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政略結婚でも価値観の一致は大事だと言う話。

「アマリリス・ル・ミュラー! おまえのような人の心を持たない女とはやっていけないっ! よって婚約破棄だ!」


 あ、無理。


 アマリリスは思った。

 目の前で自分の婚約者であるゼーレ・リ・フランボワーズ侯爵令息の怒鳴る顔を見て、何かが吹っ切れてしまった。


「静かにしてくださいませ。ゼーレ様」

「お前のそういう冷たい所が人として間違っている、大体お前は……!」


 簡潔にゼーレを宥めたアマリリスだったが、またいつものようにダメ出しが始まる。

 大幅に譲って、ここが自分の屋敷の一室ならまだ許せる……、


 だが、ここは、


「申し訳ありません」


 アマリリスは駄目だしするゼーレを放っておいて、周りの貴族たちに頭を下げる。


 だが、ここはミュラー伯爵家で開かれている夜会の真っ最中だった。

 招待した貴族たちの女性陣は、『気になさらないで』とほほ笑んで頷いてくれるものの、もうアマリリスは限界だった。


 アマリリスの脳裏に今までのゼーレのやった事がよぎる。


 ーーーーーーーーー


 アマリリス・ル・ミュラーは、ミュラー伯爵家のたった一人の跡取りであり娘だ。


 ミュラー伯爵家はデーモニウム王国では、比較的血統と財力と名声のバランスが良く取れた伯爵家だ。

 アマリリスの母は、アマリリスが幼いときに死んでしまい、父と二人協力し合ってやってきた。


 最近では父がアマリリスと相談の上、領地の山を目星をつけて開拓していたらダイヤモンド鉱山が見つかり、その多額の収益を王家に多分に献上することを決めたので、侯爵に爵位が上がるのも近いと言われている。


 そんな景気の良いミュラー家に目を付けたフランボワーズ侯爵家が、次男のゼーレ・リ・フランボワーズを婿入りで婚約を申し込んだのが……


 苦しみの始まりだった。


 ミュラー伯爵家としては自力で侯爵へ爵位も上がりそうであるし、財力も今の状態で申し分ない。


 アマリリスとしても、ミュラー伯爵家より家格の低い家の次男か三男辺りを婿に迎えて婿側の家の口出しが少ない状態の婚姻を結びたかった。

 高位貴族と婚姻を結ぶと、善意でも悪意でも口出しや横やりが多く、うまくいっている事業もやりにくくなる。そう思っていたからだ。


 だが、フランボワーズ侯爵家は家格も上、そしてゼーレはミュラー家が独自に調査しても女の影もないし至って高位貴族らしく高潔であり、おおよそ欠点の見当たらない人物であるとの事で断りづらかった。


