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1-2.フレデリカは肖像画がお見合い用だから気乗りしない

「ねえねえ、お祭り行こうよ。初日は大地母神様がパンを配ってるよ」


 収穫祭の初日は大地母神に扮した者がパンを、二日目は火の神に扮した者が焼き菓子を配り、子供達が殺到する。三日目は水の神が柄杓にすくった水を撒く。これには万病を払うという言い伝えがあるため、大人も子供も濡れるのを厭わずに集まる。


 収穫祭では一週間を通じて、神が世界を作り、やがて魔王が生まれ、それを人の勇者が打ち倒すまでを辿る。人々は神々と勇者に感謝し、陽が沈むまで歌い踊る。


 フレデリカは祭りの様子を、身振り手振りを交えてアルズに言って聞かせ、懐柔を試みる。


 しかし――。


「駄目だ」


「むー」


「ふくれっ面をするな。お前はただでさえ表情が緩いから年齢よりも子供っぽく見えるんだ。少しでも見栄えが良くなるように、軽く微笑んだままじっとしていろ。広間に飾ってある聖女アーリスの絵を真似してくれ」


「だって退屈なんだもん……。ねえ、アルズお兄ちゃん」


 四年前のような幼い声でフレデリカはアルズに上目遣いを向ける。人払いしていなければ出せない声と仕草だ。


 対する義兄はにべもない。


「フレデリカ殿下がいつも遊び歩かれるせいで、このままでは納期に間に合いません。そうしたら、国王様の怒りに触れて私が仕事を失うことになります。場合によっては処罰されてしまいます」


「もー。なんでそういう言い方をするの?」


「義兄として接してほしいなら言ってやる。俺のためにじっとしていろフリッカ」


「ぶー」


「駆けだしの俺にこんな大役を任せてくださった国王様への恩義に報いたいんだ。分かってくれ。報酬だって破格だ」


「ぶー」


「この仕事の報酬が雨漏りの修繕費になるし、お前が跳びはねて壊した床も直せる」


「アルズだって一緒にベッドで跳んでいたよね?! それに、私の部屋を使っていいって――」


「お前の部屋はとっくに荷物置き場だ」


「ぶー。私が帰ったらどうするの?」


「王女様らしくしないと、本当にぼろ屋に帰ることになるぞ」


「ぶー」


「さっきからぶーぶー聞こえるな。屋台で丸焼きにする豚が城まで逃げてきたのか?」


「そうだよ。私は豚です。屋台の人が困っているので、連れていってください」


「お前は丸焼きになって食べられたいのか」


「ぶー」


「ぶー垂れてないで一国の王女らしく、気品というものを漂わせてくれ」


「きひん……」


 王女は背筋を伸ばし、右手で髪をすくうと口元へ運び、左手を天に向かって掲げる。


「なんだそれは」


「小鳥さん、おいでのポーズ」


「やめろ。姿勢を変えるな。表情が馬鹿っぽい。聖女アーリスのようにしてくれと何度言わせるつもりだ」


「ぶー。だって……」


 肖像画がお見合い用という憂鬱な事実が、フレデリカを気乗りさせない。


 近年、ガストール大陸の東南端に在るシエドアルマ皇国が軍拡を続け、他国を侵略している。それに対抗するため、フラダ王国はフレデリカを隣国ペールランドの第一王子と政略結婚させようと企図したのだ。


「相手に気にいってもらうためには、少しでも綺麗に描かなければならない。もっとお淑やかに微笑んでくれ。王族特有の高貴な雰囲気を醸しだせ」


「その要求は城下町育ちの私には厳しい。串焼き食べたい……」


「はあ……」


 涎を垂らしかねない城下町育ちの娘に、城下町生まれの男は頭を抱える。


(家を出てから四年間で作法を叩きこまれたはずなのに、俺と暮らしていた頃と何も変わっていない……)


 アルズの知る妹分は、我慢させすぎると後で何をしでかすか分からない。寝食を共にしていた頃、アルズは父親の手伝いで絵の具の材料になる貝や木の実を求めて海や山へ足を運んだ。ついて来ようとするフレデリカを諦めさせるため、アルズはいつも苦労した。


 王女だということは知らなかったが、アルズは父親からフレデリカが高貴な身分であるからよく面倒を見るように言いつけられていた。海に流されたり山で遭難されたりしても困るから置いていきたいのだが、抱きついてきて放してくれない。


(結局、父さんに指示された材料を用意できずに何度も怒られたっけ。今では部屋を抜けだす片棒を担がされて、俺が侍女に叱られる……)


 本質的には二人の関係は変わっていない。しかし、お見合い用の肖像画が描きあがれば、一変するだろう。今でこそ国王の温情で会うことを許されているが、王女が隣国に嫁げば二度と向かい合う機会はないはずだ。


 別れの日は近い。アルズは幼い頃のように声を柔らかくする。


「……絵が上手く仕上がったら、城を抜けでられるように協力してやるかどうか、検討だけはしてやるかもしれない。だから、じっとしてくれ」


「言い方が回りくどい上に検討だけって……」


「俺の立場も考えてくれ。フリッカの身に何かあったら、首が一つじゃ足りない。侍女のミルティさんやサラさんも城では働けなくなる。それに、国王様には父の代から世話になっているんだ。恩義に報いたい」


「……ねえ、アルズは私が隣国の王子と結婚してもいいの?」


「当たり前だ。お前とは何度も喧嘩したけど、兄として妹の幸せを願っている」


「……そっか。兄として、か」


 フレデリカが短く溜め息を吐いてから姿勢を正す。口を閉ざして澄ました顔をすれば、幼さという薄い衣を脱いだかのように、雰囲気ががらりと変わる。清麗な気品さえ滲みだしてくる気がして、アルズは僅かに瞼をあげる。


(綺麗になった……。結婚なんてまだ早い子供だと思っていたのに……)


 二人が口をつぐむと、窓の外から聞こえる喧騒は遠くなり、絵筆が麻布をなぞる音が不思議と大きく耳に触れるようになった。

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