1‐5ヤケを起こしたい気分④
祈るような気持ちで、男子テントをノックした。叩いたところでぼそぼそという音しかしない。果たして意味はあるのか。それでもサコはノックせざるを得なかった。
案の定、テントの入り口を開けた城戸は上裸だった。
「……見張り交代です」
「お前は向こうのテントでアコと一緒に寝てろ」
城戸はぶっきらぼうに言った。
「このテントの中に入ったらぶっ殺す」
城戸の背後のテントの中からは、ノンノの寝息が聞こえた。情事の後の余韻をむさぼっているのだろう。
サコは返事をしなかった。黙ってうなずいてアコが先に寝ているだろう女子テントへ向かう。返事をしなかったのはせめても反発のつもりだったが、城戸にそれは伝わったのだろうか。素肌の上にパーカーを羽織りながら、城戸は見張りポイントへのしのしと歩いていく。サコは大きくため息をついた。
女子テントは無人だった。先にアコが入って寝ていると思ったが。トイレにでも行ったのだろう。少し考えて、サコはアコの寝袋に入った。
なかなか眠れなかった。一人になると、また将来のことを考え出す。オークキメラを操っていたあいつには、きっとうなるほどの金がある。城戸には、戦士職という資格と、冒険者としてやっていけるだけのスキルがある。ノンノは修道女で、衣食住は教会が保証しているし、そしていつか城戸と結婚するだろう。
じゃあ、俺には何があるだろう。冒険者学校を卒業して、冒険者になって、城戸のパーティーに入って、やっていることは、索敵とみんなのサポート。本当は城戸みたいな戦士職になりたかった。戦士職は一生食い扶持に困らない。まじめに働けば家族も持てる。戦士職になれなかった者が、仕方なくやる職業。それが戦闘技術職。俺の職業。つまりは雑用係。非凡なスキルを持てるわけでもなく、そこにいるのが俺じゃなくてもいい職業。
こんな夜は、アコと一緒にいたかった。同じ戦闘技術職でも、ドローンの操縦主で、Vtuberもこなすアコ。それを弟という立場でサポートをするサコ。アコの隣にいる間だけ、サコは自分の価値とかどうでもよくなる気がした。
テントの中は、暗い。自分以外の気配も感じ取れない。目を瞑ってじっとして、ますます募るのは、眠気ではなくて孤独感だ。
サコはため息をついて、寝袋の中から這い出た。こういう時は、少し明るいところに行って、気持ちを落ち着けるしかない。トイレにでも行こうか。道中アコと会えたら、この暗い気分もすぐに晴れるだろう。
……それにしても、アコはどこに行ったのだろう。トイレにしては、長すぎる。もしかしたら、気を利かせて男子テントでノンノと一緒に寝るのかもしれない……だとしたら、男子テントってなんだ?
結論から言えば、サコはアコの姿を見ることができた。
アコは城戸と一緒にいた。アコは城戸の広い背中に甘えるように後ろから抱き着き、楽しげに彼の耳をなめていた。
「何やってんだよ……」
近くの瓦礫に身を隠しながら、サコは思わずつぶやく。消え入るような独り言は、視線の向こうの二人には聞こえない。なんで、アコと城戸があんなことをしているんだ。城戸にはノンノがいるだろうが。
「この前より背中おっきくなったね」
アコが城戸に話しかけている。
「私が筋肉好きって言ったから?」
「アコ、俺にはノンノが」
「うん。わかってる」
言いながら、アコは城戸の首筋に顔をうずめた。
「ノンノのこと考えながら、私とシても ノンノが受け止められなかった分、全部私にちょうだい」
パッと、アコを振り払うように城戸が立ち上がった。そして尻餅をついたアコを見下ろす。
「毎度毎度、しょうがない雌ウサギだ」
城戸はアコを抱え上げた。アコはクスリと笑って服を脱ぎ、慣れた動作で城戸の頬にキスをする。
二人は、長らく付き合った恋人のように、始めた。
サコはテントに戻った。
寝袋に包まり、サコはまた一人ぼっちになる。今はただ、気分が悪かった。あの物陰から飛び出して、二人をぶん殴ってやれば良かったと、少し後悔した。かといって、今からテントを飛び出す気にはさらさらなれない。もしかしたら、俺はドライな人間なのかもしれない。あれほど想っていたアコのことも、今は他人のようにどうでも良い。
