5-2.フレデリカの決意。命をかけてアルズを護る
室内に動く者は、アルズ、フレデリカ、ルイドの三人だけになる。
束の間の静寂が訪れるが、血と臓物の悪臭が漂うため、気は休まらない。
しかし、
(助かった……)
アルズはフレデリカの命だけは護れたことに安堵した。息を一つゆっくり吐くと、広間の中央で倒れているシヴァに視線を向ける。
(シヴァ……。床は冷たいだろう。お前もすぐに抱き起こしてやるからな……。仇はとる。こいつが油断して背を見せたら、俺が……!)
アルズは段上に落ちた剣の位置を確認するために視線を戻すと、今更ながら国王や王妃から流れた血がフレデリカのスカートを汚していることに気付く。
「フリッ……ッ!」
突如、喉が何かに圧迫されアルズは浮遊感を覚えた。ルイドが背後から左手でアルズの首を掴んで、体を持ち上げたのだ。精霊武具使いは身体能力が強化されるため、片手で人一人吊り上げることくらい容易い。
「ぐ……あ……」
地を求めてばたついた脚は、間もなく伸びきった状態で動きを止める。ルイドの握力が凄まじく、アルズは圧迫による呼吸困難よりも先に首の骨がへし折れそうだった。
フレデリカは腰が抜けたままだが、必死にアルズへ手を伸ばす。
「アルズ!」
「女。念のために、お前の口からも確認しておこう。本物の王女は何処だ」
囚われのアルズは目で「言うな」とフレデリカに伝える。
(俺はどうなっても構わない……!)
フレデリカは苦痛に歪んだアルズの顔から視線を逸らして、おどおどと応える。
「今朝、ペールランドに――」
「ぐあああああっ!」
フレデリカの言葉を遮るようにしてアルズが絶叫した。
反射的に視線を戻したフレデリカは、ルイドが刀でアルズの顔を右目ごとゆっくり縦に引き裂くのを目の当たりにし、悲鳴をあげる。
「アルズ!」
フレデリカが顔面蒼白になり身を乗りだすのを、アルズは残された左目で見て焦る。もしフレデリカがルイドに掴みかかろうものなら、どのような目に遭うか分からない。アルズはルイドの関心を引くために、痛みを堪えて声を絞りだす。
「ぐっ……あっ……。王女は……ペールランドに……向かった」
喋る時にも右目付近から血がこぼれ続ける。血は口の中に流れこみ、砕けた顎の血と混ざると、錆びた鉄のような臭いが口腔内に広がった。
「貴様には聞いていない」
躊躇いなくルイドはアルズの右耳を切り落とした。
「血の香りは人を素直にする。女ァ、貴様はどれだけこの男の血を欲する?」
「あ、ああっ、ああっ……!」
アルズは激痛に途切れ途切れの悲鳴をあげるしかない。
武器を血まみれにした男は瞳に炎を宿らせてフレデリカを睨む。
「最後の確認だ。俺の目的が王族の殺害で、一般市民に興味はないと理解した上で答えろ。……王女は何処だ」
フレデリカはアルズの意図を正しく理解していた。アルズは己の身を顧みずにフレデリカを護ろうと死力を尽くしている。肖像画を見て、アルズが自分と同じ想いでいることも確信した。だから、フレデリカは自分の無事がアルズの幸福であることは分かっている。
アルズにとってフレデリカは、命に替えてでも護りたい存在だ。そしてそれは、フレデリカにとっても同じであった。
「私が……!」
決意を抱いたフレデリカは、アルズを護るために立ち上がり声を張る。自分が殺されることになったとしても、アルズには生き延びてもらいたかった。今すぐにも理不尽な暴力から解放させたい。
涙の粒を落とした後の瞳が、強い意志の輝きを伴ってルイドを仰視する。
「私が本当の王女です。その人は関係ない! ただの家来です!」
(やめてくれフリッカ! 俺のことはどうでもいい。俺はお前を失いたくない。好きなんだ。お前のことが……!)




