02 告白
片想い相手のリアム・ブランシュは魔法騎士だ。
魔法を扱う能力のある貴重な人材であり、魔法を国のために役立てる、誇り高き騎士。
人間誰しも魔力は持っているが、魔法を扱える者は殆どいない。
ただでさえ魔法士は憧れの的なのに、肉体をも鍛え上げ、魔法と、魔力を付与した剣で戦う魔法騎士は、それはとてつもない人気があった。
リアムも職業と、見た目だけならば人気だ。
女性から引く手あまただろう。
サラサラの深い茶色の髪、すっと通った鼻筋、均整の取れた体つき。
しかし、それを打ち消して余りある欠点があった。
無口で無表情。とにかく怖い、と。
リアムを知る女性からは氷の騎士だとか、観賞用だとか言われている。
そんな話に関係なく、私は二年もの間、彼に片想いをしていた。
私の仕事は魔法騎士団の、受付事務だ。
ここで仕事をし始めたのは偶然だったけれど、今は本当に神に感謝している。何かと手続きの時に、リアムと言葉を交わすことができるのだ。
今までは事務的な会話以外したことは無いがこれからは違う。
奇病の宣告を受けて二日後、仕事を終えて片付けた私は、よし! と拳を握った。
「ミアー? どうしたの? もう帰るでしょ?」
「ううん。私にはまだ大事な仕事があるの」
後ろから声をかけられ、私はすぐに振り返った。
大事な仕事? と同僚で昔馴染みでもあるカトリナが、不思議そうな顔をする。
ぷるぷると震えながら、緊張でぎこちない笑顔を作る私に気づいて、カトリナが、ははーん、と目を細めた。
「ついにブランシュ卿に告白するのね! どういう心境の変化なの? この間まで、できないーとか言ってた子が! 休みの間に何かあったの?」
「い、いや。いい加減に、勇気を出そうと思って⋯⋯」
「良かったわ。あの男のどこが良いのか私には分からないけど、なかなか告白しないミアを見てて、こっちまでモヤモヤしてたの!」
モヤモヤするだろう。恋をしたその日から二年も、私のリアムへの恋心と、告白しようとしてもできない愚痴を散々聞いてきたのだ。
カトリナは私の前髪を軽く整えて、ぎゅっと手を握る。
「応援してるわ! 頑張って!」
短い言葉で私を勇気づけると、邪魔物は退散、とでも言いたげに帰っていった。
「ふぅ」
逸る鼓動を押さえ、息を吐く。
今日はリアムは日勤だ。門近くで待っていればその内現れるだろう。
断じてストーカーではない。想い人の仕事の時間くらい知っていて当然だ。
制服のシワを整え、先ほどカトリナに整えてもらったばかりの前髪を度々確認する。
時々かけられる「ミアちゃん、お疲れー!」という退勤する騎士の声に、会釈と緊張からひきつった笑顔で返しながら、私は彼をずっと待っていた。
リアムが出てきたのは太陽の姿がギリギリ残る、遅い時間だった。
良かった。一人だ。
ほっとしている間にも、彼は長い足で私の前を通り過ぎようとしている。
私は心の準備も何もなく、引き留めたい一心で口を開いていた。
「あの! ブランシュ卿!」
「⋯⋯?」
彼の足が止まり、ゆっくりと振り返った。
好きな人に、自分だけ見つめられていると思うと、さらに頬に熱が集まる。
「と、突然ですが、貴方のことが好きです⋯⋯! 付き合ってください」
リアムは冷たい無表情に、ほんの少しの戸惑いをのせて、口を開く。
「⋯⋯フォルスターさん⋯⋯だったか」
「は、はい! ミア・フォルスターです」
純粋に名前を覚えてくれていたことが嬉しかった。自然に口許に笑みが浮かぶ。
「悪いが、俺は誰かと付き合う気はない」
言われた言葉に一気に水を浴びせられたようだった。
二年の片想いはこんなにも呆気ないのか。
いや、諦めきれない。
背を向けるリアムに、私は思わずその軍服を掴んでいた。
「三十日だけで良いんです。ブランシュ卿⋯⋯舞踏会のパートナー決めで悩んでましたよね? 舞踏会で両親にパートナーを紹介しなければ、家の決めた者と見合いをさせられる、と」
書類を届けに行く際に聞いてしまった話だが、以前の勇気の無い私は、それを聞いてもどうすることもできなかった。
だが、それを口実にでも恋人になれれば。
「期間限定のお付き合いです。必ず三十日後⋯⋯舞踏会の次の日には別れます。私は少しでも貴方との思い出が得たい。貴方は両親に一時的な恋人を紹介して、見合い話を無くしたい。お互いに良いと思いませんか?」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
長い沈黙だった。
一分が一時間にも感じられる中でようやくリアムが口を開く。
「⋯⋯君は、それで良いのか」
やっぱり、優しい人だ。
「はい。⋯⋯ブランシュ卿。受けていただけるということですか?」
「⋯⋯ああ」
「ぃやったぁあ!」
「三十日だけだ」
どうやら私の心の声が漏れていたらしい。
ゴホン、と咳払いをして、宙に舞いそうな心を宥めた。
「もちろんです。よろしくお願いしますね」
満面の笑みで顔を向ければ、リアムの無表情が少しだけ緩んだ、気がする。
「⋯⋯家は」
「寮暮らしなんです。騎士団の方とは別の建物ですが、敷地内です」
暗いため送ろうとしてくれたのだろう。
小さな心遣いも嬉しくて、心臓が高鳴る。
にやにやと上がってしまう口角を何とか上品な範囲に落ち着けて、私はリアムに手を振った。
「ありがとうございます。仕事、お疲れ様でした。また明日」
「⋯⋯ああ」
短く返される言葉にも不満は無い。
最高の一日だ。
嬉しさのあまり早く布団に抱きつきたい。
こうして、私とリアムの三十日の恋人生活が始まった。
私は僅かに動きの鈍った指を見つめる。
徐々に感覚が失くなっていっても、運命の赤い糸は仕事をしているのかもしれない、なんて思いながら。