11-3.アルズは来訪者の正体を知り絶句する
(……やはり変だ。そもそも、盗人なら今日を選ぶ理由がない)
『何故だ』
(昼間、ぼろを纏った案山子を見ただろ? あれは力を封印された魔王だ。祭りの最終日に火にくべる。魔王を最後に見た者は呪われるとも、灰に触れた者は病気になるとも言われている。要するに、祭りは終わるから早く家に帰れということだ。酒場も早く閉まる。つまり、何処の家にも住人が居るから、わざわざ今日盗みに来る理由がない。祭り中に狙うなら、見慣れぬ者が路地裏に居ても目立たない二日目か三日目だ)
『些か蘊蓄が過ぎるようだが、思慮深いと言えなくもない』
(……?)
アルズはまたも八咫烏の言い様に違和感を抱く。だが、詰問している間はなかった。
錆びた蝶番が軋み、齧歯類の鳴くような音を立ててドアが開いてくる。
(来る!)
何者かが一歩侵入する。
ドアが相手の姿を遮っている。アルズの位置からは見えない。
(なんだ。何かがおかしい。古い家だから、ドアや床は鳴っても当然だが、侵入者は、物音を立てることにあまり配慮していないように感じる)
困惑が蜘蛛の巣のように緩慢な速さで着実に広がっていく。
何者かはなんの警戒心もなく、ただ暗いから慎重になっているだけという足取りで、ドアの陰からそっと出てくる。
(……なっ!)
現れたのがあまりにも予想外の人物だったため、アルズは思わず小烏丸を落としそうになる。
(なんで……!)
『今みたいに、常に観察し思考する癖をつけろ』
(八咫、お前、気付いていたな!)
「……誰? 誰か居るの?」
闇の中から聞こえたのは、聞き間違えるはずのない声。
幼い頃に母を失ったアルズにとって、最も聞き慣れた女性の声であり、誰よりも恋しい声。
中の様子を窺っているのは、フレデリカ・ノワール。アルズが思いを寄せる相手だ。
アルズは構えを解き、刀を左腰の鞘に納める。
(フリッカ……! どうしてここに?! この顔は拙い! 今の俺はルイドだ!)
左腕で目元を覆い、アルズは顔を隠す。
「誰か居るの?」
(暗くて、俺の姿が見えないのか……?)
様々な疑問がアルズの脳裏をよぎる。フレデリカは侍女の服を着ているから、お忍びで出てきたのだろう。腰まで届いたはずの髪は肩口まで短くなっている。もしかしたら、血を浴びたから切ったのかもしれない。前日までと大きく印象は変わるが、アッシュ家で暮らしていた頃と同じ髪型をしているからアルズは一目でフレデリカだと分かった。
アルズの胸に懐かしさが込みあげ、熱を帯びてくる。
(背は大きくなったけど、あの頃と何も変わらない……。泣き虫のフリッカだ……)
アルズの見る白黒の世界でも分かるほどに、フレデリカの目の下が腫れている。いったいどれだけ涙を流したのだろうか。
「……誰?」
先程よりも警戒が強い声は、疑問から誰何に変わっている。顔は分からずとも人の気配は感じるようだ。アルズは答えに窮した。アルズ・アッシュの死体は城に残してあるから、アルズに成りすますのは不可能。返事をすれば、声でここに居るのがルイドの体だと気付かれてしまうかもしれない。
アッシュ家の者が死に絶えたことは、フレデリカだって知っている。無人のはずの家に人の気配があれば怪しむのは当然だ。




