エピローグ2.二人を繋ぐ糸は、まだ途切れない
敵が撤退した後、アルズは街道から離れ、見晴らしの良い丘へと登った。
丘にはイーゼルがあり、書きかけの絵が掛けてある。元々アルズは父に倣い、絵画の道具を自作していたので、イーゼルを自作するのは容易かった。材料は近所の廃村から入手した。
丘から小一時間の位置にある村はシエドアルマ皇国の侵略により滅ぼされたのだろう。ほとんどの建物は破壊されていたが、運良く雨風をしのげる程度には原形を留めていた小屋が一軒あったため、アルズはこれを拠点として利用している。
廃村には焼け落ちた家屋もあるため、木炭画を描くための木炭には困らない。
鶏や兎などを捕獲して近隣の街へ行き、麻布と交換してキャンバスとした。
午前中は刀を振り、小烏丸の影走りを扱う修練をし、午後は街道を見下ろせる丘で絵を描いて過ごす。それがアルズの一日だ。
『この付近に貴様が潜伏していることは敵に露見した。次は大部隊か隊長格がやってくるだろう。隊長格が複数名現れた場合、今のアルズでは勝算は寸毫もなかろう。移動せよ』
「分かったよ。この絵もあと少しで完成だ。今日中に仕上げる。八咫は兎が居ないか探してくれ。できれば牛が良いんだが……」
『何故だ?』
「動物の皮や骨を煮て、膠を作るんだ。膠を塗れば、木炭が落ちなくなる。絵が保存できる」
『保存してどうする。持ち歩くつもりか』
「そうだが。いけないか?」
『貴様の過去に繋がる物だ。厄介ごとを招くぞ』
「ここはペールランドだ。フラダ王国とは遠く離れている。誰もフリッカの顔を知らない。……けど。シエドアルマの連中が俺を捜索してこの絵を発見したら、フリッカに危険が及ぶ可能性があるのか」
アルズは完成間近の絵を炭で乱暴に汚すと、麻布を引き裂いた。二枚重ねにし再び力任せに引き裂き、さらに重ねて繰り返す。細かくした布片は丘の上から風に乗せて捨てた。
「これで万が一にも、フリッカの顔を知る者の目にはつかないはずだ」
こうしてアルズは己の過去に繋がる痕跡を消し、廃村を去った。アルズが意図したように、彼の木炭画が後に人の目につくことはない。
しかし、アルズは木炭画の処分にだけ気を取られ、イーゼルの処分方法を誤った。路銀の足しになればと、近隣の街にある画材商に売り払ったのだ。
画家工房ごとにイーゼルの形状や製造法は異なり特徴が顕著に出ることを、アルズは特に気にもしなかった。父以外から絵を教わったことがないため、画家工房ごとにイーゼルが異なることすら知らなかったのだ。
まさか、己の追跡者が、かつてアルズがイーゼルの作り方を教わっているときに、傍らに座っていた少女だとは思いもしない。少女は自身が肖像画のモデルを務めた際に、飽きるほどイーゼルを見ている。そして今、最愛の義兄と似た画風の絵を描く者を探している。
二人を繋ぐ糸は、まだ途切れない。




