヤヤイヤ~~~!!(もっと寝てたいのに~~!!)」


 と、泣き出してしまう。リーシャをなだめていると、そのすきにリノアがまた寝入ってしまうので、無理やり起こしてテーブルに座らせる。

 俺が見よう見まねで作ったパンと裏の畑で栽培した野菜のスープ、それに森で取ってきた果実だが、大体二人は食べてくれない。

 眠いリノアは俺にしがみつき、寝起きの悪いリーシャは泣きながら妻に顔をうずめている。


「あぁ~~。冷凍パンケーキ、冷凍おにぎり、サンドイッチのパン、シリアルがあれば楽なのに。どうして異世界って冷凍食品がないのか」

「あるわけないでしょう。そのセリフ、もう10回以上言っているよねリューク君」

「二人の眼をぱっちり覚まさせる魔法はないもんかね」

「リューク君あるわけないでしょう」


 元の世界には戻れないなぁ、と分かった時から、妻と相談して、現世の名前は使わないことにした。

 俺は火を得意とする魔法使いで妻は聖女で治癒術士なのだが、肝心の魔法もスキルも育児には役に立たないときている。

 後1時間ほどでママギルドのベビーシッターさんが来るから、早く食べてとせかしてもなだめても目の覚めていない二人はぼんやりとしている。

 木のスプーンで口に運んでもイヤイヤイヤ。


「二人の服を着替えさせる魔法はないもんかね、レインちゃん」

「ない」

「おしめの替えがなくなってきたから洗濯をしないと・・・あぁ、どうして紙オムツは異世界に売っていないのかね、レインちゃん」

「ないものはない」

 リーシャの服とおしめを取り替えながら妻は無造作に切り捨てる。

 ええ、そうでしょうとも。知ってますよ。でも言わないとやっていられないのだ。

 長女はボヤンとしていて発語があまりできない。オムツもまだとれていないので、洗濯して用意するおしめの数は相当なものになる。


「フヤヤギャア~~~~!!!(やめろ~~~!!我に触るな!!)」


 無理やりに服を着させられ、おしめを取り替えられたリーシャの鳴き声が一オクターブ激しくなる。

 リノアの服とおしめを取り替えたところで、


「おはよう~す」


 と、外から声が聞こえる。俺が扉を開けると、馴染みのベビーシッターさんが来ていた。

 完全にどこぞの戦場にいて剣をふるっている冒険者若しくは英雄という風貌なのでとてもベビーシッターさんに見えない。


「ギィさんおはようございます。今日もお願いします。その・・・まだ二人ともご飯を食べていなくて」

「あぁ、こっちでやっておくから、支度しな。今日の仕事は?」

「俺はギルドで仕事が見つかれば討伐に行ってきます。なければ帰って畑仕事をします」


 俺は不定休に入ってくる仕事を見つけてはその日銭稼ぎで、妻はギルドの受付の仕事をしている。物価が高騰していて、共働きでないとやりくりできないのはこの世界でも一緒であるところが悲しい。


「わかった。・・・おうおうおはようリノア、リーシャ。元気か?」


 ギィさんが奥に入って慣れた様子で声をかける。リノアはぼんやりして皿を見つめて振り向きもしない。リーシャは、泣くのをやめて涙が残った顔で、


「ギィしゃ~」


 と、両手を差し伸べて抱きつこうとする。妻からリーシャを受け取ったギィさんは「おうおう、またご機嫌斜めちゃんか。いいぞ、任せておけ。ご両人とも早く支度をしないと遅れるぞ」とリーシャを抱き上げながら椅子に座る。