 その上、高位貴族らしくゼーレはそこそこの美男だった。

 貴族に容姿は重要だ。


 強いて言えば、フランボワーズ侯爵家は財力がほんの少し落ち目だという事だろう。


 そんなわけで大きな欠点の見当たらないゼーレとアマリリスの婚約は結ばれた。


 完全な政略結婚だ。


 まあ、政略結婚にしても銀髪に菫色の目の妖精のような容姿をしたアマリリスと金髪に深い青い目の硬派な顔立ちのゼーレは一見似合いの婚約者に見えた。


 実際、ゼーレは婚約が結ばれた当初は、


「よろしく頼む」


 とアマリリスに深く頭を下げてさえ見せたのだ。

 その誠実な様子に安心したものだ。


 だが、婚約後に程なくしてゼーレはアマリリスに口を出し始める。

 善意からなのだろうけれども。


 例えば、


「孤児院にもっと顔を出したらどうだ。福祉に力を入れないと領民の質が上がらないのでは?」

「いえ、孤児院や老後院は専任の者に任せています。今は、ダイヤモンド鉱山の運営が領地の為にも先決です」

「福祉など自分が顔を出すまでもないという事か」

「そういうわけでは」


 とか。


「ミリナリア地方の結界魔法の力が落ちているそうだぞ」

「ミリナリア地方の結界はあれで大丈夫です。ある程度、結界も緩んでいるところがないと、魔物や魔獣のバランスが崩れてしまうし、魔物や魔獣からの収穫物もありますから」

「利益のためには領民の安全は後回しというわけか?」

「……」


 とかである。


 政略結婚でもせっかく婚約したのだから、アマリリスも自分なりに努力はした。

 領地の視察を一緒に行ってみたり、お茶会で互いの信念を話し合ったり。


 しかし、どんな話をしても、


「お前は冷たい。利益の追求しか考えてない」


 と言われてしまう。


 アマリリスなりに考えはしたのだ。

 ゼーレと逆の意見を言うのが良くないのかと思い、


「ゼーレ様は社会福祉に興味がおありなんて素敵ですわね。ミュラー家の領地でも平民の為の安価な病院や平民の子供に字や数を教えるための学校を運営するなどしております。社会福祉は経済の基本ですからね」


