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13-4.亡き兄の想いがアルズを立ち上がらせる

「フリッカ!」


 己の事情を忘れてアルズは半ば無意識の内に叫んだ。


 そして、朦朧とする意識で見た幻だろうか。


 いつの間にか小烏丸が消えた右手の先、逆光の中に薄い人影が揺れた。


 長いまつげに縁取られた瞳が、悲しげな視線を送ってくる。


 かつて、雪の坂道で転んだフレデリカを起こそうとしてアルズも転んだことがある。


 その男は、泣く二人に手を差し伸べてくれた。


 その時と同じくらい力強く、人影がアルズの手を掴む。


『立て、アルズ』


「シヴァ!」


『俺はもうお前を助けてやれない。お前が、フリッカを護るんだ! お前しか居ないんだ!』


「……ああっ!」


 精霊と人は見える景色が異なる。精霊は魔力、いや、魂と呼べるものを知覚する。半精霊ともいえるアルズは、この地で果てたシヴァが遺した想いを感じられたのかもしれない。兄の庇護から放れようとする心象が見せた幻なのかもしれない。


 拳を握りしめれば、右腕には小烏丸を握っている。だが、アルズは拳の中に確かな熱を感じた。熱は澎湃ほうはいたる炎と化し全身に広がり、アルズの体を地に縛りつけていた見えない頸木を焼き払った。


「シヴァ! 見ていてくれ! フリッカは俺が護る!」


 アルズは左肘で地面を打って跳ね起き、即座に跳躍。


 空気を突き破り大気が震えた。攻撃態勢に入るため、右腕に魔力を集中し、振り上げようとした瞬間、円塔の外壁を降下しているフレッドの腰に肩から激突。戛然かつぜんとした音が城郭に響き渡った。


 一瞬のことに、フレッドは自身に何が起きたのか分からない。


「ぐっ……」


 フレッドの魔力場が衝撃を相殺しようとするが、追いつかず腰骨が砕ける。魔力場が弾けて消失し、見えない波紋が空に溶けた。


「あっ……!」


 フレッド・バーランはシエドアルマ皇国の端にある寒村で、けして裕福とは言えない農家に生まれ育つ。物心ついた頃から手伝いで農作業に従事した。寡黙で堅物な父と違って無邪気な笑みを浮かべる少年は、村でも評判よく可愛がられた。幼い時分から力仕事を手伝い体力に自信があったフレッドは、やがて騎士学校の推薦入学制度を知り、試験を受けて見事合格を果たした。


 騎士学校に入学するため首都シエドクラートへ旅立つ日、見送りに集まってくれた人垣の向こうに、初めて父の頬を流れる涙を見た。畑仕事で日焼けした少年は、何度も振り返り、節くれ立った指の並ぶ手を振った。


 手柄を立てて出世すれば家族に裕福な生活を送らせることができる。そう信じて学問と修練に励み凱皇騎士隊に抜擢され、任務に邁進してきた。そして、フラダ王国侵攻任務に出発する前日、父が仕事中に腰を負傷して働けなくなったと連絡があった。


(ようやく、弟達に新しい服や、靴を……。俺が、俺が稼いで、みんなを……!)


 アルズに退けない理由があるように、フレッドにもまた譲れない想いがある。間合いの内側へ反撃するため、自殺行為ではあったがフレッドは精霊武具の解放を解き、拳銃状態に戻す。


(父さんの代わりに……俺が……!)


 フレッドの激情が彼の精霊武具に封じられた精霊の意識にさざ波を立てる。揺蕩っていた精霊の自我が僅かに収束し、それはフレッドの深層心理にある力強き存在――雄牛のような形をとる。


 ――オ、オ……。 


 雄牛は未だ明確な思考と姿を持たない。外界と隔絶された精霊武具の中で三千年が経過し、その存在はあまりにも儚く劣化している。


 だが、精霊は使用者の意志に応えるため、己に残る全魔力を魔力弾に変換し、さらに周辺の大地を支配下に置き、魔力の補給を試みる。城の中庭にある生け垣が枯れ、葉を散らす。


 死に物狂いのフレッドは、魔力がかつてないほど強大に膨れあがっていることに気付いた。そして、渾身の一撃を放つ。反動で己の指が砕け、腕が折れ曲がるほどの威力。


 だが、それは、荒れ狂う飛竜に挑む矮小な羽虫に過ぎなかった。最後の魔力弾は射撃と同時に、無窮の時を経てなお自我を保つほどに強大な精霊八咫烏の魔力に翻弄されて消失。


 フレッドは肉体をアルズと円塔の壁面に挟まれて上方へと引きずられる。服と肌は裂け、体を壁ですりおろしながら髪と肉片をこびり付かせた後、空へ放り出される。


 無我夢中で飛びだしたアルズは、攻撃されたことにすら気付かなかった。


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