03
翌日。
魔法学院の教室にて。
まるで何事もなかったようにアンドルー王子が話しかけてきた。
「おはよう、リンジー。明日から学院は夏休みだ。
夏休みに、魔法学院の生徒が交代で『海の祠』の番をする伝統は知っているな」
「は、はい……」
「悪いが、今年はお前に頼みたいんだよ。
このクラスの皆は、避暑地で過ごしたり、サンタ・ヴェレ諸島でバカンスの予定があったりで忙しいんだ。
どうせお前は暇だろう?
祠の番は一人で頼むよ。いいなあ、海辺の小屋で一人優雅な休暇。
代わってやりたいくらいだが、俺も忙しくてな。
な、リンジー。頼んだぞ。『友達』だろ?」
一方的に言い捨て、去っていくアンドルー王子と、新婚約者のルシア。
教室に響く鈍い嘲笑。
アンヌマリーがおろおろしているけれど、アンヌマリーは確か夏休みに両親とサンタ・ヴェレで過ごす予定があったはず。
「何もしてあげられなくてごめんなさい」
そう言ってアンヌマリーは泣いていた。
彼女のせいじゃない。仕方ないんだ。私が『無能令嬢』だから。
王子の『いいお友達』とは、こういうことだ。受け入れなくちゃいけない……私は抗う術を持っていなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
レジュッシュ王国と、隣国サンドル国の海辺の国境近く。
真っ白な砂浜が続く、真珠海岸に『海の祠』はあった。
『海の祠』。
三百年前、このアラス大陸ランデルノ半島を魔物から救った『伝説の大魔女』エララを祀った祠。
その祠の周りのかがり火を、絶やさぬよう見張るのが王立魔法学院の生徒の夏の仕事なのだが……。
責務を押し付けられた私一人が、海岸の小さなコテージに泊まって日々火の番をこなしている。
正直、顔も見たくないと言われた両親から離れられたのは幸運だった。
アンヌマリーは時々サンタ・ヴェレ諸島から顔を出すと言ってくれたけれど、「一人になりたい」とその申し出を断った。
私は夏休みを一人で過ごすことにした。
毎日数回祠を見回り、かがり火が消えぬよう、燃料の魔石を足すだけ。
残りの時間は自由。
正直簡単な仕事だった。
真珠海岸はそれは見事な白い砂浜だったけれど、神聖な場所なので遊泳は禁止。
コテージで読書をするか、砂浜に腰掛け海を眺めて過ごすことが多かった。
ぼんやりと夕陽を眺めていると色々な想いが心を駆け巡る。
私は、どうして魔法が使えないんだろう。
それなのに、何故稀有な『虚級』の潜在能力があるといわれたんだろう。
平凡なC級、一番下等なD級能力であると判定されればよかったのに。
そうすれば、アンドルー王子と婚約せずに済んだだろう。
もっと目立たず、ひっそりと生きられたかもしれないのに。
波の音と共に、様々な後悔と苦しみが押し寄せる。
――陽が傾きつつある。
海の向こうに見える小島。
どこの国にも属さない、自由国境地帯に位置するサンタ・ヴェレ諸島。
観光地で、年中温暖な気候の平和な島々。
幼い頃、両親や兄達とあの島々を周るバカンス旅行をした。
あの頃の私は己の潜在能力を喜び、未来への希望に満ち溢れていた。
両親も、兄も、私を愛してくれていた……。
あの頃が懐かしい。
これから先、私はどう生きるのだろう。どうなるのだろう。
「未来が気になるか?」
背後から低い声がした。
慌てて振り返る。
ヒョロリとした背の高い、黒髪の男が立っていた。
二十代後半か、三十くらいだろうか。
黒いサラサラした髪を少し伸ばして後ろで結わえている。細長い面立ちに、無精髭。
錬金術師の好む、くすんだ紺色の旅装束。
サッシュベルトにぶらさがったいくつもの革製のポシェット。使い込まれた革のブーツ。
旅の錬金術師かな……?
とても厭世的な瞳をしているのが印象的な男だった。
「じゃあ、過去を知ったらどうだ?」
そういうと彼は大股で私に歩み寄ってきた。
「え!?なに?待っ……」
突然の出来事に恐怖心が沸き起こる。
しかし、彼の瞳に敵意はない。
混乱してすくみあがっている間に、彼の伸ばした手が私の額に軽く触れる。
すると、世界が暗転した。
「お前がこんなにしょげているとはな。もっと早く会いに来れば良かった」
男の声がゆっくりと小さくなって消えていく。
遠くなっていく意識。そして、よみがえってくる記憶。
私の記憶ではない。
『過去世』の記憶だ。
そして、私は思い出した。
自分が『何者』だったか。
(続く)
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