16-2.コズはフレデリカと出会う
翌朝。
「だ~か~ら、俺が本物のコズだって。マルクラートの画材商で、これでもちょっとは顔が知られているんだってば」
コズはルーシュ他、近所の男達に囲まれて、教会へと連行された。ヴァニカラードでは軽犯罪は教会で、重犯罪は城で裁判が行われる。
「ここの画家組合に問い合わせてくれよ。俺がマルクラートのコズだ!」
教会堂の門を潜り、いよいよ面倒ごとになってきたとコズが顔を青ざめさせた時、幸運にも救いの女神と遭遇する。
ベール付きの帽子を被り、俯きながら歩いていた女が僅かに視線をあげる。
「ルーシュさん。それと、コズさん?」
偶然居合わせたフレデリカだ。隣人だったルーシュ・ナッハとは当然、面識がある。フレデリカは偽のコズと夜中に会っており、その顔を一度も見ていない。だから、連行されている男が自分の知るコズだと誤認した。
フレデリカは、ヴァニカラードから離れる前に最後のお祈りをしていた。先王の弟が王位を継承したため、フレデリカには既に居場所がない。本人の意志は別として、少なくとも王弟からは田舎の保養地に隠居するよう勧められている。
「フレデリカちゃん、じゃなくて王女。この男は王女のお知り合いなんですか」
「ええ。ルーシュさん、お久しぶりです」
「フレデリカちゃん? 王女?」
事態を呑みこめないコズが狼狽すると、ルーシュがその頭を掴んで下げさせ、さらにフレデリカの背後に控えていた侍女のエルフが前に出る。
「おい、お前、頭を下げろ。この国の王女だぞ」
「大丈夫ですよ。二人共気にしないでください。それに、私はもう王女ではありませんし」
侍女は軽く頭を下げて背後に戻るが、ルーシュは戸惑う。
「ですが、王女」
「ルーシュさん。昔みたいにフレデリカちゃんでいいですよ」
「……そうか」
家族を失ったフレデリカに対して旧知の自分が他人行儀に振る舞うのは良くないと判断したルーシュは、王女の前で小さくしていた背筋を伸ばし、軽く笑ってから口調を改める。
「……なあ、フレデリカちゃん、この男と知り合いなのか?」
「はい」
フレデリカはルーシュの襟元に有るレースの刺繍を見て微笑む。視線に気付いたルーシュは視線を逸らして頬をかく。
「ああ、いや、ほら、へへ……」
「なんだか照れくさいですね……」
幼い頃、刺繍を覚えたばかりのフレデリカは調子に乗ってアッシュ家の衣服全てに刺繍をして、それでも飽き足らずに隣家の服にまで刺繍を施したのだ。フレデリカの身分を知らなかった当時、ルーシュは子供相手に怒るに怒れずに困り果ててしまったが、今ではいつもこのレースを人に見せて、王女から下賜された物だと自慢している。
場の空気が柔らかくなったところでフレデリカは習作から視線を外し、コズへと体を向ける。
「コズさん、こんにちは。先日はありがとうございました。こうしてお会いするのは、初めましてですね」
フレデリカはコズのことを、夜のアッシュ家で会った男だと信じて疑わない。
「え、ええ。どういたしまして。初めまして」
コズは状況を理解しきれていないが、どうやらフレデリカが一芝居うって自分に助け船を出してくれているのだろうと解釈する。
「ルーシュさん、みなさん、この方の身元は私が保証します」
「そうか。フレデリカちゃんが言うなら、大丈夫だろう。じゃあ、俺達は解散するか。みんな、すまなかったな。どうやらうちの息子が何か勘違いしたようだ」
ルーシュが告げると、コズの連行に協力していた男達はそれぞれ去っていった。元王女の言葉に異を唱える者は居ない。
「じゃあ、フレデリカちゃん。色々と大変な状況だ。俺なんかじゃ力になれないと思うが、いつでも頼ってくれ」
「ルーシュさん、ありがとうございます。おばさんにもよろしくお願いします」
「おう。あいつの焼いたパンやスープを食いたくなったら、いつでも来いよ」
ルーシュが頭を下げ去っていくと、教会の前はフレデリカと侍女のミルティとコズの三人になる。
「災難でしたね」
「ああ、いや、助かりましたよ。フレデリカ王女? フレデリカさん?」
「フレデリカでいいですよ」
「ああ、いや、しかし、それにしてもアルズのやろう。こんな可愛い子と一緒に暮らしていて、妹として好きなのか女として惚れているのか分からないとか、よく言えたな。しかも……。本当に王女?」
「元、ですよ。あの。もしお時間が宜しければ、先日お話できなかったことなど、教えていただけませんか」
「ん? お、おう」
二人の間で違和感が芽生える。
(先日お話できなかったことってなんだ?)
コズは過去に数回ヴァニカラードを訪れたことがあるが、フレデリカとは初対面だ。自分好みの少女と知り合っておきながら、忘れたなど考えにくい。
対するフレデリカは、記憶は曖昧だがコズの声質が違う気がするし、口調は別人のようだと思い始めている。以前のコズはアルズと気が合いそうな物静かな口調だったが、今のコズはお調子者という印象が強い。
「あの、先日お会いしたマルクラートのコズ・リーランさんですよね?」
「あ、いや、確かに俺はマルクラートのコズ・リーランですけど、あの、いつ、お会いしましたっけ?」
「……え? つい先週アルズの家で」
「ん、ん~? 俺はヴァニカラードに来たのは数ヶ月ぶりなんだけど」
こうして、アルズが吐いたその場しのぎの嘘が切っ掛けとなり、後にフレデリカがルイドの正体へと辿り着く可能性が僅かに生まれた。