「ほら、頑張れ~。一口頑張って食べるか?いやか。頭ブンブンしたな。そうか。リノアは食べるか?まだダメそうだな」


 と、いつものようにリノアとリーシャの相手をしているギィさん。

 強面傷だらけのギィさんがベビーシッター。

 これを傍目でみただけなら吹き出すかもしれないが、俺たちにはなくてはならない人だ。

 本名はきっと別にあるだろうが、差し障りもないから、ギィさんと当人の希望どおりに呼んでいる。来てもらって1か月くらいだが、ギィさんがいなかったらマジでどうなっていたかわからない。

 最初俺たちは途方に暮れていた。

 働かないと生きていけないが、働きたくても働けない。

 だってこの世界に保育園なんかないんだもの。

 働く親はどこに子供を預けたらいいんじゃい。

 そんな時に知ったのがママギルド。

 1,000年戦争が終わり、平和になって英雄たちが大量に失業した結果、雇用の受け皿として出来上がったのがママギルド。

 ママギルド、超人気である。ほかのギルドがかすむほどすさまじい成長ぶりだ。

 なんでかって?

 平和になって子供が沢山出来たけれど、物価高騰でみんな働きに行かなくちゃならなくなり、子供の面倒を見ることができないからですよ。


「ギィさん、おしめの洗濯は済んでそこのたらいに入れていますから、干すのをお願いします。あと子供たちのお昼ご飯の材料は――」

「知ってる。裏の畑のやつ、適当に使わせてもらうぜ」

「お願いします」


 勝手知ったるギィさん。大体のことは来てすぐに把握している。さすがは元冒険者。


「ギィさん、行ってきます。リノア、リーシャ行ってくるよ」

「ギィさん、お願いします。リノア、リーシャ、ギィさんに迷惑をかけないでね」


 二人して子供たちの頭をなでて、頭を下げて家を出る。

 木々に囲まれた家を後にし、木立の中を町へ歩いていく。この辺りは森で人家がまばらだったのを頑張って道を切り開いて街道まで伸ばしてみた。

 昼間は木立から木漏れ日が射すが、夜は真っ暗になってなにも見えない。


「ギィさんになついているようでよかったね」


 二人並んで歩きながら、レインがいう。鳥がさえずり、心地いい風が時折拭き渡る。さやさやと揺れる木々。車の騒音一つしやしない。本当に静かなところだ。

 今日は晴れ。雲が少々。穏やかでいい天気だ。


「来て1か月だが、できればずっといてほしいな」

「う~ん、いてほしいけれど、目的があって路銀を稼いでいるって言っていたし・・・・」

「人探し、だっけか。ギィさんいなくなると大変だな。リノアが悲しむ」

「ぼ~っとしているようで、リノア、なついているからね」


 そんなことを言いながら、町へ続く街道に出る。町までは疾風魔法を使って20分。本当は車が欲しいが、この世界にはない。自分の足か馬車を買うしかない。

 食べ物代、雑貨代、ママギルドへ支払うギィさんのベビーシッター代、ギルドの所属手数料等々。一応家計簿的なものをつけているが、それを見ても思うように金がたまらない。

 以前暮らしていた世界ならちょいとコンビニやスーパーで手に入った雑貨や洋服等は大きな町に行かないと手に入らない貴重品だ。というか布が貴重品なので、値段が全然違う。

 子供たちのおしめも安くて丈夫な布を買って妻と俺で頑張って自分たちで縫い上げた。

