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15-2.アルズ、壊れる

「あっ、ああっ……」


 自分の血からも甘い香りが漂ってくる。アルズは手で拭い、躊躇なく舐める。


「俺のっ、俺の中に、こんなにも美味いものが流れているのか。あっ、うっ、うあっ……。フリッカ、いい匂いだ。きっと俺の血よりも美味しい……! 違う! そうじゃない! 八咫、助けてくれ! フリッカを助けてくれ!」


 フレデリカの傍らに音もなく八咫烏が舞い降りる。


 中天の陽差しの中にあって、鳥類の瞳は感情を表出しない。


『アルズ。魔力を回収しろ』


「魔力? どうやって。そうすればフリッカは助かるのか?!」


『人が食事を取るように、精霊は魔力を生命の源とする。半精霊ともいえる状態になった貴様は魔力が欠乏している。我からの供給が追いついていない。前日から続く空腹の原因はそれだ。魔力を回収しろ』


「空腹? 魔力が足りない? お前は魔力の塊なんだろ?!」


『我の魔力は健在だ。だが、人は樽の酒を飲み干せまい。貴様に飲ませた我が魔力が尽きた』


「だったら、もっと魔力を、くれ」


『貴様の体がもたない』


「なら、どうすればいい。フリッカを見ているだけで、全身が潰れそうな程、腹が減るんだ」


『水で薄めた酒を飲め。いや、迂遠な言い方はやめよう。その人間を食え。まさに吸収しやすく加工された魔力の塊だ。放っておけば尽きる命。魔力を回収しろ』


「そんなこと、できるわけないだろ!」


 アルズは精霊を黙らせようと遮二無二に腕を振る。しかし、その手は八咫烏の体に触れず通過する。


「早くフリッカを治してくれ! 血がこんなにもあふれている! こんなに美味しそうなのに勿体ない! 食おう! ……違うっ、違うんだ! 傷を治せ!」


『貴様の魔力を分け与えて、この人間の回復力を強化することは可能だ』


「なら、早くしてくれ。フリッカを助けてくれ!」


『待ち受けるのはさらなる苦境だぞ。貴様は、魔力の欠乏に耐えられるのか? 既に正気を失いかけるほど飢えているのに、この人間を治せば今以上の飢餓が貴様を襲う』


「耐える。耐えてみせる。だから、お願いだ。フリッカを助けてくれ……。フリッカを救えなかったら、俺は、いったい……。なんのためにこんな姿に成り果ててまで生き延びたんだ……。ああっ、あああっ!」


 アルズは頭を乱暴に掻きむしり、皮膚が裂けて血が滲み、黒髪は再び赤く染まっていく。


 剥がれた爪を自己再生能力で回復すると、同じ行動を繰り返す。


「八咫ァァ。フリッカを、治、せ。せ、な、治せ!」


『……かつて』


 数千年前にも、戦火の中でアルズと同じ状況に陥り、愛する者に魔力を分け与えた者が居た。


 だが、その者は愛する者を救った後、魔力の欠乏により我を忘れた。そして、目の前にあった、魔力あふれる存在から心臓を抉り、喰らった。


 八咫烏の目から見て、アルズは明らかにかつての所有者よりも精神が弱い。


 精霊の声に、僅かに憐憫れんびんが彩られる。


『……いや。貴様の可能性を信じはしない。ただ、願おう。壊れるなよ。……三千年ぶりに人と会話したのだ。存外に悪い気分ではなかったぞ、アルズ・アッシュ』


 八咫烏は一度だけ翼を広げると、風化するように霧散。


 アルズの体が薄く発光し、生まれた粒子はフレデリカの体へと吸い込まれていく。フレデリカの出血が止まり、折れ曲がった腕が元通りに復元され、大きな裂傷が塞がっていく。見る間に血色を戻すが、細かい傷や打撲らしき腫れが残る。


 意識は戻らない。


『外傷は塞がり血も再生した。いずれ体力が回復し目を覚ますだろう。アルズ。すぐにこの場を立ち去れ』


「う、あ、あ……」


『アルズ。我の声が聞こえるか。アルズ』


「か、あ……。ふ……」


 掠れた呻き声をこぼしながら男は左手をフレデリカの頬に伸ばす。


「あっ、あ……」


『触れるな。後悔するぞ』


「うっ、が……」


 手は止まらない。


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