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5-3.ルイドの凶刃がアルズを断つ

「その男を解放しなさい!」


「なるほど」


 ルイドは喉に刺さった疑念が解消され、薄ら笑い。


「あ、あ……」


 アルズは暴れようと全身に力を込めた。フレデリカを殺させないために、ルイドをなんとかしなければならない。小さく震える腕をゆっくりとあげていく。


(首の戒めを、ふりほどいて……。剣を拾って……)


 勝ち目はないと分かっているが、アルズはまだ諦めていない。必死に気力を振り絞っていた。


(体を、どれだけ傷つけられようとも……。こいつを、道連れに……!)


 首を絞めるルイドの指先にアルズの手が到達する、その直前――。


 予期せぬ穏やかな声がする。


「どうやら本当に偽物のようだな。王女がこうも必死に庶民を庇うはずもない。異邦人にも情というものがあるのか……。感動したよ。王女のフリをすれば、自分の命と引き換えにこの男を助けられる。そう考えたんだろ?」


 二人が幼馴染みで互いに想いあっていることを知らないルイドは完全に誤解した。


 王族が己の命乞いではなく、たかが画家のために涙を流してまで助命を乞うなど、常識的に考えてありえない。ならば、女が平民だったとすれば納得がいく。


 呆然とするフレデリカに、ルイドが無造作に右腕を振った。


「もう、用はない」


 隙間風が吹くような、あまりにも軽い音が鳴り、消えた。


 刀がフレデリカの腹部を引き裂いていた。


「あ……」


 フレデリカは小さく息を漏らすと腹部を押さえようとする仕草の途中で、膝から崩れ落ち、うつ伏せに倒れる。


 瞳に暗い色を滲ませたルイドは、口角を吊り上げる。


「偽物だと信じよう。だがなァ。見目が良く、俺に刃向かう度胸を持つ女だ。城に仕えていたというのなら、王族の子でも孕んでいるかもしれん」


「あっ……! ああっ!」


 足が浮いたままのアルズは体の中心から湧き上がる感情に任せて全身を暴れさせた。


「放せ! 放せ! フリッカ!」


 アルズは肘を背後に何度も振るが、その打撃は全てルイドには届かない。


「うっ」


 ルイドが手を放したため、アルズは急に自由になる。着地し姿勢を崩すが倒れないように堪える。肺の中に酸素が急激に流れこみ、咳きこむ。


「ごほっ、ごほっ。フリッカ……!」


 赤く明滅する視界でアルズはフレデリカの姿を認めると、一歩進む。


「フリッカ、待ってろ。すぐに傷口を……」


 ――ドッ。


 アルズは左肩周辺に衝撃を覚えた。全身を上に引っ張られるような感覚がし、足がふらつく。背後からルイドに殴られたのだろうか。大した痛みを感じなかったので、フレデリカの元に歩み寄ることを優先したが、足が動かない。


 おかしいと思った直後に視界が真っ暗になってアルズは五感の多くを失った。何が起きているのかまるで理解できない。理解しようとする思考さえ濃い霧に包まれていった。


 床に倒れていたフレデリカは首を横に向け、アルズの身に起きたことを目の当たりにした。だが、現実として認めたくない。


 恋した男の左腕は、胸の一部と共に無くなっていた。


「アル……ズ……」


 臓物の異臭が鼻をつき、フレデリカは本能的に吐き気を覚えて顔を背けそうになるが、視線を逸らさなかった。アルズの胴体から噴きだすおびただしい量の血がフレデリカの顔を赤黒く染める。


「アルズ……。や……。やだ、アルズ。やだぁ……」


 明らかにアルズは致命傷だ。肺まで損傷している。


 フレデリカはアルズの元に這い進もうとするが、下半身の感覚がなく動かない。フレデリカは家族やアルズの血を吸った絨毯に沈み、薄れゆく意識の中、それでも必死に最愛の人へと手を伸ばす。


 せめて最期に、触れたかった。


 しかし、か細く震える指の先を遮るようにして、烏羽色の脚部甲冑が割りこむ。


「放っておいても失血死するだろうが。貴様もすぐに男の元へ行かせてやろう」


 ルイドの足下で血肉の潰れる音がした。


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