14-2.フレデリカはアルズに刃を向ける
(おい、八咫、俺はどうすればいい。八咫!)
返事はない。アルズが一歩後ずさる。
まったく間を置かずに二人の侍女が前に出る。アルズには看破できないが、明らかに武術経験者の、間合いの計り方だ。
侍女達が慣れた手つきで逆手にナイフを二本構える。刀身を両腕の陰に隠して、アルズに間合いを計らせない。フレデリカに注意を払っていたアルズは、侍女達が武器を手にしたことに気付かない。アルズは知らないが、サラとミルティは王女の護衛を兼ねているため、特殊な戦闘訓練を積んでいる。
侍女が左右に分かれ、フレデリカが正面から踏みこんできた。
(正気か?! フリッカ! 無謀だ!)
フレデリカの血走った瞳は、他に何も映さず真っ直ぐアルズを捉えている。アルズが陰ながらフレデリカを護ると誓ったように、フレデリカは己の命に替えてもアルズとシヴァの仇を討つと誓っていた。想いの強さはけしてひけを取らない。
もし現れたのが他の精霊武具使いだったら、フレデリカは一度引いて体勢を立て直していただろう。だが、ルイドと相対しては冷静さを欠くしかない。
「たあああっ!」
アルズが知る限り、フレデリカは運動が得意な方ではないし、料理すら苦手なのでろくに刃物を握ったこともないはずだ。せいぜい、好奇心で工房にあったペインティングナイフを触ったくらいだろう。それはナイフと名付けられても、へらに過ぎない。
発した気合いも戦う者のそれではない。かけ声に可愛いらしさすら感じてしまう。
左にサラ、右にミルティ。二人共パニエで膨らんだスカートで足運びを隠し、独特の歩法を用いて滑るように接近してくる。しかし、アルズは相手の足運びから行動を先読みするような技能を持ち合わせないので、高度な目くらましを意に介さない。
フレデリカはただの少女に過ぎないが、侍女達は卓越した技術を有していた。しかし、五感の強化されたアルズには、三人がゆっくり近寄ってくるようにさえ見える。
「はっ!」
ミルティが両手のナイフを連続投擲し、新たにスカートの中から刺突用の短剣を抜くと、エルフの小柄な体を活かして姿勢を低くし、アルズの足下を狙う。
「たっ!」
同時にサラもナイフを投げる。アルズの行動範囲を制限するつもりだろう。後方へ下がればナイフの一本が当たる位置だ。サラは両手を背中に回すと、隠し持っていた細剣を一対取りだす。
正面のフレデリカは短剣を構えて突進してくるだけ。剣術の訓練をしたことがないので、他に攻撃手段を持ち合わせていないのだろう。
(俺には精霊武具すら通用しないのに、そんなナイフが利くわけないだろう!)
アルズは投擲されたナイフが自身に害を及ぼさないと分かってはいたが、半ば条件反射で防御姿勢をとる。
二人の投げたナイフを左右の甲手で弾き、放置したミルティの斬撃は右の脹ら脛に当たるが、魔力場があるので風に撫でられた程にも感じない。
攻撃態勢に入ったままフリッカが止まらずに前進してくる。侍女の攻撃で隙を作って、胴を刺すつもりだろう。
(フリッカ、その刃で俺を刺せば気が霽れるのか? それでも構わない。でも、少しだけ待ってくれ。俺は他の精霊武具使いを倒さなければならない。それがシヴァの復讐や、お前を護ることに繋がるんだ!)
アルズはフレデリカの瞳に宿った復讐の炎を見て、漠然とだが、遠い未来に訪れる自分の最期を予感した。アルズは皇国の精霊武具使いを殺し尽くした後、フレデリカに命を奪われるだろう。しかし、今はまだその時ではない。
立ち去るために背を向ける、その最中、頬に風を感じ――。
急加速したフレデリカが短剣を喉元へ突きだしてくる。素人の動きだが、速い。
慌てたアルズは振り返る動作を途中でやめ、仰け反って回避。
(え?!)
フレデリカの小さな身体が前のめりになってアルズの前を横切る。体の使い方を知らないから、ただ前方に突進しただけの動きだ。アルズが避けたから、フレデリカは短剣の軌道を無理やり変更しようとし、姿勢を崩している。切り返しはできそうにない。アルズの背面に回りこもうとしていたサラと肩をぶつけあっている。周囲の状況もよく見えていないようだ。
アルズが脅威を抱く要素など、微塵もない。
しかし。
首筋に引っ掻いたような痛みが走った。アルズが首に触れると、指に僅かな血が付着。
(切れている? さっきの敵に撃たれてついた傷……だよな? まさか、フリッカに斬られたのか? 今、フリッカの体が急加速したように感じたが気のせいか? おい、八咫、なんでさっきから黙っている?)
一歩下がり、アルズはフレデリカの武器を観察する。柄に華美な宝飾が施されているが、刃自体はさほど特殊には見えない。王族の婦女が護身用に隠し持つ物だろうと推測し、それは正しい。
アルズは片目で侍女の様子を探り、困惑しているのが自分だけではないと気付く。
表情の変化が多彩なサラが、分かりやすく目を驚愕に見開いている。ミルティは何か言いたそうに口を開閉させた。




