4-1.精霊武具の解放
段の上では国王が愕然としたまま玉座から動けないでいた。先代国王は戦陣に立ち軍を指揮したが、現国王は国内からモンスターが一掃された後の平穏な時代に戴冠したため、現状にとるべき行動を何も知らなかった。国難に瀕して無責任だったわけではないが、息子を騎士団長に任命して総軍の指揮を任せようとしていたことからも分かるように、荒事からは目を背けて生きてきた。
王妃は床にへたりこんで放心しているようだ。公爵の娘として生まれ大切に育てられ王妃となり、何不自由なく生きてきた彼女は広間のドアが破られた時点で既に失神寸前に陥るほど衝撃を受けていた。
王女は王妃の傍らに寄り添い、青ざめた表情で震えている。
「フリッカ。ここから奥へ行けるか?」
「……」
「フリッカ!」
アルズはフレデリカの両肩を掴み、乱暴に揺らす。
「……! ア、アルズ……」
フレデリカは目を見開き、放心状態から帰ってきた。パンをとられて野犬を追いかけた経験のあるフレデリカは、両親よりかは騒動に馴染みがある。埃まみれの路地裏で転んだことも、階段から落ちたことも、池に足を滑らせたこともあるし、野犬の反撃に遭いけたたましく吠えられたことも忘れられない。
その時、いつも真っ先に手を差し伸べてくれた人が、今も目の前に居る。フレデリカの震えが僅かに収まる。
「ここから奥へ行けるか?」
城の構造を知らないアルズは逃げ場を尋ねる。隠し通路の一つや二つはあるはずだと期待するが、フレデリカは首を横に振る。
「駄目……。控えの間があるだけ」
「逃げ場はないのか……。いざとなったら……」
控えの間に行き窓から外壁を降りていくかと口にしかけてやめる。四年前まで一緒に木登りしていたようなアルズとフレデリカなら二階の高さからも降りられるかもしれないが、国王や王妃に同じことができるとは限らない。
国王は動揺が酷く王妃も放心しており、広間から逃げだすことすら難しいように見える。
(俺達が先に降りて、国王様達を下で受け止める? 怪我をするかもしれないが、殺されるよりかはマシか?)
画家に過ぎないアルズには逃走手段を検討するだけの情報がなかった。仮に奥へ進めば、絶望していただろう。防衛上の理由から、窓は人が通れない大きさになっている。
フレデリカが涙を浮かべて震えるため、アルズは気休めを口にする。
「フリッカ、大丈夫だ。すぐに城内の兵士が駆けつけるはずだ」
段上では黄色く濁り始めた瞳を見開いたままの亡骸が倒れている。間違いなく王国でも有数の騎士だっただろう。その達人が抜いた剣を振るう間もなく一方的に殺害されている。
(くそっ。なんなんだ。悪い夢なら醒めてくれ!)
窮地を脱する術を思いつかないアルズは、段の下に降りていったシヴァに縋るしかない。
シヴァは兵士の死骸が散らばる広間をゆっくりと進み、相手を刺激しないであろう、剣の間合い外で対峙する。
シヴァとルイド、近い身長の二人は真正面から視線を重ねた。
炎のように逆立った赤毛の下で、獰猛な瞳が血の色を映しこんで怪しく光る。
シヴァは冷静を装うが、いつ殺されるか分からない恐怖があるため、喉が微かに震える。
「我が名はシヴァ・ノワール。フラダ王国の王太子だ」
「シエドアルマのルイド・ゴーエンだ」
王太子の誰何に異国の軍人が小馬鹿にしたような笑みを浮かべて応じた。ルイドはシエドアルマ皇国凱皇騎士隊に十二存在する隊の三番隊長だが、興味のない相手にそこまで説明する気はなかった。
いつでも殺せるという余裕の表れからルイドは刀の切っ先を下に向ける。王族に対する敬意によって構えを解いたわけではない。
「……俺が虜囚になる。王達には手を出さないでくれ」
交渉の余地があると判断したシヴァは、拳を震えさせながら苦渋の決断を漏らしたのだが、その降伏宣言は予期せぬ言葉で拒絶される。
「そうか。交渉決裂だ。フラダ王は我等の脅威を目の当たりにしてもなお、果敢にも俺に挑んできた」
「貴様ッ!」
ルイドが口元を歪めるのを見て、最初から交渉の余地がなかったことを悟ったシヴァは即座に踏み込みながら剣を抜く。白刃が鋭く煌めいた。権力で騎士団長になったと周りに言わせないよう、シヴァは鍛錬し続けている。才能に恵まれた剣の腕前は、熟練の騎士に匹敵する。
「ほう」
意表をつかれたルイドの眉が跳ねる。腰の剣は飾りだろうと王族を侮っていたが、当たれば、胴が二つに分かれる威力だろうと見てとる。完全に間合いの内側なので避ける暇はない。だがルイドは不敵な笑みを崩さない。
「精霊起動……」
小さく唱えた瞬間、刀が発光。ルイドの全身が青白い光の膜で覆われた。
シヴァは光に目がくらんだが構わずに剣を振る。
戛然とした音と共に、シヴァの剣が弾かれた。生身の人間を斬ったにしては不自然な音と手応えの謎を看破しようとシヴァは目を細める。
「なんだッ?!」
一歩下がったシヴァが見たのは、烏羽色の甲冑に両腕両脚を包まれたルイドの姿だった。胴体部は覆われていない。四肢にのみ、生身より一回りも二回りも大きな甲冑がある。竜の胴体を想わせる、歪で分厚く無骨な装甲だ。
胴を両断しようとしたシヴァの剣は甲冑のない箇所に当たったが、見えない魔力場によって難なく弾かれたのだ。
「正々堂々と決闘に応じろ、なんて言う甘ちゃんだったら首を刎ねていた。騎士の矜持を捨ててでも活路を見いだそうとしたお前に敬意を表して、この姿を見せた。これが世界を変える精霊武具だ。瞳に焼き付けて死ねェ」
「ぐっ……」
「シヴァ!」
背後からアルズの悲痛な声がしたため、シヴァは早く逃げるように促そうとした。だが声が出ない。口を開けば、声の代わりに大量の血があふれた。そのままシヴァの体はゆっくりと傾き、床に倒れる。シヴァは自分の身に何が起きたのかを知らない。
高い位置で俯瞰するアルズは見た。ルイドが刀でシヴァの胴を深く裂くところを。