 魔法が使えて便利だって?通勤もないのんびり生活だって?いやいや、異世界に行くと苦労しますよ、皆様。


 昼前。結局ギルドの討伐依頼で条件に合致するものがなかった俺はすごすごと返ってきた。

 リーシャを抱っこしたギィさんが出迎える。


「パパ、ただいまおかえり~~~」


 ギィさんの腕から、リーシャが嬉しそうにこっちにくる。

 リノアはテーブルに座って一生懸命に大きな葉っぱに俺が手製で作った絵具と絵筆で、何か一生懸命に書いていた。集中しているときはこっちを見向きもしない。


「おう、お帰り。その様子じゃ仕事はなかったみたいだな」

「あるにはありましたが、依頼内容が・・・・。さすがに2週間も家を空けられませんよ。金がなくなってきたときは別ですが・・・・」


 討伐任務は平和になったこの時代激減していて、本当に数えるほどしかなく争奪戦だ。

 しかも棲んでいる場所が辺境であり、長期にわたって家を留守にすることになる。レインが戦えるといっても、ギィさんがいてくれるといっても、やはり不安だ。

 しかたなく、警護や護衛、野盗対策といった討伐に近い仕事や買い物や採集等の任務をこなしているが、当然ながら報酬はマチマチだ。

 いっそ本格的に薬師の資格を勉強して取ってみるか、と思わないでもない。


「リノアはテーブルに絵をかいていて、無詠唱魔法でテーブルごと燃やしそうになったが消しておいた。すまん少し焦げ目がついた」

「いつものことですから大丈夫です」

「リーシャは、裏の畑でチャボカを全部引っこ抜こうとしたんでさすがに止めた。怒って『リーシャやるの~~!!』と言った後で、舌足らずで初級水魔法を唱えようとしたんで慌てて止めた」

「・・・ありがとうございます。水魔法なんて普段妻も使わないのにどこで覚えたんだろう」


 カボチャのことをリーシャはチャボカという。この世界に飛ばされた時になぜか元の世界の野菜の種の袋も一緒に持っていた。植えて育てていたら、リーシャが「チャボカ」と指さして言い、それがたまたま来ていた行商人に「この植物はチャボカというんですか」と広まってしまった。

 ちなみにリーシャはニンジンのことを「ジンニン」といい、それも既定のこととして広まってしまっている。


「リノアもリーシャも将来はいい魔法使いになりそうだぞ。今のうちから訓練してやれ」

「今のうちから、ですか?まだ早いんじゃないかなと思いますが」

「早いほうがいい・・・というのは自分でコントロールできねえと魔力が暴走するからな。特にリノアが危ない。発語が少ない分、何を考えているかわからねえ。というか魔法使いのお前ならそのくらいわかっているだろ」


 わかっています、と言いかけて脳裏に浮かんだのは別のことだった。

 リノアについては、妻と話し合ってもわからなかった。普通の子供よりも「ゆっくりさん」であること、こだわりが強いことはわかっているけれど、どうすればいいのかわかりかねていた。

 たまに町に行くと、リノアと同じくらいの子供が「こんにちは」や「ママ〇〇買って」等としゃべっているところに出くわすが、その光景を見るたびに複雑な気持ちになる。


「仕事が見つからねえなら、いっそママギルドに登録してベビーシッターやってみるか」


 色々と考えているところに飛び込んだギィさんの言葉に吹き出しそうになる。いやいやいや、ただでさえ子供が二人いて大変なのにどうしてほかの子供の面倒を見られようか!!


