1‐4ヤケを起こしたい気分②
その日は、ダンジョン内で休息ををすることになった。アコの体が思うように回復しなかった。おそらく一晩寝る必要があるだろう。
テントを二つ張り、寝袋を用意する。食料は水に戻して食うタイプのものを使う。見張りは四人で交代。初めにサコ→城戸→ノンノの順だ。
電灯のともる水場の端で、BATDを飛ばし、サコは周囲の監視をする。だが、音波のおかげで、確かにモンスターは付近にはいない。だが……。
「下の階層から、変な波形が出てる……」
タブレットを操作しながら、サコは独り言をつぶやいた。ダンジョンに潜り始めた時から、ずっとだ。地殻変動を疑ったが、気象庁のサイトにアクセスしても、警戒情報は出ていない。モンスターが発生源なら、先ほどのオークキメラなんか相手ではないレベルの規模感だが……。
首をひねるサコ。と、HMDがまた別の波形を表示した。サコはため息をつく。
「俺の背後から、出てはいけないタイプの波形が出てる……」
「誰がモンスターじゃい」
口を尖らせながら、アコが後ろから歩いてきた。
「寝てろよ、姉さん……歩けるくらいまで回復したのはいいけど」
「だってさ……ねぇサコ、男子テントの音、拾ってみてよ」
「男子テント?」
サコがHMDをいじる――。
「どわぁ!」
サコが叫び声をあげ、アコはケタケタ笑い声をあげた。男子テントから聞こえてきたのは、あられもない男女のまぐわいの声だ。HMDを外しそうになりながら、サコが顔を真っ赤にする。
「……なんだこれは!」
「なにってそりゃ、城戸とノンノのエッチの音だけど」
「だからなんで……ダンジョンの中で!」
「ま、ここ濡れ場だし」
「水場だ、やかましい!」
サコは咳払いをして、まじめ腐った顔を無理やり作る。
「……てか、どうやってだ? ノンノは修道女だろ。そういう行為はできないんじゃないのか? なんかそういう装置があるって」
「ああ、CVRのこと? 派遣した修道女が処女捨てて帰ってこないように教会が持たせてるブラックボックスのことね。あれ、『派遣中のすべての音を収集し、モンスターの攻撃を受けても壊れない最強の箱』っていう触れ込みだけど。開ける方法もあるし、何なら編集もできるって。不良修道女のノンノなら、とーぜん破ってるよねぇ」
まぁ、そんなわけで、とアコはサコの隣に座った。
「とても眠れるような状況ではございませんので、ちょっと暇つぶし付き合ってよ」
アコはそう言うと、近くに置いてある自分のカバンを漁り始めた。取り出したのは、一本のウクレレ。
「サコも自分の持ってきてるよね?」
アコの問いに、何かを察してサコは眉をしかめる。
「持ってきてるけど。姉さん、まさかこんなところでする気か?」
「だーって、向こうのアレが終わるまで暇だしさ。指も動くようになったし、」
おぼつかない手で、アコはポケットから自分のスマホを取り出し、画面を開く。
「せっかくサコがWi-Fi復旧してくれたんだし、使っちゃお。
ね、配信タイトルは『いきなり!? ゲリラ歌配信inダンジョン!!!!!』でどうかな?」
「本気で始める気かよ、ったく」
サコはあきれながら、自分の荷物からウクレレを取り出した。
アコはというと、自分の目の前に手ごろな瓦礫を積み上げ始めた。自分の目線の高さほどになると、自分のスマホを瓦礫の上に設置する。専門のアプリを立ち上げて、自分の顔をスマホのインカメにキャプチャさせる。
数秒後、スマホの画面に、二次元の女性キャラクターが現れた。赤色の髪の毛に、とがった耳。胸元の大きくあいた探検服。アコが笑顔を作ると、画面のキャラクターが頬を染めて笑った。アコが体を揺らすと、キャラクターもゆらゆら揺れる。
このキャラクターの名前は『スーパーダンジョン探検家エルフ 癒林アコニス』という。
つまり、林アコは、ダンジョンに潜る冒険家であり、コブリンドローンを操る操縦主であり、『ダンジョン系Vtuber癒林アコニス』の“中の人”でもあるのだ。
「……おーすおすおす。ダンジョンの中からこんにちは! ダンジョン系Vtuberの癒林アコニスでーす、どーもどーもーっていうわけでね。今日はですねぇ、タイトル通り歌枠やってこーと思います」
