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12-3.精霊解放。アルズは烏羽色の甲冑を纏う

(裏路地にも食品を扱っている店はある。そこを回ってみる)


『……』


 陽が中天に差し掛かる頃合いまで都市内を捜索したが、アルズはフレッドの手がかりを見つけられない。何度も巡回中の兵士と遭遇しそうになるが、軍靴のたてる硬質な足音が凝集すれば、アルズの聴覚は事前に察知できたので、鉢合わせにはならなかった。だが、どうしても通った道を引き返すことや遠回りを強いられるので、捜索は難航した。


『アルズ。先日聞いたことだが確認する。都市内で最も高い建物は城に四本ある円塔。次いで、内城壁と外城壁との間にある聖堂の鐘楼だったな』


「ああ。久しぶりに喋ったと思ったら、それがどうした?」


『敵の位置に見当がついた。南東へ向かえ』


「分かった。南東だな……」


『血を流すことになるだろう。だが、フリッカを護るために敵を倒したいのなら、躊躇せず我に従え』


「……ああ」


 アルズは指示された方角へと向かい、立ち止まったり遠回りしたり急かされたり、奇妙な指示の果てに、やがて高さ二十メートル程の外城壁を視界に収めた。


(この向こうとなると……。もしかして風車小屋の並ぶ一角か? 確かに今は冬小麦の種を蒔いた直後だし、粉挽き風車はあまり使っていない。潜伏するのに向いているかもしれないな)


『気取られぬように魔力を抑えて飛び越えろ。もっとも、貴様に魔力コントロールはできないだろうから我に任せて、全力で跳べ』


「分かった」


 外城壁の上では二十メートル間隔で見張りの兵士が周囲に目を光らせていた。見張り用の城壁塔にも兵士の影がある。数日前より警戒は明らかに強まっているが、それでも、アルズの身体能力であれば突破は可能だ。


『見張りの兵士は無視しろ。合図したら行け』


(分かった)


 機を窺い数分ほどすると、都市の南西部にある聖堂の鐘楼から、正午を告げるカリヨンが鳴り始めた。十六の鐘を組みあわせた嚠喨りゅうりょうたる旋律が都市全体に広がっていく。


『今だ。行け』


(ああ!)


 兵士の意識が僅かに逸れる中、アルズは駆けだし、壁を一気に駆け上がる。


――だが。元の体とは比較にならないほど高く跳べたが、それは常識的な高さであった。魔力による強化がなく、ルイドの身体能力のみで跳ね上がった高さだ。


 前日は余裕で飛び越せた高さにまるで届かない。いったい何がと上方へ向けた視線の先、外城壁の上を紫電が貫いた。まさに壁を駆け上がっていればアルズが躍り出たであろう位置を、大口径魔力弾が西から東へ通り過ぎたのだ。


「え……?」


 八咫烏は意図的に魔力供給を断っていた。


『市街をうろついて敵に捕捉させ、絶好の隙を用意した。我の思惑どおり敵は肉眼で我等を捜し当て、正午の鐘に発砲音を隠して攻撃してきた。敵は城の円塔だ』


「円塔……! 光は西から東へ走ったぞ?」


『敵は弾道を二百七十度屈折させた。ルイドにも知られていない奥の手だろう。反撃だ。小烏丸を抜き力を解放しろ。敵は聖堂から狙撃したかのように欺瞞している。まだ我等に位置を知られたとは思いもしないだろう。姿を隠される前に跳べ』


「解放? どうやるんだ?!」


『我を纏った己自身を思い描け』


「……思い描く?」


『そうだ。貴様の目にも焼きついているだろう。漆黒の甲冑を纏った己自身の姿が』


 アルズは城に惨劇をもたらしたルイドの姿を思い返す。ルイドはシヴァと対峙した時、小烏丸を持った右手を体の横に垂らして余裕を見せていた。アルズも仇の姿に習い、右腕を降ろす。


(精霊武具を身に纏ったルイドの姿……。よく覚えているぞ! 忘れるものか! シヴァを切り裂き! フリッカの腹を貫いた、この武器と、この姿!)


『そうだ。瞋恚しんいの炎を燃やせ、その怒りを纏え』


 強く思い描くのは、大事な人達を襲った暴虐の甲冑。


 国王や王妃、兵士達の血肉が散乱する広間に立つ、漆黒の姿。


 そして、闇夜に浮かぶ凶星のように、赤い瞳が獰猛に輝いていた。


 怒りのあまりアルズは右拳を振り上げ、天に絶叫する。


「精霊解放! 八咫烏! この体が朽ちるまで敵を切り裂け!」


 雷鳴にも似た音が弾け、掲げた小烏丸が青白い魔力光を放つ。次の瞬間、アルズの両腕と両脚に烏羽色の甲冑が装着されていた。


 それは竜を想わせる、分厚く無骨で歪な装甲。さらに、アルズの足下周辺に血脈を思わせる赤い不規則な模様、いや、模様ですらない醜い流れが広がり、隆起する。赤く蠢く線はアルズの全身に巻きつくようにして複雑な意匠を形作る。それはアルズの魂を肉体に縛りつける拘束具にさえ見えた。


「ルイドにはなかった模様だが、これでいいのか」


『問題ない。血の海に立つという貴様の心象が影響したのだろう』


 アルズは手足を動かして、見える範囲の状態を確認する。軽く身じろぎしただけでも、体の中心から無窮とも感じる力があふれてくるのが分かった。まるで別の生き物に生まれ変わったかのような錯覚すら湧いてくる。


『城壁を蹴って跳べ。円塔まで一直線だ』


「ああ!」


 円塔は彼方に遠望する距離だが、アルズは届くと確信し一歩を踏みだす。脚部甲冑が石畳に亀裂を走らせた頃、既にアルズの姿は消えていた。


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