エピローグ1.戦い続ける者
薄い雲を貫いて和らいだ陽光の下で、緩やかな勾配が幾重にも連なり地平線まで続く。寂然とした荒れ地に咲く枯れかけの草が、冬間近の冷たい風に揺れて種を地に落とした。
ペールランドとシエドアルマ皇国を結ぶ街道に一人の男が立ち塞がっている。
外套のフードを目深に被る男は、ライシエドアルマ皇国凱皇騎士隊三番隊隊長ルイド・ゴーエンの肉体に魂を宿したアルズ・アッシュだ。その前方からは二十からなる騎馬隊が接近しており、両者の距離は五百歩程離れている。
やがて二百歩の距離で、アルズは鞘を腰から抜いて、小烏丸の柄を眼前に持ってくる。
「約二百歩の距離」
アルズは小烏丸を抜刀。冷気を裂くような鋭い刀身が陽を炯然と反射する。
玉散るような光の反射は騎馬隊の目に映り、敵意として伝わっただろう。しかし、騎馬隊は多勢であり、全員が精霊武具を所持するため、進路上の男を脅威とは思わなかった。彼等はまだ、三番隊隊長が敵対者に肉体を奪われたことを知らない。
騎馬隊の先頭を行く者がアルズを排除するために先行しようとし、馬を加速させる。騎士は自立飛行可能な槍型精霊武具を投擲――。
すること叶わず、槍を構えた右腕が落ちた。
彼我の距離、百歩。
『柄を掲げても正確な距離は測れないのだ。影を飛ばす予備動作にしては些か無駄が過ぎるぞ』
「良いんだよ。集中できるし、離れていても相手の姿を鮮明に脳裏に描ける」
右腕を失った騎士が落馬し、それを避けるために後続の馬が急停止して棹立つ。甲高い馬の嘶きにより、後方に位置していた騎馬が前方の異常を察して街道を外れ、周囲へ散らばる。
その時には既に、絶類の速度で百歩の距離を詰めたアルズが部隊中央へ乱入し、馬を制御しようとしていた騎士の肩をすれ違いざまに鞘で突き、落馬させる。勢いそのまま右手に居た騎馬の手綱を小烏丸で断つ。
アルズは騎馬隊が迎撃態勢を整えるよりも早く後方へ駆け抜ける。
『良いぞ。剣術は一朝一夕で身につくものではないから、当面の間は速さを活かした一撃離脱に徹しろ』
「ああ!」
敵部隊の背面に立つアルズは、最後尾に居た敵が弓形の精霊武具を背負っているのを見てとると、跳躍して背後に飛びつき、強引に奪取を試みる。しかし、弓は強く縛り付けてあるらしく、敵騎士の身体を引きずり落とすこととなった。
背中から弓の一部がはみ出していたため、小烏丸を突き刺して破壊。落馬した衝撃で呼吸困難に陥っている騎士にはトドメを刺さず、放置。
『良い判断だ。どうせ、殺す覚悟がないからトドメを刺せないのだろうが、それで良い。馬を聳動すれば隊列は乱れ、負傷者を抱えれば抱えるほど部隊の脚は遅くなる』
「こいつらには本国に帰ってもらって、俺という脅威が居ることを国に知らせてもらう。俺が敵を引き付ければ引け付けるほどフラダ王国とフリッカの身が安全になる」
地上の荒事に興味を抱いて舞い降りたのか、北風が一条、地上を鋭く撫でた。アルズのフードが捲れ上がり、獅子の鬣のように逆立った赤い髪が顕わになる。
「……! ルイド三番隊長!」
「ゴーエン卿! 我等は凱皇騎士隊の五番隊! 何故、刃を向ける!」
馬の悲鳴に交じり、周囲に悄然の声が上がった。
小烏丸の刀身から浮かびあがった八咫烏が宙に舞い、上機嫌そうな声を漏らす。
『くっくっくっ。希覯の刀を見れば果たせる哉、貴様の使う体の正体に思い至ったようだぞ』
「もっとわかりやすい言葉を使え!」
アルズは八咫烏に悪態を吐きながら前進、騎馬の懐に潜り込み、異能を発動。
小烏丸の持つ特殊能力、それは、刀身の影走り――。影が重なる範囲であれば、実際の距離や障害をすべて無視して、何処へでも刀身が現れる必中神速の一撃を放つ。
刀身の影が馬の影に触れ、能力の発動条件を満たした。小烏丸は馬の影と敵騎士の胴体が作る影の中を移動し、脇腹から出現して左手首を切り落とした。
アルズはその場に留まらない。周囲の騎士がアルズに精霊武具を向ける頃には既に包囲の外に駆け抜けている。アルズは急停止、即、反転。小烏丸の柄を右手に握り、刃は胴体の前で地面と水平にし、左手を峰にそっと当てる。
それは剣技を持たぬアルズが、ただ走り接近し、斬るためだけに考案した構え。
身体能力を活かした高速接近と、小烏丸の能力による必中の一撃を放ち、離脱。それが、八咫烏と相談の末に定めた、アルズの基本戦術だ。
『良いぞ。貴様も自覚するように、貴様の戦闘経験は闕焉たること著しい。我と肉体の性能で並大抵の敵には勝てるだろう。だがルイドと同格の隊長級が現れれば苦戦は免れない。今のうちに経験を積め』
(けつえん? もっと分かりやすく言え!)
『未熟だから強くなれということだ』
(くそっ。精霊武具の破壊が目的だろ? 戦闘訓練を同時にこなすなんて無理だ! パン焼き釜と粉挽き場には同時に行けないんだぞ!)
『もっとわかりやすく言え』
(複数のことは同時にできないという意味だ!)
『来るぞ』
轟ッと空気を裂き、魔力弾が右腕を掠めていった。
敵は距離を取り、遠距離攻撃可能な精霊武具による攻撃を試みつつ、負傷者の救助に当たるようだ。
『さあ、精霊武具装備の騎士一隊。無力化してみせろ』
「ああ」
アルズは前のめりになり強く踏み込む。足下が爆ぜて生まれた土埃が風にかき消されるよりも早く、新たな負傷者が落馬。アルズの躍動と共に、戦闘可能な敵は数を減らしていく――。




