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1-1 ダンジョン内WiFi復活作戦

 皆さんご存じの通り、トーキョーの地下にはダンジョンが広がっている。


 一度迷い込むと、大変だ。一応電気やwifiも通っているから、すぐに死ぬことはない。が、さまよい続けた挙句死ぬ者も少なくはない。


 おまけに、ダンジョンには地上のどの生物よりも恐ろしいモンスターが生息している。特殊な技能を持ってない一般人では、銃で武装しても生き残ることはできないだろう。


 だが、それでも多くの冒険者がダンジョンに潜っていった。ダンジョンには、地上にはない貴重な資源が眠っているのだ。冒険者はダンジョンをくまなく散策した。ある時は岩壁に埋まっている資源を採掘し、ある時はモンスターを狩り、素材を剥ぎ取った。


 


 と言っても、これはもう昔の話。この十年ほどで、ダンジョン攻略はだいぶ様変わりした。より安全で、よりリターンの大きな方法に。

 どう変わったかは、説明するのも面倒なので、実際に見ていただきたい。脳波コントロール戦闘用ドローンを駆使した、最先端のダンジョン攻略を、お楽しみいただけると思う。




 ここで、皆さんに、とある冒険者パーティーを紹介しよう。戦士一人に回復士一人、そして戦闘技術官二人の四人パーティーだ。


 ……ちなみに、この物語の主人公は、この四人パーティの戦闘技術官のうちの一人だ。

 さらにぶっちゃければ、おそらく皆様のご想像通り、このパーティーは十二時間後に壊滅することになるのだが、まあ気長にお付き合い願いたい。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 F06ダンジョン390地点——。

 四人パーティは、瓦礫の山を慎重に歩いていた。


「……前方100メートル、モンスターなし」


 パーティーメンバーの一人、戦闘技術職の林サコが、几帳面な口調でパーティの面々に報告をする。


「いちいち言わなくていいから、早く歩け」


 パーティーのリーダー、戦士職の城戸ケンシがイラついた声を出す。


「あと、いい加減外せ、そのHMD。こんな浅い層から警戒しなくていいから」


「いやでも、さっきから変な気配がするんです。念には念を入れないと」


 サコは自分の顔半分を覆うHMDヘッド・マウント・ディスプレイに手を当てながら、緊張した声音を出す。反抗的な態度と思ったのだろう。リーダーでもある城戸は大きくため息をついた。


 ダンジョン内部の足場は山道のようなものだ。HMDをつけながら歩いている奴がいると、どうしても進みが遅くなる。


 苛立つ城戸は自分の前を歩く少女に声をかける。


「なぁ、アコ。こいつお前の弟だろ? 姉貴からちゃんと言ってくんないかな。HMD外せって」


「気のすむまでやらせてあげて、リーダー」


 もう一人の戦闘技術職、林アコは手首をひらひらと振ってみせた。


「ちょっとめんどくさいけど、この子ミスだけはしないから」


「そりゃどーも。おかげで俺の予定より三十分も進みが遅いがな」


 悪態をつく城戸。サコはHMDの下で思わず眉をしかめた。


 『ダンジョンのどこにモンスターが潜んでいるかわからない以上、警戒は最大級に』冒険者なら誰しもが、冒険者学校で叩き込まれることだ。


「そんなに怒ってると、目が吊り上がったままになっちゃうよ、ケンちゃん」


 城戸の隣をぴったりと歩く修道服姿の少女が、彼の頬をつつきながら笑った。


「私も付いてるし。少なくとも、ケンちゃんだけは絶対に疲れさせないから」


「……わかったよ」

城戸の表情が少し和らいだ。


 修道服姿のこの少女は、回復職。名をノンノという。西方教団から派遣された修道女で、城戸とは幼馴染らしい。


 ノンノの声かけで、パーティーの緊張が一瞬だけ緩む。だがすぐに……。


「あっ!」

 ドサッ!

