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16-4.フレデリカはアルズの影を見る

 新兵コルによる人相改めで、コズの疑いはれた。


 コズに付き添って屯所に赴いたフレデリカは、話を聞いて駆けつけた兵士達が作る列に一通りの挨拶をし終えてから、隊長室へ向かった。図面を見せてもらい、その一部が皇国の使う武器であると認める。そして、フレデリカは図面の画風と書き文字に、奇妙な既視感を抱いた。ある人物の画風に似ている。しかし、思い浮かんだ人物の可能性はない。フレデリカ自身が、死に化粧を施し、棺の蓋を閉じたのだ。


「アルズの絵に似ている気がする……。でも、気のせいよね……。自分が望む答えを無理やり見いだそうとしているだけよね……」


 そう結論づけた。だが、興味本位で三面図を覗いた画材商が首を捻り、アルズの父の名をあげる。


「ん、んー。アラフの絵か?」


 ヴァニカラード内で肖像画、風景画、本の挿絵などを含めても、画家と呼ばれる者は限られる。誰もが親方の弟子になって修行を積むため、同じ工房の画家は画風が似る。工房内の複数名で分業して大規模な作品を作り、親方名義で発表することも珍しくない。アルズは父の弟子として下積み修行をしていたから、作風は瓜二つだ。


「アルズは依頼されて肖像画を描いていたから、基本的に作品は依頼主の家に飾られる。だから俺はあんまりあいつの絵を見たことはないけどさ。アラフの絵なら、ほら、ここの教会堂にもあるよな?」


「はい。アラフさんのそれは凄く立派な、見ていると自分まで強くなった気がする、勇者様の絵があります」


 新兵トルが我が身の誉れであるかのように胸を張った。彼の生まれ育った孤児院に隣接する教会堂には、確かにアラフの描いたフレスコ画が存在する。


 妙に落ち着かないフレデリカは、確認のために教会堂にとって返すことにした。コズ、ミルティだけでなく、手紙の差出人に関する手がかりを得たいサンジョとコルも同行する。


 一行は教会堂に入り、壁一面を飾る物語画の前に向かった。勇者ラージュや聖女アルマースの一行が魔王ガーブと対峙し、まさに今、世界の命運が決まる一戦が始まろうとしていた。誰もがその迫力と荘厳さに圧倒され、幾許か沈黙した。


 感嘆の溜め息が落ちついた頃、画材商が解説を買ってでる。


「この巨大なフレスコ画はアルズも手伝ったはずだ。勇者や聖女の表情が、まるで生きているみたいだろ。アラフ晩年の最高傑作と言ってもいい。これほどの作品は芸術大国ランソワでもそうそうお目にかかれないはずだ」


 コズが絵の右から左へと指を進め、魔王ガーブの全身を覆う闇色の甲冑を指さす。


「絵の右側は勇者や聖女が居るから明るい。清廉な魔力が闇を照らしている。逆に魔王の居る左側は本来、光源がないから暗闇になるはずなんだ。でも、ほら、ガーブの甲冑は左肩が光って見えるだろ? 近くで見ると分かるんだけど、肩に白い点がぽつんと置いてあるんだ。これのおかげで離れて見ると、甲冑が輝いているように見える」


 つまり、だ、と画材商はいったん区切る。


「これは、三面図の精霊武具とやらが光沢を放っているのと同じ技法ということだ」


「でも……。アラフさんもアルズも、もう……」


「俺はアルズが死んだところを見ていないんだが、王女さんの勘違いということはないのか?」


 質問には侍女のミルティが先回りして「ありません」と短く回答した。フレデリカに当時のことを思いださせないようにする配慮だ。ミルティは犠牲者の弔いを手伝った際に、王女が画家に対して義兄以上の感情を抱いていることを察した。


「ん、んー。アルズの工房に行ってみないか? 何か分かるかも」


「そう、ね……」


 コズの提案にフレデリカが賛同し、一行はアッシュ家へ向かった。フラダの法律では、相続人の居ない財産は国の所有になるが、フレデリカは新王に頼みアッシュ家の所有権を得ていた。


 フレデリカは一行を外に待たせて、一人で工房へ入った。思い出の場所に他人を踏み入らせたくなかったのと、誰にも言っていない秘密があるからだ。フレデリカは魔力を有した影響で、身体能力だけでなく五感も強化されていた。


 室内は画家工房特有の、油が酸化した刺激臭が濃く残っている。フレデリカは鋭敏な嗅覚を頼りに、室内を鼻で視る。瞼を閉じ、鼻に意識を集中すると刺激臭のせいで勝手に涙が浮いてくる。


「うそ……。前、来た時、こんなに臭い、しなかった……」


 涙がぽろぽろとこぼれてくるが、フレデリカは深くゆっくりと室内を嗅いでいく。埃のように沈殿した臭いの中、クルミの匂いが混ざらずに漂っている。まるでつい最近、誰かが絵の具を作るためにクルミの油を顔料に混ぜたかのようだ。


「アルズと似た画風の誰かが、ここで絵を描いた? 誰? 私があの夜に出会った偽物のコズさん? あの人がアルズの弟子だったの?」


 答えを探し求めてフレデリカは、古びた棚の一角を見る。画材の入った陶器の壺や、木を編んだ箱がある。見て分かるような不審はない。


「紙が減っているような……。でも、分からない……。何枚あるかなんて、気にもしてなかった……。あ」


 閃くことがあったので、フレデリカは棚から羊皮紙を一枚取りだし、工房を出た。




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