孤独感が襲ってくる。今度は底なしだ。あこがれだった姉のアコはもう、自分の知らない他人のようにしか思えない。よくよく考えれば、アコが姉であろうと、サコはサコだ。アコとは違う。特殊なスキルを持たない、ただの戦闘技術職。
俺は、なんて空っぽなヤツなんだろう。いつからこんなに空っぽになってしまったんだろう。
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そしてとうとう、サコはヤケを起こした。
いや、この日はきっと、パーティーメンバー全員がヤケを起こしたい気分だったのだろう。オークキメラとの戦いを通して、彼らは、今まで上手く目を逸らし続けていたナニカをまざまざと見せつけられた。それが格差だったのか、将来への不安だったのかはわからない。
いずれにせよ、メンバーは各々の方法で憂さ晴らしをした。アコのダンジョン内でのVtuber配信も、城戸とノンノのまぐわいも、そしてアコと城戸の浮気も、簡単に言えば憂さ晴らしだった。
そして、ついにはサコまでもヤケを起こした。おそらく、彼にとって初めてのヤケだろう。彼は加減を間違えた。
小一時間後、彼はテントの入り口を叩いた。城戸とノンノがまぐわっていた、元男子テント。今はノンノが一人で寝ているはずだ。
案の定、サコのノックをすると、テントの中から寝ぼけた甲高い声が返事をした。
「ケンちゃん?」
「違います。サコです」
入り口を開けずに、サコが答える。
「見張り交代の時間なので、お知らせに来ました」
「……まだ二十分あるじゃない」
「着替えの時間があるでしょ? 十五分前行動は基本です」
サコが真面目腐って答えると、テントの中から大きなため息が聞こえた。
「はいはい。わかったから、とっとと向こうにいってくんない?」
ぶっきらぼうな返事と共に、寝袋から這い出るような音がした。
サコは満足して、自分が寝ていたテントに戻って行った。
これが、サコのやったヤケだ。ノンノを二十分早く起こす。それだけ。
きっと、ノンノは予定よりも十分ほど早く見張りの場所に来るだろう。そしてぶち当たるはずだ。自分の恋人と、パーティーメンバーとの浮気現場に。
城戸とアコにとっては青天の霹靂のはずだ。ノンノは基本的に、人に起こされないと起きない。交代時間前に、見張り場に自ら来ることは今まで一度もなかった。
サコは、どこか浮ついた気分でテントへ戻って行った。街に爆弾を仕掛けたテロリストのような気分だった。
やがて、爆弾は破裂した。
まず、ノンノの金切り声が絶え間なく響き渡った。宥めるような、弱りきったような城戸の声がそれに混じる。
数分後、意外なことに、今度はアコの金切り声が響き始めた。
「そもそも、あんたSEX禁止されている修道女じゃない! 破戒僧の癖に、何が浮気は許せないよ。あんたより私の方がよっぽどマトモよ!」
これには、サコも驚いた。完全な逆ギレだ。そして、同時に悲しくなった。
(これがあのアコの本性か)
自分が引き起こしたのにも関わらず、サコは悲しい気分になった。何もかもめちゃくちゃにすることを、さっきまであれほどワクワクしていたのに、今は居た堪れない。
彼はその場を離れることにした。彼らの喧嘩が聞こえないくらい遠い場所まで。逃げるように。
冒険者としてはあり得ない行動だ。ダンジョンでの単独行動は、どんなにイカレた奴だって二の足を踏む行為だ。
でもサコはためらいもなくそうした。彼はなんだか、頭の壊れた人間を演じるのが、気持ちがよくなってきていた。
三話同時投稿 三話目です。
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次回は10/2 18:00に投稿します。
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