「こんな俺でも、一応ランクはDになった。中の下だけれどな」

「ギィさんでもランクDなんですか・・・・」

「脱走防止の感知魔法術もつい最近取得したばかりだからな」


 慣れている様子だったのに、中の下とは。ママギルド、いったいどれだけ層が厚いのだろう。


「畑仕事をやるんなら、もうしばらく二人を見ているか?さっきリーシャと適当な野菜を抜いてきた。まだ昼前だし、お前たちの飯ぐらい作ってやるよ」

「お願いします」


 リーシャが引っこ抜こうとしたチャボカたちの世話をしなければ。俺は杖を自分たちの部屋にしまうと、手製の籠を持って裏の畑に出て行った。


「またか」


 チャボカの畑にいくと、ゴソゴソとうごめく草たち。

 たまにどこから来たのか、マンドラやマンドレイクといった雑草が生えているので始末しないとこいつらは作物を侵食してしまう。

 うまいこと引っこ抜ける魔法もないので、適当に火魔法で殲滅させていく。火加減は料理をするようになってから随分とうまくなった。


「マト・・・じゃなかった、トマトあたりでも植えてみるか」


 畑の一角にまだ作物を植えていないところがあったので、手製の棒をいくつか用意してためしてみるか。

 そう思いながら、焼け焦げたマンドレイクとマンドラの灰を魔法手袋ごしに箒とちりとりで慎重に集め、倉庫の中の樽に入れていく。

 焼け焦げたマンドレイクとマンドラ。化学肥料なんてものはないので、どう作物を育てるか悩んでいたが、どういうわけか家の周りに寄ってくるこいつ等の燃えカスは肥料になるのだ。

 肥料を作って時折町に持って行って売るのも貴重な現金収入になる。

 収穫した作物も町に持って行って売るか、近所の猟師さんや農家さんと物々交換して肉や卵と変えてもらったりする。

 いっそ細々と畑を開墾して農家でもやるかなぁ。

 

「ギぃしゃ、ギぃしゃ」

「ほいほい、いい子だから座ってな」

「やだ~~~」


 家先に戻ってくると、肉の焼けるいいにおいと立ち上る煙が目に入った。

 リーシャがまとわりつくのを邪険にもせず、ギィさんが器用に片手で料理をしている。家の中で火はおこせないので、外の脇に軒と煙突を作って、かまどや調理台を築いていた。

 家の中で絵を描いていたリノアは、外の椅子がわりにおいている切り株の上でピョンピョン飛び跳ねている。

 ギィさんは豪快にさばいた肉と野菜とを串にさして焼いている。


「なんですか、それは」

「シムル鳥の肉とお前のところの野菜だ。昼飯にはちょうどいいだろ?」

「肉なんておいていなかったような?」

「俺が食いたかったんでここに来る前にちょいと仕留めてきた」

「そんなものをいただくわけには―」

「子供に肉を食わせないのはよくねえらしいからな。これもベビーシッターの仕事のうちだ。気にするな」


 お前テーブルを片づけて用意してくれ、と言われ、リノアを抱っこして、家に入ってリノアとリーシャが散らかしたテーブルの上を片付ける。


「リノア今日何してたの?」

「・・・・・・・」

「ギィさんと仲良くしていたか?」

「・・・・・・・」

「絵を描いたんだ、これはなんだい?」

「とり!」


 自分が得意とする絵等になると元気な返事が返ってくるが、それ以外は無関心というか我関せずというか、返事がない。最初は戸惑ったがこれもリノアの個性かなと思っている。


「リノア、テーブル片づけるよ」

「やだ!」

「お昼ご飯だよ~」

「やだもん!」


 と、いやなことはいやとはっきりいうのはイヤイヤ期か。

 と、ギィさんがリーシャを片手で抱っこして片手で料理の皿を持って入ってきた。

 焼けた香ばしい肉と絶妙に焦げ目がついた野菜の串がデンと盛られている。

 パンがあればよかったが、あいにく切らしていた。


「おうおう、二人とも座りな、肉は大きいからパパに切り分けてもらいな」

「あ~い」


 リーシャが元気に返事をする。二人を座らせ、戸棚から持ってきた二人の皿に肉や野菜を小さく切って盛り付ける。


「おいち~~!!」


 リーシャはご機嫌で肉にかぶりつく。


「野菜食べな」

「いやない」


 リーシャはぷいとそっぽを向く。リノアは上手に串をもって、むしゃむしゃと肉を食べていく。野菜を「なんだこれ」というようにじっと見ていたが、ぷいと串から外してしまった。


