02
王都にあるハリンソン侯爵家邸宅。
学院の授業終了後、私は重い足を引きずって実家に帰宅した。
この後待っている地獄を想像すると、胃が痛かった。
そして、それは現実のものとなった。
「リンジー!あなたついに王子に婚約破棄されたんですって?」
「なんと嘆かわしい……!
この名門侯爵家の家名によくも泥を塗ってくれたものだ」
帰宅するなり、両親の罵倒が待っていた。
ハリンソン侯爵家当主、グレイ・ハリンソン侯爵お父様。
ハリンソン侯爵夫人、ミランダ・ハリンソンお母様。
レジュッシュ王国でも有数の名門貴族で、有能な魔法使い夫婦でもある。
そこに、いつも通り年の離れた兄も加勢。
私はずっと俯いて三人の罵倒を聞いていた。
ひたすら小声で謝るしか出来ない。
「お前が七歳の時だったか。
『神託授与の儀』で伝説の『虚級』の才能があると告げられ、どれだけ私たちは誇らしかったか!
なのにお前は、この十年間なにをしていた?
一切の魔法が使えない魔法使いなど聞いたこともない!」
お父様の罵声で鼓膜が破れそう……。
私は何も言葉を発さず、ただ彼らの怒りが収まるのを待っていた。それしか出来ないのだ。
「お前は一家の恥だよ、リンジー。
兄の俺の出世に悪影響を及ぼさないでくれよ」
家族揃っての罵倒は延々と続いた。
全員の悪態のボキャブラリーが尽きた頃、ソファでうなだれていたお母様が大きなため息をついた。
そして、いかにも煩わしそうに、立ち去るよう指示してきた。
「リンジー、いつまで陰気な顔をしてそこに立っているの?早く部屋に下がって。
もう、あなたの顔は見たくないわ」
お母様。いつもあなたはそう言って私を追い払いますね。
私は深々とお辞儀をして、踵を返した。
そして屋根裏の狭い自室に戻った。
「リンジーお嬢様、お食事ですよ」
ニヤついたメイドが入ってきて、机の上に食事の乗ったお盆を乱暴に置いた。
勢いでコップの水が溢れたけれど、メイドはそれを拭きもしないで部屋を出ていった。
冷めたスープ。古くなった硬いパン。少量のチーズと冷製肉。
これが名門ハリンソン侯爵家の令嬢の食事と聞いたら、誰もが驚くだろう。
だが、これが私の日常。
仕方ないのだ。
私は魔法使いの家系に生まれた。
そして、超希少能力と呼ばれる『虚級』の潜在能力を持ちながら、一切魔法が使えないのだから。
この魔法王国レジュッシュ王国では、全ての国民が七歳頃に神殿で『神託授与の儀』を受ける。
そこで魔法の才能が判明する。
魔法使いとしての未来が決まる。
地水火風の四大属性、そして、より高位の属性の光と闇。
その六種類の能力のうち、どれが幾つ使えるのか……それにより魔法使いランクが決まる。
私の兄は優秀で、四大属性の全て使えるA級魔法使いだ。
そして当然、潜在能力を発揮して、魔法を発動できる。
私は、超希少と呼ばれる『虚級』。
地水火風、光と闇、すべての属性の魔法が使える潜在能力持ち――のはずなのだが、肝心の魔法が発動できない。
幼少期から、どれだけ訓練を重ねても、魔法が使えない。
小さな火、風すら起こせない。
訓練をサボっていたわけではない。
魔法の勉強を怠ったわけでもない。
なのに、どれだけ努力を重ねても、上手く脳内で魔法回路が組めない。
魔法の発動も出来ない。
レジュッシュ王国の貴族に生まれながら、魔法が発動できないのは私だけ。
私と第二王子アンドルーの婚約は、七歳の時に親同士の話し合いで決まった。
稀有な『虚級』魔法使いが王家に嫁げば、国家のさらなる繁栄につながるだろうと、大きな期待をかけられていた。
わけもわからぬまま私はアンドルーと婚約し、学院でも共に過ごしたけれど……。
魔術が使えない私は、学院一の劣等生。
一方王子のアンドルーはA級の四大属性魔法の使い手だ。
私の家柄は申し分なくても、魔法使いとしての腕が『無能』ではつり合うわけがない。
いつからか、アンドルー王子は婚約者の私を恥じて、うとましがるようになった。
周囲の取り巻きにはからかうように仕向け、学校行事の都度面倒事を押し付け、あたふたする私を笑い者にした。
実技の授業では何も出来ない私を野次る。
クラスメイトにからかうように仕向ける。
私はだんだんと笑顔を失っていった。
今では、目立つ高い背すら恥じて猫背気味に歩き、とにかく目立たぬよう学院生活を送っている。
友達はアンヌマリー以外ゼロ。
座学の授業ではそれなりに良い成績なのに、実技授業では毎回0点だ。
だって、魔法が使えないんだからね。
学院の教員達からは『劣等生』と呼ばれ、他の生徒の前で延々と叱られるのが日常茶飯事。
実家の屋敷でも使用人に軽く見られている。
最低限の世話しか受けられない。
家事など、頼んだことは放置される。
両親からは邪魔がられ、屋敷の狭い屋根裏に押し込められた。
冬は寒くて夏は熱い、天井の低い屋根裏部屋が私の部屋。
侯爵家令嬢に生まれたのに、なんとつまらない、なんと恥ずべき人生なんだろう。
親友のアンヌマリー以外、味方は一人もいない。
彼女がいたからくじけずにやってこれたけど……王子からの婚約破棄で、私は全てを失った。
いや、もともと何も持っていなかったんだけれどね。
私は部屋の鏡を覗く。
青みがかった銀髪、灰色の瞳、細身で長身の女がそこにいる。
人並みに整った顔立ちだけれど、とても暗い表情の『無能令嬢』だ。
こんな私の未来が、明るいわけがない。
(続く)
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