普段よりも一つ、テンションの高い声で、アコはスマホに向かって笑みを浮かべる。スマホの画面に表示される、満面の笑みの『癒林アコニス』。その上を次々とコメントが流れてゆく。
「コメント欄もどうもありがとー。『スタジオ借りた?』そんな金ねぇよ。ダンジョンの中から配信してるんだっての。『エコーかかったままですよ』だから、ダンジョンの中だから反響してるんだって! お、スーパーチャットありがとう……『¥500これで新しいマイク買ってもろて』だから、エコーかけてないって! マイクの故障じゃないっての!」
リスナーとやり合いながら、アコは笑顔で体を揺らす。
身内のサコから見ても、アコは配信がうまい。川の流れのように流れるコメント欄から、センスの良いものを選び、さらにうまく返す。テンポがよくて心地いい。
一通りコメントをあしらったアコは咳払いをした。
「……もーわかったから、始めるよ歌。何歌おう? 『童謡』? 初手童謡かぁ。悪くないかもw。童謡だったら何がいい? 『ダンジョン節』? 『ダンジョン節』かー」
いいながら、アコはチラリとサコを見る。サコが頷いて、ウクレレを構えると、アコはスマホに視線を戻した。
「元曲は『炭坑節』だっけ? 音源あったわ。よし、歌っていこーか。作曲者不明『ダンジョン節』」
アコが視線で合図する。サコが頷く。呼吸を合わせて、弦をはじき始める。二つの音色のハーモニーの美しいイントロを挟んで、アコがゆっくりと歌い始めた。
「――〽いくらほってもほりきれぬ……」
いつだって、アコは『特別』が好きだった。『特別』が好きだったし、それをするだけの実力があった。ドローンの操縦を得意としながら、冒険もこなす。家に戻れば、Vtuberとして歌を歌って見せる。時にはダンジョンの中でだって。
「……はい。というわけで、『ダンジョン節』でした。スパチャもコメントもありがとー! 次何歌おうか……『「ダンジョン節」のリアルバージョンが見たいです』? おいおい、そんなん歌ったらBANされるだろーが……はぁ? だれがウブだ。『うぶかわいいぞアコニス』じゃねぇよ。わーったよやるよ、やってやるよ。そこでBAN配信黙って見とけよリスナーども」
アコの合図で、サコはまた伴奏を始める。
『〽白いサラシは 源氏の御旗 挟んで啼かせろ 一ノ谷――』
遠くまで伸びる声で、歌うアコを見ながら、ウクレレを弾くサコは物思いにふける。
ダンジョンの中で配信を始めたがる時、アコが落ち込んでいることをサコは知っている。さっきの冒険者の男の態度がよっぽど堪えたのだろう。ダンジョン内でVtuber配信など、狂気の沙汰だ。でも、それで姉の心が救われるのなら……HMDを装着し、周囲の警戒を続けながら、サコはウクレレをはじく。姉と同じく、サコもまた、『特別』な姉が好きだった。
「みんなー今日も聞いてくれてありがとー。スパーチャットもありがとう! また別枠取ってお礼してこうかな? ゲリラ配信だったのに、来てくれてありがとね。バイバーイ」
見えないリスナー達に最後まで声を届け、コは配信終了ボタンを押した。
「……よし、配信切れた。お疲れ、サコ」
「ああ……」
サコはしばし、自分のウクレレを見つめ、軽くため息をついた。
「……姉さんにはかなわないな」
「そんなことないよ。ミスの量ならサコのほうが絶対少ない」
アコはきょとんとした顔になった。
「私はちょっと、遊びを入れてるだけだよ。それがいいアクセントになってるだけ。まぁ、サコも遊びを入れればいいだけの話だよ」
その返答に、サコは思わず笑みを浮かべてしまった。
「そっか」
「そうだよ」
どちらともなく、二人はウクレレを持って立ち上がった。
「そろそろ交代の時間だね」
「あの二人もとっとと外に出てくれりゃいいんだけど」
「情事の行われた後のベッドで寝るのは、ドキドキしちゃう?」
「んなわけあるか。即寝落ちしてやるさ」
軽口をたたきながら、二人はテントに戻ってゆく。サコは男子テントへ、アコは女子テントへ……。
三話同時投稿の、真ん中の部分です。あとの一つもお願いします。