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06 今までは




 仕事の昼休みがやってきた。

 私はカトリナ、ディートと共に、いつも通り昼食を広げ、喋りながらゆっくり過ごしていた。


「ミア、どうなの? どこまで進展したのよ? 彼氏とは!」

「⋯⋯彼氏、と⋯⋯っ」

「⋯⋯それは彼氏っていう単語に照れてるの? それとも内容がディープで言えないのかしら?」


 突然投げかけられた質問に、私は慌てて口に含んだ食べ物を飲み込んだ。


「おい、やめろよ。カトリナ」

「ディート黙って。ミア、別に無理強いしてる訳じゃないわ」


 私はリアムとのことを思い出して、頭から湯気が出そうなまま、小さく口を開く。


「え、と、手を繋いで」

「それは知ってるわ」

「え?」


 なぜ知ってるのか。私の疑問は無視されて、次を催促される。


「一緒に大通りを歩いて、ご飯食べて⋯⋯⋯⋯はい」


 次第に小さくなっていく私の声を、じっと聞いていたカトリナは、むずむずと唇を動かして、すぅ、と息を吸い込んだ。


「何歳なのよ! あんたたちは!」

「ひぇ」

「十歳でもそんなことできるわ!」

「カトリナ、ミアたちにも自分のペースってもんがあるだろ」


 どうどう、と暴れ馬を落ち着けるように、ディートがカトリナを宥める。


「あ⋯⋯でも」

「でも?」

「ちょっとだけ、抱き締められるような感じにはなったかも」


 その時に感じた腕の熱を思い出しながら口にすれば、カトリナが、ぱぁっ、と顔を輝かせた。


「あの男もそんなことができるのね!」

「い、いや。抱き締められるっていうか、転びそうになった所を助けられたんだけど」

「そう。ま、いいわ。これからよね」


 どうやら、満足してくれたらしい。

 カトリナは自分の昼食を一口含んで、そうだ、と私に視線を向ける。


「お昼は彼と一緒にいなくていいの? お互い仕事があるし、会える機会は多い方が良いんでしょ?」

「ぁ⋯⋯お昼はリアムさん、忙しそうだから。邪魔しちゃ悪いし」

「ふーん? こっちも同じ騎士なのに、どういう違いなのかしら」


 チラリとカトリナに向けられた視線に気づいたディートは大口でパンを齧るのを止めて、不愉快そうに息を吐く。


「俺が仕事してないような言い方だな」

「ただ疑問を言っただけじゃない」

「別に俺も仕事はしてるさ。良い感じの所で切り上げて休憩してるだけだよ。あと、余分な仕事は引き受けてない」

「上手く手を抜いてるってこと?」

「手ぇ抜いてる訳じゃねぇよ」


 舌打ちでもしそうなディートに、カトリナがクスクスと笑って、二人のやり取りを見守っていた私の髪を撫でた。


「じゃあミア、また進展報告を期待してるわ」

「うん⋯⋯」


 鐘が鳴る。もうすぐ仕事だ。

 私はお昼の残りを口に入れて、包みを綺麗に畳むと立ち上がった。


「⋯⋯ミア?」


 ディートが背中越しに声をかけてくる。


「足、どうかしたのか。さっきも話の中で転びかけたと言ってたが。足捻ったのか?」


 鋭い。足の感覚が鈍く、転ばないよう注意を払った私の歩みは、しかし決して不自然なものではなかったはずだ。

 気づかれたのなら仕方ない。嘘をついてでも誤魔化すしかない。


「うん、ちょっとだけ痛くて。でも、すぐ治ると思う。大丈夫だよ」

「全く⋯⋯たまに抜けてるんだよなぁ。気を付けろよ」

「ん、ありがとう」


 私はディートに礼を言って、カトリナの後を追いかける。


「⋯⋯」


 ディートが心配そうな目で私の背を追っていたが、私はその視線に気づくことはなかった。





 ────




 キン、ガキン、と金属の音が響く。

 赤と青の対極の色を纏った剣が火花を散らしそうな勢いでぶつかった。


「何だ? ディートのやつ、午後の訓練、いつになく真剣じゃねぇか」

「何かあったのかー?」


 横からかけられる声も気にせず、ディートはリアムに向かって剣を振るった。リアムの青い剣がギリギリで赤い剣の軌道を反らす。


 二人が剣を合わせ始めたのは少し前、ディートが突然、今日は俺とやろう、とリアムに申し出た。

 ディートとリアムは同期だが、日常的に言葉を交わすほど仲良くは無い。組分けがあれば共に訓練することはあっても、名指しで訓練することは初めてだ。


 しばらく打ち合っていると、珍しい、と二人を見ていた騎士たちも自分の訓練へと戻っていく。

 周りに人がいなくなったのを見計らって、ディートは一度、リアムの剣を弾いた。

 二人の間に距離が空く。


「なぁ、リアム。ミアと付き合ってるんだろ?」


 突然の質問にリアムは、ディートを訝しみながら肯定を返す。


「ミアは本気だ。だが、お前は本気で付き合ってるのか?」


 どうなんだよ、と、静かに言葉を発したディートの顔は、リアムが見たことも無い真剣なものだった。




 ──本気で付き合ってるのか。


 三十日の期間限定の恋人だ。

 リアムはリアムの目的のために、ミアを利用している。

 本気だなんて言えなかった。



 今までは。


 リアムが声をかける度、微笑む口元。

 ころころとよく感情を映す瞳。

 リアムのぶっきらぼうな行動に言葉に、嬉しい、幸せだ、と度々言ってくれるミアを、どうして好きにならずにいられようか。



「⋯⋯本気だ。俺は彼女を好いている」


 ガキン、と剣がぶつかった。ディートが剣撃を繰り出しながら、見定めるような目でリアムを観察する。


「ディート、そう言うお前は彼女の何だ?」


 無表情を崩してディートを睨んだリアムに、ディートは、ほう、と驚いた顔をした。


「リアム⋯⋯お前そんな表情もできるんだな」


 ディートは満足したように、にやり、と笑って剣を収める。


「ミアの兄貴分だよ。実際の関係は従妹な。ま、とりあえずはお前のこと信用してやるよ」


 仲良くやろうぜ、と肩を叩いてきたディートを、リアムは意味が分からない生き物を見るような目で追った。


「んな目で見るなよ。ちょっと本音を聞きたかっただけだって」


 軽口を叩くように言って、ディートは声色を落とす。


「本気で付き合ってるならさ、あいつのこと頼むよ。元々無理しやすいんだ。何でも抱え込もうとする」

「⋯⋯ああ」


 ディートはリアムの答えに安心したように笑顔になると、バシバシとリアムの背を叩いた。


「ミアを泣かせたら覚悟しておくんだな! ミアには俺よりずうっと怖い姉貴分がいるぜ?」








「ふぁっくしょん!」


 うー、と鼻の頭を擦るカトリナに私は心配気な視線を向ける。


「あー、品の無いくしゃみしちゃったわ」

「風邪? 大丈夫?」

「大丈夫、大丈夫。どこかで誰かが私の悪口言ってる気がする」


 拳を握りしめるカトリナを見て、私は苦笑いを溢した。




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