10-3.アルズは敵の姿を見失う
「くそっ。怪我人が出る! みんな祭りに出掛けていると祈るしかないのか!」
『接近すれば勝てる。右だ。進め。奴の攻撃は向来に僅か四度だ。威力がある分、連発はできない。離れすぎても攻撃できない』
「拙い。駄目だ! 右は!」
アルズは八咫烏に従って右に曲がるが、すぐに立ち止まる。
人で溢れかえった大通りだ。波頭のような勢いで、賑やかな声と料理の匂いが広がる。
「人混みに逃げこまれた……」
『敵は精霊武具を解除した。追跡は不可能だ。こちらだけ位置がバレている。アルズ、小烏丸を鞘に収めろ。だが、左手は鞘から放すな。常に触れておけ』
「ああ」
『肉眼で監視されている怖れがある。人混みの中に入れ。我が魔力を抑えれば、敵からは見えなくなるはずだ』
(分かった)
外套のフードを被り直すと、アルズは祭りで賑わう通りに紛れこんだ。
(街の人達ごと攻撃される可能性は?)
『低い。敵は我々に見つかることを恐れている。攻撃で自らの居場所を晒すような愚は犯さないだろう』
(これからどうすればいい?)
『敵の追跡を振り切る。目立たないように、祭りを楽しんでいる素振りで移動しろ。念のためにエルフやドワーフに近づけ。仮に敵の目が我の想定より優れていたとしても、いずれ我と亜人種の見分けがつかなくなるだろう』
(分かった。だが、敵を逃がすのか? シヴァの仇だぞ?)
体を動かして昂ぶったアルズは一時的に冷静さを失い、思考の中に占める復讐心の割合が大きくなっていた。
精霊はアルズの心拍の上昇を把握しているから、意図して穏やかな口調になる。
『アルズ。画家に戻れ』
(……)
『敵を殺すと言えなかったお前に戻れ』
(だが……)
『たとえ魔力を察知されなくても、殺気立っていれば居所を晒すことになるぞ。敵は優秀な狩人だ』
(それは……)
『今、貴様の身を焼くのは精霊武具使用時に高揚した戦意の残り火だ。火種は次の機会に取っておけ。そう遠くない内に使うことになる』
(……分かった)
人波に乗ってゆっくりと歩きながら、穏やかに諭される内にアルズの心は少しずつ平静を取り戻していった。
暫く進むと、正面から木の棒に縛りつけた案山子を掲げる男がやってきた。案山子はぼろを纏っており、華やかな祭りには似つかわしくない。謂われを知らない子供の手を引き大人が背を向ける。誰もがそこに案山子がないかのように振る舞った。男がふらふらと左右に歩調を乱せば、その先から人が離れていく。
『明らかに人の流れが変わった。祭りの出し物か? 貴様お得意の蘊蓄を聞かせてもらおう』
問いかけは、画家をクールダウンさせようとする精霊なりの配慮だ。
(……俺は蘊蓄野郎と思われているのか)
『違うのか?』
(……あれが何かなんて、ヴァニカラードに住む者だったら誰だって知っているさ。だが、今はそれを語るような気分じゃない)
『そうか。不特定多数が集まる屋内施設はあるか?』
(この近くなら大衆浴場がある)
『小烏丸を手放すわけにはいかない。他には?』
(少し離れた所に聖堂が在る。前が広場になっているから人も多い)
『よし。そこへ向かえ。時間を置いて、入り口とは別の出口から出ろ』
(分かった。敵の目をくらませるんだろ。可能な限り亜人種を見つけて近づいてみる)
アルズは人混みや建物を利用して、追跡を撒くための行動に移る。
戦闘訓練すらしていないアルズは初の実戦で、身を隠す偵察兵を相手取る最悪の状況に陥っていた。