「子供が野菜を食べないのはなんでなんですかね~」


 溜息をつく。


「お前だって子供のころは苦手なもんがあっただろ?」

「ええまぁ・・・・」

「でも今は平気だろ?」

「ええまぁ・・・・」

「んじゃ気にすんな。いつかは食べる食べる」


 そうだろうか、と不安になる。そんなに栄養学に詳しくないが、肉ばかり食べて大丈夫かと思ってしまう。不安そうな俺をよそにギィさんが肉を食いちぎりながら、


「子供ってのは敏感なんだっていう話を以前聞いた。大人の何倍も何倍も」

「つまり俺たちの何倍も何倍も苦味とか青臭さを感じてしまう、と?」

「ま、そういうこった。それに大人と違って経験が少ねえからな」

「ギィさんは達観していますね」

「無責任なだけさ。俺は結婚もしてねえし子供もいねえからな。親の苦労なんてわからねえし、その時間もねえ」

「あ・・・・・」


 声の調子にどこか硬い響きがあった。触れちゃいけなかったかと少し後悔するが、ギィさんは器用にリノアの食べる串焼きを取ってあげつつ、リーシャの肉を分ける作業をし、かつその合間に食べ続けている。


「お前、オルタクレールって知っているか?」

「オルタクレール?北の魔女ですか。魔王陣営の一角だった」

「俺はそいつを探している」

「探している?」


 リノアが串を喉の奥に突っ込みそうになったのを慌てて抑えながら、俺は尋ねた。


「奴と俺とはちょいとした因縁があってな。ここでの仕事が一段落したら俺は奴を探しに行かなくちゃならねえ」

「行っちゃうんですか・・・・・」

「あぁ」

「リノアとリーシャが寂しがります」

「俺は今まで沢山バイバイしてきた」


 そういわれては何も言えなかった。俺は黙ってリーシャが肉を床に落としたのを拾った。


 夕方になる。外からオレンジ色の残光が射しこんできた。帰るといっていたギィさんは結局夕方前まで子供たちの面倒を見てくれて、その間に俺は畑の作業をすることができた。ギィさんを送りがてらみんなで少し散歩した。


「ただいま~~」


 妻が帰ってきた。紙袋を持っているところをみると、パンを買ってきてくれたかな。


「おかえり~~~ただいま~~」


 リーシャがトコトコと迎えに行く。リノアはぼ~っと窓の外を見ている。妻は紙袋を俺に渡し、リーシャを抱き上げながら、


「今日給料日だったから、パンのほかにちょっとお惣菜を買っちゃった」

「いいね。俺は・・・」

「その顔を見ればわかるよ。リノアとリーシャ、いい子にしてた?」

「あぁ。リノアはお絵描きをしてリーシャはギィさんにまとわりついてた。午後はみんなで散歩したよ。リーシャは途中でおんぶで寝たけどリノアは寝なかった。さっきみんなで頭を洗って体をふいたところだ」


 水魔法を使える妻と火魔法を使える俺がいればあっという間にお湯が沸かせるのだが、そうそう二人がそろう時がない。水は井戸があるが出がいまいちなので、節約して体をふくくらいにしている。


「じゃ、ご飯にしようか。テーブル片づけよ」

「あぁ」


 あわただしくテーブルを片付けて食器を並べる。明りに関しては俺が宙に火を出現させられるので、心配なかった。

 リノアとリーシャにご飯を食べさせながら妻の職場での愚痴を聞く。どこか楽しそうに、あるいはどこか怒ったように話すのを見るのを見るといつも安心する。

 ひとしきり職場での話が終わると、ギィさんの話題になる。


「ギィさん、もしかしたら近いうちに辞めるかもしれない」

「マジか~。そういえばそんな話もしていたもんね」

「リノアとリーシャの次のシッターさんも考えなくちゃならないかもな」

「せっかく二人がなついたのにね。でもなんで?」

「北の魔女オルタクレールを探しているんだと。なんか因縁があったらしい」

「オルタクレール・・・オルタクレール・・・・・」


 妻が考え込む。俺たちが異世界にやってきたときには現実世界とは似ても似つかぬ姿かたちになっていた。

 どうやら、憑依元の人間が持つこの世界での知識と記憶の蓄積が使えるようで。妻はそれをたどっているのだろう。自分が経験したことのないものが記憶としてあるのはどうにも変な感触なのだが。