 サコが瓦礫に躓いた。


「お前なぁ……!」

 城戸がドヤす。


 アコはサコに駆け寄る。


「サコ! 大丈夫!?」


「……ごめんなさい、皆さん」


 駆け寄るアコを押しとめるようなジェスチャーで、サコはゆっくり立ち上がると、HMDを取り外した。


 ディスプレイの下から現れた、幼さの残る平凡な顔は、死人のように真っ青で、大量の汗が浮かんでいた。荒い息を押し殺すようにして、サコはパーティーメンバーに報告をする。


「注意。404地点で、敵影。モンスターじゃないです。人の操るオークドローン……高度に改造されてます」


「……承知した。全員、一時停止。そこの壁に集合だ。作戦を立てる」


 城戸がパーティーに指示を出した。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 ダンジョン攻略には、もっぱらドローンが使われる。


 中でも、対モンスター仕様に設計されたドローンは、モンスターの身体を流用して作られる。生け捕りにしたモンスターの脳などを除去し、半導体チップに置き換え、外部からの電波で操れるようにしたものだ。操縦主は安全な地上から機械化されたモンスターの体を操り、モンスターを狩ることができる。


 非人道的と非難されても、仕方がない。もう何年も前からやってきたことだ。最近では技術が進み、複数の生物をくっつけたキメラドローンというものも開発されている。


 ドローンの台頭によって、冒険者の仕事が奪われたかと言えば、そうでもない。安全な地上からドローンを操るために、ダンジョンの中は常に電波がつながるようにしなければならなくなった。ダンジョン内にWi-Fiを設置し、壊れたものを新品に取り換える。この新しい仕事は、比較的安全な割に収益が安定していて、冒険者に人気の仕事の一つとなった。


 今回このパーティ―に出された依頼は、F06ダンジョン内で、突如発生したネット障害の解決だ。奇妙なことに、付近にあるルーターが同時に故障したのだという。


 依頼を受けた時、四人は一様に顔をしかめた。せめて、ただの機械の故障で会ってくれればよいが……。


 淡い期待は見事に外れたようだった。サコの報告によると、現場にいるのはモンスターではなく、誰かが操っているドローンのようだ。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



「……敵影がモンスターじゃなくて、オークのドローンなのは間違いないな?」


 城戸が聞くと、サコはうなずいて、タブレット端末を取り出す。


「BATD(バット。偵察用のコウモリドローン)の映像です。超音波と高光学センサ―を合成すると……ほら」


 タブレットには、人体では到底考えられないほどの肥大した筋肉に覆われた、二足歩行の怪物が映っていた。


「パッと見、巨大化突然変異のオーク種に見えますけど、顔の上半分がコウモリ系のモンスターのそれに置き換わってます」


「なるほど。キメラ型のドローンか。めちゃくちゃ強いと聞いているが」


 城戸が顎に手を当てた。


「しかし、いやな予感が当たったな。ネットワーク障害の原因は人為的なものだったか。地点400付近のWi-Fiルーターが軒並み破壊されたって情報聞いた時から、薄々予想はしていたが」