 と社会福祉に力を入れたそうなゼーレを笑顔で褒めたたえてみたのだが、


「もうわかってると言いたいわけか? ふん、すぐに二言目には金の話とはな」


 と粗野な言葉で返される。

 アマリリスにはそういうつもりはなかったので、言葉に詰まる。

 共感を示したつもりだった。


 でも、今は領地を豊かにするためにダイヤモンド鉱山の開発に特に力を入れている。

 伯爵家当主である父ともそこは意見が一致しているが、まずは領民を豊かにすることが大事だと考えているからだ。


 もちろん、社会福祉は大事だ。

 自分だって、できるなら社会福祉にも力を入れたい。


 しかしそれにはまず先立つものが必要だ。金、資源、人材、人脈。

 多少、何かを犠牲にしても。


 相手は侯爵家だから、立場的には豊かになったその先の次元にいるのかもしれない。


 アマリリスはゼーレとは合わない決定的な何かを感じながらも、日々意見をすり合わせて徐々にお互いに慣れていけばいいと思った。

 何せ、最終的には結婚して一生一緒に居ることになる。

 人間、最初から100パーセント相性が合うという事はまずないだろう。

 徐々に合わせていけばいいのだ。

 何より計画が上手くいけば、これからミュラー伯爵家は、さらに豊かになっていくはずだ。

 その時こそ、ゼーレの思った通りのことができるようになる。

 ゼーレと共に領民を笑顔にすることを考える日々もあるだろう。


 そう、思っていた。


 ーーーーー


 そう思っていた矢先に、冒頭のようにゼーレが『婚約破棄』を叫んだのだ。

 ゼーレはアマリリスを冷たい人間だと言う。


『もう、そこまで言われては一緒にやっていけない』


 アマリリスはそう思って、ゼーレに頷いて見せた。


「ゼーレ様、婚約破棄をお受けします」


 アマリリスははっきりとゼーレに告げる。


 何故か、ゼーレは酷く傷ついた顔をした。


 そこからの展開は早かった。

 ミュラー家で行われていた夜会はなんとか早めに切り上げられ、ちょうど両家の主要人物が集まっていたので(もちろん夜会の為に)話し合いが行われた。


 ゼーレは何故か自分から婚約破棄を言い出しておいて、


「本当に婚約破棄がしたいわけではない。俺が傷ついたという事を知ってほしかった。お前に人の心を知ってほしかったんだ」


 と言って婚約破棄に反対してきた。

 もちろん、大勢の招待された貴族達の前で騒いでおいて、


「婚約破棄は嘘でした」


 というわけにはいかない。


 更に恥が上塗りされるだけである。

『フランボワーズ侯爵家は次男一人躾けることができない』

 と。


 もちろん、ミュラー家も貴族から、

『侯爵家の次男一人手綱を握ることができない』

『客を招待した夜会で醜聞をさらした』

 と思われているだろう。


 ただ、まだ婚姻したわけではない。

 今ならアマリリスもゼーレもお互いやり直せるはずである。


「申し訳ありません。ゼーレ様。私は人の心が分からない愚か者です。最後こそは意見を合わせて、婚約破棄、しましょう」


 アマリリスは自分は平気なつもりだったが、目が熱くなるのを感じていた。


 今回の失敗を通じてアマリリスは痛感していた。

 自分は領地の為に東奔西走していっぱしの貴族になった気でいたが、婚約者一人と仲良くすることさえできない未熟者なのだと。


 その後、様々な話し合いが重ねられミュラー家とフランボワーズ家は互いを認め合い、婚約は円満解消として終わった。


 アマリリスとゼーレは最後はお互いぎこちないながらも握手をして、終わった。


 王家にも申請して認められた婚約が解消されたことで、ミュラー家は次の婚約は慎重にならざるを得ない。

 貴族ともあろうものがそう何回も婚姻という契約を失敗させてはいけないのだ。


 ーーーーーー


 ミュラー家は、アマリリスの次の婚約相手として、同じ家格で同じような経済状況のノクリス伯爵家の三男ミシェル・タージ・ノクリスを選んだ。


 アマリリスより2つ年下の人懐っこそうな笑顔を浮かべる男だった。

 金に近い茶色の髪に茶色の瞳で、愛嬌のある顔をしている。

 ミュラー家が再び婚約相手を探し始めてから、一番最初に婚約を申し入れてきた相手であった。


 調査してみるとなかなか面白い男で、昔から『豊かな貴族家に婿入りしたい』との希望を持ち、勉強や鍛錬や美容をすべてその為にやってきたとの事だ。

 その修行の成果なのか、ミシェルはまるで想定していたかのように、顔合わせも顔合わせ後のお茶会もそつなくこなしている。


 ミシェルはお茶会で改めて、アマリリスに頭を下げた。


「同じ伯爵家としてお役に立てたらと思います。よろしくお願いします」


 そう言って、貴族らしくなくにっこりと笑うミシェルに、アマリリスは自然と笑顔になった。


「よろしくお願いします」


 アマリリスも頭を下げる。


「正直、今をときめくミュラー家に婿入りできるとは思いませんでした。ミュラー家はダイヤモンド鉱山も発見されて素晴らしいですね」


 邪気なく告げられる言葉に、アマリリスはゼーレの事もあって焦った。


「そう、王家に利益を献上する話でもありますし。社会福祉も大事なのですが、今はダイヤモンド鉱山の安定的運営に力を割きたいと……」

「? そうですね? 社会福祉? も大事ですが、このデーモニウム王国にとってもダイヤモンド鉱山は大事な話ですし、そちらが優先ですね」


 焦って早口になるアマリリスに、ミシェルは首を傾げる。


 王家もダイヤモンド鉱山の行方を非常に注視しているという話である。

 今はそれ以上に大事な事はないだろう、とミシェルはその大きな金茶の瞳を瞬かせた。


「それに付け焼刃にはなりますが、ミュラー家の領地は社会福祉にも十分力を入れていると勉強しました。まだまだアマリリス様に比べれば不勉強な所もあるのですみません。が、正直、資金さえあればいくらでも社会福祉は考えることができるので、あまり考えすぎない方がよろしいのでは?」


 あっけらかんとして、すらすらとミシェルが言葉を続ける。


「僕も居ますから。なんでしたらアマリリス様がそんなに気にされるのでしたら、社会福祉の事業は僕に回してくださっても。ノクリス家では3男という事もあり、サポート系の仕事を多く任されておりましたのでお役に立てたらと思います」

