12-2.アルズは旧知のドワーフが務める店に行く
アルズはドワーフの女が店番をする馴染みの店に近づく。どうも様子がおかしい。女は通りを見ながら、不機嫌そうな顔で台に肘をつき手に顎を乗せている。
(背格好は子供だが、俺がガキの頃からここで魚や貝を焼いて売っている人だ。母さんと話が弾んで買い物がいつまでも終わらないから、俺やフリッカは退屈したんだ……。変だな。雑談好きの声が大きなこの人が、呼び込みもしない?)
店先に立ったアルズに気付くとドワーフは溜め息を吐き、重そうに顔をあげる。
「見ない顔だね。ほら、見てのとおり今日は何もないよ」
確かに、ドワーフが雑に指先で示した台の上にはザルだけが並んでいる。上に置かれるべき魚介類が見当たらない。網の下にある炭は火を点けていないらしく、黒く冷たいように見える。
「……収穫祭で全て売り切れたんですか?」
「そうだよ。売り切れるとこまでは良かったんだ。けど、何があったのか知らないけど、運河の船着き場に船は来ないし、城門の出入りは難しくなってね……。今日売る分の入荷が遅れているんだよ」
ドワーフは客が余所者だからか、商品が揃わないことに不機嫌なのか、よく知る常より険がある。アルズはドワーフの警戒を解くために、嘘を吐く。
「残念です。アルズにここの魚を薦められたのですが……。なんでも焼くときに南方の塩を使っているから、他とはひと味違うと……」
「アルズ? アッシュさんところの?」
「ええ」
「そうだよ。フラダで採れる塩湖の塩にランソワの塩を混ぜて使っているんだよ。ほんのひとつまみだけどね、違うんだよ。やあ、あんた、ここらの者じゃないだろ。どうしたんだい?」
警戒が緩んだらしく、ドワーフの舌が回りだす。
「フラダの民なら一度はヴァニカラードの収穫祭を見に来いと、アルズにしつこく誘われてマルクラートから来たんですよ」
「へえ、アルズに王子様と王女様以外の友人なんて居たのかい」
ここでも友人が居ないと思われていたことにアルズは軽い衝撃を受けたが、代わりに女の表情からは完全に警戒色が消えた。
「まあ、俺はそうは思いませんが、あいつの蘊蓄は鼻につくらしいので、付き合える友人は限られているでしょう」
「確かに、あの子は昔から頭でっかちなところがあるからねえ。もう四年も前かい? フリッカちゃんが城に行ったあと寂しそうにしていたから、好きだったのかって聞いたら、王族や貴族に関する決まり事を延々と語りだしてねえ……。店の前から他のお客が居なくなっちまったよ」
「……そうですか」
「まあ、それでもあの子の友人だって言うなら、大事にしてやってくれよ。アルズは絵を描き続けていると周りが見えなくなる子だからね」
「ええ。人を呼んでおきながら収穫祭の間もずっと絵を描いていましたよ」
「どおりで、一度も顔を出さなかったわけだ。来るとなれば一週間続けて同じ魚を買っていくのに、来ないとなったら一月でも二月でも来ないからねえ、あの子は」
「……ところで、お聞きしたいことがあるのですが」
「なんだい? 私に分かることならなんでも教えるよ」
「実は、驚かれるかもしれませんが……。アルズにはもう一人友人が居て……。細身だけど私より拳一つほど背の高い日焼けした男なんですが。見かけませんでした?」
「あんたより大きいとなると、月に手が届きそうだねえ。通りに居れば目に入ったと思うけど、知らないねえ」
「そうですか。魚を頂けなかったのは残念ですが、また日を改めます」
「はいよ。アルズにも、そのうち顔を出すように言っておくれ」
「ええ」
アルズは立ち去ろうとして、ふと引っかかりを覚える。
(……?)
踵を返して屋台を観察する。
「ん、どうしたんだい? 探しても何もないよ?」
「あ、いや……。美味しそうな匂いがしたと思ったんですが……」
「……ん? そうかい? 昨日までは休む間もなく朝から晩まで新鮮な魚介類を焼いて出していたからね。匂いでも残ったのかな。おかげさまで肩が凝ったよ」
「そうですか」
アルズは愛想笑いを浮かべると、頭を下げて店を去る。
(前日の匂い? 精霊武具を持っているせいで、そこまで鼻が利くようになったのか。まるで残飯を漁る犬か、生娘を探す豚鬼だな)
『……』
アルズは何かしらの返答がほしかったのだが、八咫烏は何も言わない。
(敵はシエドアルマから遠征してきて、最低でも二日はヴァニカラードに潜伏している。食料を買ったはずだ。聞き込みを続ければ、必ず手がかりがある……)
それからアルズは南に向かって大通りを歩いたが有力な手がかりは得られなかった。