「なんで、そんなひどいことするのかな」


 ノンノがかわいらしく頬を膨らませると、アコが肩をすくめた。


「さぁてね? なんとなーく愉快犯な気がするけど。どーせまたどこかの大富豪のドラ息子が、冒険者の邪魔して遊んでるんでしょ」


 アコの妄想は、とっぴにも聞こえるが、どこか妙にリアルだ。城戸がため息をつく。


「ひどい憶測だ。まったく。そうじゃないことを祈るよ。

 おいサコ。周囲の状況を説明してくれ」


「未登録のルーターがそこら中に設置されてます。ざっと……五十機以上。地上から操作するために持ち込んだんでしょう」


「厄介だな。敵のルーターを全部つぶしてドローンの動きを止める手も考えてたんだが、数が多すぎる。一つ残らずつぶしてる間に俺たちがやられちまう」


 城戸は眉をしかめる。アコがサコの持つタブレットに指を這わせて、画像に映り込んだ小さな装置を拡大する。


「これ、ウクライナ製ルーターだよ。わざわざ海外製のヤツ用意してる。サーバーも海外経由かも」


「じゃあ、地上に連絡して、操縦主の身柄を確保する手もなしか。時間がかかりすぎる」


 議論しあうアコとサコ。二人の結論を聞いて、リーダーの城戸はため息をついた。


「仕方がない。敵がドローンならこっちもドローンだ。


 サコ、お前のドローン敵に感づかれちゃないだろうな? その場にカメラだけ設置して、敵にばれる前に回収しとけ。

 

 アコ。すまないがお前の出番だ。敵はキメラドローンだが、お前ならやれるはずだ。


 ノンノはアコの回復を。アコがやられたらパーティー全滅だ。全員集中しろよ」


「「「了解」」」


 短い返事で、各々が動き始めた。


 サコは再びHMDを装着すると、リモコンを操作し始める。パーティーより先行して偵察を行っていたコウモリドローン「BATD」が、音もなく飛来し、サコの両腕の中に納まった。これで、彼の仕事は一応終わりだ。一つ息をついてHMDを剥ぎ取ると、BATDをカバンの中に満ちている生体液の中に突っ込んだ。


 一方、アコは自分の背丈ほどもある大きなカバンから、巨大な箱を取り出した。長さ一メートルほどの、棺のような形状の箱。手早く開けると、中から、緑色の肌の、小柄な人型モンスターが姿を現した。


 コブリン。体長一メートル前後。鋭い爪を武器としたモンスターだ。だが、明らかに生きていない。棺の中に収められているそれは、脳をはじめとするいくつかの体のパーツが機械化されていた。


 コブリンドローン。アコが使用するモンスター攻略用ドローンで、その類の中では最安値の量産型だ。


「よしよし。どこも壊れてなさそう」


 アコは満足げに笑みを浮かべると、コブリンの体を箱の外に置く。そして、自分の体を丸めるようにしながら、箱の中に自ら入り込んだ。


「ねーサコ、閉めて―?」


 箱の中から、アコが甘えた声を出す。サコは自分の荷物を脇に置くと、アコのもとへと駆け寄った。


「……死ぬなよ、姉さん」


「だいじょーぶ。あたしめちゃ(つよ)だから。あんな奴には負けないよ。ノンノもいるしね」


 アコの気丈な返事に頷き、サコは箱の蓋を閉めた。


「お姉さんのことなら、任せて、私が死なせないから」


 準備を済ませた回復士のノンノが、サコの背後から声をかける。手には古めかしい経典と、ランドセルほどの大きさもある回復照射機を握っていた。


 お願いします、とサコは頭を下げる。ノンノは、アコの入った箱に光が当たるように照射機を設置すると、経典を広げた。


「アコちゃん。準備できたよ。回復は任せて。でも、無理しないでね」


『オッケー。ありがとノンノちゃん』


 アコの返答は、箱の中からではない。コブリンの体から――腹部の中央部に埋め込まれているスピーカーからだ。


 次の瞬間。ビクンとコブリンドローンの体が動いた。電流でも流されたかのように、パッと体を跳ね上げるようにして立ち上がる。


 そのままスッとファイティングポーズをとったコブリンドローンは、足を動かし、前後にステップすを始める。流れるような動きで、空に向かってキックとパンチ。試合前のボクサーのウォーミングアップのようだ。


 しばらくすると、コブリンは満足したように頷いた。


『動作確認よし。接続良好。リーダー、いつでもいけるよ』


 スピーカー越しの、やる気に満ちたアコの声を聴いて、城戸は満足げに頷いた。


「よし……始めようか。『ダンジョン内WiFi復活作戦』開始だ」

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

次の話も同時投稿されてます。

ぜひ。

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