「ミシェル様……」

「ミシェル、と呼んでください。僕はリリーと呼んでもいいでしょうか?」


 ミシェルは、アマリリスの手にそっと手を重ねた。

 ミシェルの手は温かい。

 ゼーレとはそう言った接触は一切なかったアマリリスはそれだけで胸が高鳴ってきてしまうのだった。


 ミシェルはそれからも要所要所にて、アマリリスを立てる素振りを見せアマリリスを安心させた。

 ミシェルの包み込むような雰囲気に、アマリリスは次第に心を許していった。


 自分のしなければいけない仕事に安心して注力できるようになり、アマリリスは油断していたのだろう。




 それはミシェルとアマリリスで王都に買い物に出かけた時に起こった。

 王都の決められたエリアは貴族専用の住居エリア兼買い物街となっており、貴族同士のデートスポットとしても安心だ。


 そのはずだった。


「人の心を持っていないお前を神に代わって成敗してやる!」


 王都の街中で、突然向かいから来た男がフードを脱いだと思うと、短剣を突き付けてきた。


「ゼーレ様?!」


 見れば、もう剣先は間近に迫っていた。


「リリー、危ないっ!」


 横から割入ってきたミシェルの手刀が、剣を持ったゼーレの手を強く打った。

 ゼーレの手から転がった短剣をすかさずアマリリスは踏んづけた。


「手がっ、手が痛い! 俺より下賤のものにこんな仕打ちっ」


 ゼーレはその綺麗な顔を歪ませて、地にうずくまり唸っている。

 すぐにミュラー家の護衛がゼーレを抑えて、アマリリスの足の下から短剣を回収した。

 短剣にはフランボワーズ家の紋章が入っている。


 アマリリスの表情はなんでもないようによそおってはいたが、心臓はうるさいぐらい強く鳴っていた。


「お前が俺に従っていれば俺もこんな事はしなかった。お前が悪いお前に人の心がなくて冷たいから悪い。お前が……お前が……」


 ブツブツと恨み言を言い続けるゼーレに向かって、いつもニコニコしているミシェルが珍しく冷たい視線を向ける。


「リリーの事、僕は冷たいなんて思わないな。貴族家の跡取りとしていつも気を張っているから、お前みたいな変なのと馴れ合いは難しいんだろう。婿入りするものとしては、そんな伴侶の心を安んじて差し上げるのが先決だ。ま、二度とそんな生き方をしてみるみたいな事はできないだろうが」


 ーーーーーー


 先日、王都の貴族街で起こった事件は貴族たちを震撼させた。

 絶対安全の王都の貴族街において、侯爵家の人間の起こした殺人未遂の大事件だ。

 フランボワーズ家は王家からも王都でそんな事件を起こしたことから、


『反逆の意志あり』


 と見なされ、事件の全ての後始末を付けるまで準男爵に降格の後、お家お取り潰しとなる。

 フランボワーズ家は領地の大半を没収され王家直轄地となり、持っていた財産は全てミュラー家に譲渡された。


 そして、ミュラー家はたった一人の跡取りを殺されそうになった逆境にも負けず、ダイヤモンド鉱山を軌道に乗せて収益の何割かを王家に捧げることを成功させた。




「今まで傷物令嬢に着いてきてくれてありがとう。ミシェルが居てくれたから無事にここまでこれたのだと思うわ」


 アマリリスはミシェルに今までの思いを込めて、そう告げた。


 アマリリスの夫であるミシェルは、微笑んで首を振った。


 今日は王家から、ミュラー家が伯爵から侯爵への陞爵しょうしゃくが言い渡される日だ。

 ミュラー侯爵家当主となる父と、ミュラー侯爵家嫡女となるアマリリス、そしてその配偶者としてミシェルが、謁見の間の前の控えの間に並んでいる。


 ミシェルの実家のノクリス家から、大事件の事もあってミュラー家を心配して婚姻を早めようという提案があった。

 ミュラー家としてもミュラー家の信頼できる身内を増やしたいという思いもあり、ミシェルは早々にアマリリスと結婚していた。

 順番を重んじる貴族としては異例ではあるが、王家の方からも緊急事態として認められた形だ。

 結婚式は半年後に控えている。


「リリーが素晴らしいからここまでこれたんだよ。僕の事は噂で聞いていたと思うけど、『豊かな貴族家に婿入りしたい』って僕の夢をかなえてくれてありがとう。好きだよ、リリー」

「わ、私も……す、しゅき……」


 緊張に強いはずのアマリリスは、ミシェルの突然の告白にうまく舌がまわらない。


「……んっ、ごほん」


 控えの間で急にピンク色のラブラブな雰囲気を出し始める二人に、空気な存在だったアマリリスの父が咳ばらいをして見せる。


 アマリリスとミシェルの二人は顔を見合わせて笑った。

読んで下さってありがとうございました。

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また、私の他の小説も読んでいただけたら嬉しいです。

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「大好きだった花売りのNPCを利用する事にした」

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