14-3.フレデリカの異変
(フリッカの動き、俺の見間違いじゃない。どういうことだ)
アルズの困惑を余所に、フレデリカは姿勢を正し、再びアルズに短剣を向けた。肘から手首くらいの短い武器を、まるで長剣のように正面に構えている。どう見ても武器の使い方を知らない人間の所作だ。
「サラ! ミルティ! 敵は疲弊して動きが遅くなっています!」
(俺が? 俺が遅くなっているのか?)
アルズは疑問の答えを侍女の反応に求め、フレデリカの言葉が間違っていることを知る。ミルティは目を白黒させて一度だけフレデリカに視線を向けた。アルズの動きを遅いと評したフレデリカの言葉を、信じられないでいるようだ。
「フレデリカ様。えっと……」
サラは戸惑いのまま、言葉を失う。
アルズだけでなく、敵対しているサラやミルティまで混乱している。フレデリカの異常な身体能力を目の当たりにして動じないのは本人だけだ。
(おい、八咫、どうなっている。フリッカの短剣が俺の首筋を裂いた。あの短剣はなんだ。まさか、あれも精霊武具なのか? おい!)
『……面倒なことになった』
(何故、今まで返事をしなかった)
『……アルズ。貴様の助けた人間はどうやらルイドと同等の適合性を持っている。いや、貴様と同程度と言うべきか』
(え?)
「行くわ!」
フリッカが踏みだす。侍女達も主だけを行かせるわけにはいかないので、同じタイミングで前に出る。しかし――。
(どうなっている!)
アルズは信じられないものを見た。フレデリカを庇うために侍女達は前に進もうとしたが、それよりも早くフレデリカが加速し、一瞬でアルズの眼前に達した。短い髪が水平になびき、顕わになった額で汗が一滴輝く。
小柄なフレデリカが走るために前屈みになったから、アルズは一瞬視界から消えたと錯覚する程の速さだった。
短剣を突きだすだけの単純な動作。だが恐ろしく鋭い。
アルズは体を左にずらして回避。すれ違った直後、フレデリカは短剣を片手に持ち替え、後方に振り、アルズの背面を襲う。アルズは振り返らずに、いや、振り返る余裕すらなかったが、フレデリカの気配を感じて、さらに左へ一歩移動して回避。
(くっ! なんだこの異常な速さは! 俺の力が尽きたのか?!)
遅れて二人の侍女が連続して斬りかかってくる。ミルティはアルズを下がらせようと胴を狙う。そこへ、退路を断つようにサラが刺突。侍女のスカートが風を孕んで膨らみ、顕わになった足が刻む一歩は、数歩分の距離を詰める。
本来の画家なら瞬きする間に、侍女に斬り殺されていただろう。だが、アルズは後方に下がり、二人の連続攻撃を容易に回避。アルズの瞳には、侍女の動きが欠伸をする牛のように緩慢なものに映った。
(二人はただの侍女だ。攻撃は遅い)
アルズは練達の侍女を、掃除以上の重労働を知らない子女が必死に料理包丁を振り回しているくらいに認識している。腕力勝負にならなければ、精鋭の騎士にも匹敵するであろう巧者を、そのように軽んじられるくらいには、アルズと侍女の身体能力には大きな隔たりがある。
そのアルズが、背筋に冷たい物が這うのを感じた。
フレデリカが再び背面を突いてくるのが、風の揺らぎで分かる。
(くっ!)
アルズは咄嗟に地面を強く蹴って、十歩の距離を開ける。
(侍女の動きは変わっていない。フレデリカだけが速くなってきている!)
『アルズ。その人間は貴様が分け与えた魔力を身体能力強化に転用している』
(どういう意味だ?!)
『ルイドに匹敵する五感と膂力を備えたということだ』
(なんだって?!)
アルズが息つく間もなく、フレデリカが一直線に猛進してくる。円塔の作る日陰から一歩出た瞬間、短剣が陽光を反射して燦と煌めく。光の線が烏羽色の甲冑を撫でる。次の瞬間には刃本体がアルズに突き立つかに思えた。
(やめるんだフリッカ! 刃物なんか振り回すんじゃない!)
円塔に倒壊の危険がある以上、アルズは戦いを長引かせるわけにはいかない。短剣の奪取を試み、右手で短剣を掴む。そのまま突進してきたフレデリカを横に押し退けていなそうとする。
しかし、アルズが触れた瞬間、短剣が青白く発光し、煮え立つ油のように何かが手中で爆ぜる。輝きは精霊武具の能力が解放される時と同じ、魔力の光に見える。円塔の影が雪のように融け、日向との境界が曖昧になる。




