11-2.アルズは深夜の来訪者を警戒する
(俺は城で死んだことになっているから、家に鍵がかかっているのは不自然だろうと思い、敢えて開けておいたのだが……。裏目に出たか。フレッドに後をつけられたのか?)
床鳴りの音がゆっくりと階下を移動する。炊事場であれば土間になっているので足音はしないはずだ。
(真下の工房だ。俺を探している? 何か物色しているようだ……。敵ではなく盗人か?)
工房には画材用の棚と、イーゼルや椅子の他には、やはり画材用の台があるが、他に目立った家具はない。人の不在は一目で分かるはずだ。まさか、盗人が棚に並ぶデッサン用の石膏像を人間と誤認して一つ一つ改めるはずもない。
だが、侵入者はアルズが焦れだすまでの長い間、真下の部屋に滞在した。
(やはり物盗りか。俺が描くのは肖像画だ。下にある絵を盗んでも、本人や家族以外には売れないぞ。……どうする。捕まえても、城の兵士に引き渡すわけにはいかないし……)
やがて階下の物音が変わる。
(階段を上っている。……隣の部屋に来た。おおよその位置は推測できるが、精確な位置は分からない。もし敵なら、部屋に侵入した瞬間に斬る。この判断は正しいか?)
『正しい』
(……来た。部屋の前。ドアの向こうに居る)
アルズは息を止め、手の振動を抑えて小烏丸を片手で構える。刺突できるように、刃は床と水平に寝かしてある。
(刀の構え方はこれで合っているのか?)
『誤りだが、今はそれでいいだろう』
(分かった。……侵入者が昼間の男なら、シヴァを殺した仇の一味だ。だが、いくら仇とはいえ俺に人を殺せるのか?)
アルズの緊張は限界に達しつつある。
しかし、侵入者はアルズを焦らすわけでもあるまいが、突入してこない。
(……何をしている。中の様子を窺っているのか?)
手が震えてきたので、アルズはゆっくりと深呼吸をする。幾分か心が落ちつくと、周囲の状況を観察する余裕が生まれる。
(夜間でも俺に室内の様子が見えているのは、お前の影響なんだよな?)
『そうだ』
(その影響をなくすことはできるか?)
『可能だ』
(一時的になくしてくれ)
『何故だ? せっかくのアドバンテージを自ら失うつもりか?』
(一瞬でいい。頼む)
『分かった』
アルズの視界が暗くなり、室内の輪郭が墨をこぼしたように曖昧になる。ドアの位置を知らなければ、壁と誤認するかもしれない。
今夜は月明かりがない上に、隣に四階建てが並ぶので、二階にあるアルズの部屋には、星明かりも殆ど差しこまない。仮に満天の星であっても、羊皮を薄くしたものを窓に貼っているので光を大して通さない。住み慣れた家でなければ、室内を歩くことすら叶わないだろう。
(十分だ。戻してくれ)
アルズの合図で再び視覚が戻る。灰色に塗りつぶされた世界だが、明確にドアの木目まで識別可能だ。
(殆ど見えなかった)
『当たり前だ』
(敵は何故、こんな暗闇なのに乗りこんできた? 何も見えないのでは?)
『敵の精霊武具に暗視装置が備わっているのかもしれない。夜目が利くようになる道具と思え』
(それはおかしいぞ。精霊武具の能力を使っているのなら、魔力探査とやらでお前が気付くだろ? ルイドを警戒している敵が、魔力を発しながら近接戦闘を挑むか?)
『……良い判断だ。観察を続けろ』
(……?)
アルズは八咫烏の言葉に警戒心が感じられず、違和感を覚える。だが、油断はせず、刀を水平に構えたまま待ち構える。




