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7-2.アルズは八咫烏の正体を問う

 墨を被ったように滲んだ街は静まり返っていた。


 都市内は限られた土地を活用するために、建物が拡張工事されて路地を狭めているし、バルコニーが至る方向から迫りだすため、窮屈な印象を受ける。


 洋灯の立つ大通りは兎も角、灯りのない路地裏を出歩く者はない。会話を聞かれる心配もないが、アルズは念じるだけで意思疎通ができることを思いだす。


(率直に聞くが、八咫は何者なんだ?)


『我は精霊だ。三千年前人間に捕まり、武器として利用された』


(三千年……。想像もつかないな。いったい幾つの国が興り、滅びた……)


『さあな。棺にも似た暗所に閉じこめられていた我は、外の様子を見聞きしていない。目覚めたのは数ヶ月ほど前だ』


(……精霊武具という強大な力を手に入れたから、小国だったシエドアルマが世界征服を標榜して、皇国を名乗る程に成長したのか?)


譎詐百端けつさひやくたんに塗れた人間どもの世事は知らぬが、我が――。いや、我の前所有者ルイドが見聞きした情報を照らし合わせる限り、その認識で間違いない』


(何故ルイドを裏切ったんだ?)


『裏切る? その認識は誤りだ。我は奴とは一切、意思の疎通をしていない。ルイドは小烏丸を振るっていただけに過ぎない。我の声を聞いたのは貴様だけだ、アルズ』


(……何故、俺はお前の声を聞けたんだ?)


『貴様が精霊の末裔だからだ』


(……)


 アルズは足を止め、民家の壁に体重をあずける。


(詳しく教えてくれ)


『古の時代、力を得ようとした人間は精霊を捕食して、その力を取りこんだ。アルズ、貴様はその裔胄ちゆうえいだろう。貴様の正体は肉体という器に閉じこめられた精霊だ。いや、精霊としての貴様は既に人の魂と融合している』


(裔胄?)


『末裔や子孫のことだ』


(俺は精霊だからお前の声を聞けるのか)


『貴様が我を奇異な存在として認識しているように、我もまた、貴様を特異な存在として捉えている。精霊を捕食した人間は肉体を変質させ、後にエルフやドワーフと呼ばれる種族に変容した。アルズよ、何故貴様は人の姿を保っている』


(三千年前の先祖に聞いてくれ……。父さんは宮廷画家、母さんは王女の乳母……。俺も両親も普通の人間だ)


 アルズは再び狭い路地を歩き始める。


(……なあ、八咫が俺に力をくれた理由は、フリッカを助けるためでも、シヴァの仇を討つためでもないよな?)


『当然だ。我が目的は、精霊武具を破壊し、封じこめられた同胞を解放すること。三千年の時は精霊にも永すぎた。千古不易せんこふえきとはいかなかったのだろう。多くの同胞は自我を失い、ただ武器として利用されるだけだ。我は同胞を救いたい』


(同胞のためか……。少しだけ八咫のことを理解できそうだ。俺も、兄や妹のためこのまま黙っているわけにはいかない……)


 路地を出ると、数人が同時に洗濯できる程度の空間があり、中央に井戸がある。


 頭上が開けたので、ふと空を見上げれば月が出ていない。晩秋なら青みがかった月が顔を見せるはずだが、雲がかかっていて星も見えない。


(肖像画を納品したら、そろそろ越冬のために燃料集めを始めなければと思っていたんだがな……)


 アルズは持参した桶に水を汲むと井戸の縁に腰掛けた。


 周囲に視線を配ると、墨色に染まった世界で三階建ての家屋が急峻な崖のように広場を囲んでいるのがはっきりと目に映る。


『何を感慨深げに見ている。見慣れた景色ではないのか?』


(城を中心にして都市が拡大していくだろ? 外に行くほど新しい建物が増えて、街は歪な年輪のように歪んだ円を描く。中央ほど建物が古くて、工法も未熟で雑だ。昔から都市に住む富裕層ほど粗末な家に住んでいるとも言える)


『それがどうした?』


(感心しているんだ。この目は、煉瓦のつなぎに使っている石灰が経年劣化して垂れた痕すら認識できる)


『そうか』


 桶から一口だけ喉を潤し、アルズは帰途についた。


 家に帰ると小烏丸をテーブルに置き、アルズは両手足を投げだしてベッドに転がる。


 床が軋む。フレデリカやシヴァと寝食を共にした頃、一緒に跳びはねたから床板にヒビが入っているのだ。


 横になると、すぐに微睡み始めた。


(ああ、そうだ……。絵の報酬が貰えたら……。家を改築しよう……)


『眠るが良い。貴様は器を交換したことにより消耗している。不審者の接近があったとしても、夜間であれば我が先に気付く』


(随分と、優しいんだな……)


『皇国の精霊武具使いは既に我の魔力探知範囲外だ。今更焦って追跡する必要もない』


(そうか……。そうだな……。シヴァ達を殺した奴の仲間が……。まだ居る……。そいつらがフリッカを、害す前に……)


 意識は蕩けるように輪郭を失い、やがてアルズは眠りについた。


 夢の中で幼い頃に戻ったアルズは風邪をひき、一人でベッドを使っていた。シヴァとフレデリカの居ない広いベッドは冷たく硬い。アルズは寂しくなって、薄い掛け布団の中で腕を伸ばす。幼い頃の短い腕でも、伸ばせばいつだってシヴァとフレデリカに触れることができた――。


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