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03 恋人でも片想い




「それで、どうなったの? ミアのその機嫌の良さを見れば分かるけど⋯⋯」


 よくぞ聞いてくれた! と私はカトリナにとびきりの笑顔を向けた。

 朝からずっとカトリナと話したかったが、さすがに公私の分別はついている。午前の仕事中はずっと我慢していたのだ。

 昼休憩にいつもの木陰に座ると、止めていた息を吐くように口から言葉が滑り出た。




「へぇ! 良かったじゃない! おめでとう!」


 説明すると、カトリナは自分のことのように喜び、私の頭をわしゃわしゃと撫でる。

 朝一生懸命整えてきたピンクブラウンの髪が乱れて、私は、やめてよ、と口では言いながらも嬉しさに頬を緩ませた。

 幼い頃からの友人に祝福されるのは素直に嬉しい。


「でもブランシュ卿が告白を受け入れたのね。簡単に受け入れるとは思えなかったけど」


 不思議そうに口に出すカトリナに、私はギクリと固まりそうになる身体を何とか滑らかに動かして、昼食のサンドイッチを飲み込んだ。

 三十日の期間は話していないのだ。


「えと、そうだね。私が我が儘を言ったようだったんだけど」

「ふぅん。まぁ、過程じゃなくて、結果が重要よ! ブランシュ卿には勿体ない可愛い子だもの。断ったら殴りたくなってたかもしれないわ」


 カトリナがフォークを持っていない方の手で拳を握って付き出した。

 その勢いがあまりにも良くて、私は苦笑いを溢す。

 可愛い子、などと言うのも身内贔屓だが、訂正するのもやめておいた。


「お疲れー。丁度昼休憩か?」

「ディート」


 昔馴染みのもう一人、ディートが昼食を手に顔を出す。

 伸びてきた赤毛を鬱陶しそうに払って、木陰にどかり、と腰を下ろした。

 よく見れば黒の軍服が所々汚れている。騎士団は今日は昼前に訓練があったようだ。


「聞いてよ、ディート。なんと、ついにミアがブランシュ卿に告白して、恋人になったのよ!」

「ええ!? 本当か!?」

「う、うん⋯⋯」


 ディートのあまりの驚きように私の方が驚いている。

 ディートはへー、とか、ほう、とか、ふーん、とか言葉にならない声を発していたが、私の方をじっと見つめて頷いた。


「あのリアム・ブランシュがねぇ」

「あのって何」

「氷の騎士、リアムだよ。無口、無表情、無愛想。女は優しくて、一途で、王子様みたいな男が良いんだろ?」

「⋯⋯ブランシュ卿も優しいよ」


 ディートの散々な言い方に、私が、むっとして答えれば、ディートとカトリナが、にやにやと私を見つめていた。


「⋯⋯何」

「いや、別に?」


 とても楽しそうだ。私はそれ以上追及するのを止め、サンドイッチの残りの一欠片を頬張った。

 パンがふわふわで、卵とサラダ、肉のバランスの取れた味が美味しい。



「めでたく付き合った訳だけど、ミアはブランシュ卿と何したいの?」


 カトリナからふいに投げ掛けられた質問に、私は考えを巡らせる。


「何って⋯⋯? 一緒に美味しいもの食べたり、観劇や花を見に行ったり、え、えと、手を、繋いだり⋯⋯」


 最後の方は消えるように小さな声だった。

 想像するだけでも、恥ずかしさが込み上げてくる。


「随分慎ましい願いなのね。もっとキスだったり、身体を──むぐっ」

「お前に慎みってもんはねぇのか!」


 ディートがカトリナの口を塞いで叫んだ。


 キス⋯⋯。口づけ。リアムと?

 ずっと片想いしてきた分、リアムの顔はすぐに頭に浮かぶ。

 その唇を想像して、私は顔だけでなく、全身が火照るような心地になった。


「⋯⋯~~!」

「おい、大丈夫か、息しろ」

「だいじょばない⋯⋯」


 まったく、子供ねぇ、と。カトリナが呆れたように私の顔を手で扇ぐ。

 年は一つしか変わらないのに、この余裕の違いはなんなのだろう。


 火照りが収まってきた頃、ゴーン、と鐘が鳴った。

 休憩ももう終わりだ。


 制服の裾を整えて立ち上がった私に、ディートが、そう言えば、と声をかけた。


「父さんと母さんが、ミアに会いたがってる。また近い内に顔を出してやれよ」

「あー、うん」

「何だ。気の無い返事だな」


 私は曖昧な笑みを浮かべた。

 両親が死んで以来、ディートの父と母、私にとっての叔父と叔母は特に私のことを気遣ってくれる。

 父が持っていた爵位は、分家だった叔父に渡ったが、一緒に住もうと言ってくれた。だか、私はその言葉を断り、寮暮らしをしている。


 この職場では寮暮らしも珍しいものではない。

 叔父家族と私の家族はかなり仲が良く、今でも気にかけてくれるのだが、私はその態度にどう接すれば良いのかよく分からなかった。


「ま、無理しないでいいさ。気が向いたら教えてくれ」

「うん」


 ディートのこういう無理強いしない所が好きだ。

 私は短く返事をして、カトリナとともに仕事に戻った。




 ────




 書類仕事が終わり、私はぐっと伸びをした。

 肩が怠い。ずっと同じ姿勢でいたからか、はたまた病のせいか。

 同じく仕事が終わったカトリナは、直ぐ様帰る支度を進めている。


「お疲れ様⋯⋯」

「お疲れ様! ブランシュ卿に会いに行くんでしょ? そんな疲れた顔してちゃ駄目よ!」

「うん。ありがとう」


 にこり、笑顔を浮かべると、カトリナは満足したように手を振って帰って行った。


「今日も日勤のはず⋯⋯」


 騎士団共通の勤務表を見てきたから間違いない。

 私はまた門の側でリアムを待つことにした。

 少しでも会話をしたかったからだ。今日一日、一回も姿を見かけてない。


 今日は日が沈んでも、リアムは出てこなかった。


「ミアちゃん? 誰か待ってるのか?」


 壮年の騎士が声をかけてくる。

 書類を届けに行くときによく話す、騎士の中では偉い立場の男性だ。


「あ、お疲れ様です⋯⋯。ブランシュ卿を⋯⋯」

「へえ? リアムか。あいつ今日は特別仕事を抱え込んでたが⋯⋯。待ってても何時になるか分からんぞ」

「そうですか⋯⋯」


 肩を落とした私に、目の前の騎士はがりがりと頭の後ろを掻いた。


「あー、呼んでこようか? 待ってるって言ったら来るだろ」

「あ、いえ! 大丈夫です!」

「そうか?」


 ふむ、と頷いて、騎士は、遅くならない内に帰れよ、と私の肩を叩く。私は笑顔で礼を言って、騎士の後ろ姿を見送った。



 会いたいと思ってたけど、仕事が理由なら仕方がない。



 残念な気持ちを心の底に押し込めて、私は一つだけ灯りのついている部屋を見つめた。


 しばらく待ってもリアムが出てくることは無く、足取り重く、家に帰った。

 風呂に入り、軽い身支度をして布団に倒れ込めば、丁度日付が変わった頃だ。



 明日は会えるように、と願って目を閉じた私は、夕食を食べていないことにも気づいていなかった。



 

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