「あ、私の従姉かもしれない」

「はい!?」


 俺は声を上げる。ちょっと目を離したすきに、リーシャがガッポンとコップから飲み物をこぼしたのも一要因だったが。


「ほややや~~~!!!(濡れた~~~!!気持ち悪い~~~~!!)」


 と、泣きわめくリーシャの服を脱がし、おしめも取り換え、着替えさせていく妻が、


「そういえば近いうちにここに来るって手紙があったような、なかったような?」


俺はリノアが満足そうに立ち上がろうとするのを制しながら、手や口をふくのを手伝いながら、


「ならギィさんが旅立つ必要がないんじゃ」

「でも、さっきの話だととても友好的な間柄には見えなかったよね」

「あぁ・・・・」


 もし、ギィさんと「妻の従姉」であるオルタクレールが出会ったらどうなるんだろう。

 俺は言葉を飲み込んだ。


「まぁ、なんとかなるよ、大丈夫」


 妻の「大丈夫」は根拠も何もないけれど、不思議と安心させられる。

 後片付けが終わって、

 子供たちと4人で遊んだり、俺と妻がリノア若しくはリーシャと遊んだりする。

 この時間が至福のひと時だ。

 リノアと絵の描きっこをしたり、リーシャのお馬さんになったり、おいかけっこをしたり。

 すぐ近所に家がないから、大声で騒いでも大丈夫。


 遠くから鐘の音が聞こえる。もう8時前か。

 もう寝る時間だ。


「コラ~~!歯磨き逃げるな~~!」

「リーシャ逃げるな~~!」

「やだもん!」

「イヤ~~~~ダ~~~!!!」


 と、歯磨き前は毎回ひと騒動だ。子供用の甘い味の歯磨き粉なんてないから手製の柔らか毛ブラシと塩とで磨いているが、そりゃイヤだよな。


「誰か甘い歯磨き粉が出せる魔法・・・・」

「ない」


 と、手足をばたつかせるリーシャと歯磨きブラシと取り組んでいる妻が切り捨てる。

 リノアを捕まえて歯磨きをするが、こちらも負けず劣らず泣きわめく


 火の始末をしてから、4人で大きなベッドに横たわる。せめて寝具だけはいいのをと思い、町まで行って買い求めてきた。

 横たわる瞬間が極楽だ。子供たちはピョンピョンとトランポリンのように飛び跳ねるので、捕まえるのに苦労する。


「お休み」

「おやすみ~~~」

「おやしゅい~~~」


「おやすみなしゃい」


 一拍後にリノアが声を上げる。珍しいなと思って、リノアを見るとニコニコしている。ぼやんとしているけれど、どこかの拍子に目が合うことがあって、その時だけは意思疎通ができるように感じるんだな。

 リノア、どう思っているんだろうか。

 そう思っているうちにいつの間にか静かになった。


「リーシャ寝たよ」


 リーシャの背中トントンをしていた妻が小声で言う。今日はうまくいったようだ。いつもはなかなか寝ないのに。


「リノアも寝たな」

「お休み」

「おやすみ」


 月の光が窓から射し、二人の寝顔を照らし出す。疲れた様子の妻も早々に寝入ってしまったようで静かな寝息が聞こえる。


 俺は腕を頭の後ろで組んで天井を、そして月を見つめる。

 これからどうしようか、明日仕事は見つかるだろうか、ギィさんと妻の従姉が鉢合わせしたらどうなるんだろう等ととりとめのない考えが泡のように浮かんでは消えていく。

 行かなければならない会社もないし、ご近所の目を気にしないですむけれど、色々と大変だこの世界ってのは。


 でも――。


 今日もいい日だった。

 神様、明日もいい日になりますように。皆で仲良く暮らせますように。


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