10 触れた唇
「わぁ! すごい⋯⋯!」
私は目の前の景色に、思わず声を上げた。
いつも通り手を握って、リアムに連れられたのは大通りが下に見える高台だった。
灯りの道がずっと奥まで広がっているよう。
店先に飾られた揃いのランタンは集まるとこんなにも綺麗なのか。
暗闇の中に淡い光の粒が映えていた。
「少し高い所に登るだけで見えかたが違うだろう」
「はい。すごく、綺麗⋯⋯」
うっとりと目を細める。
幸いにも視覚は問題無いため、遠くの方までよく見える。
この場所はあまり知られていないのか、私たち以外に人はいなかった。
この素晴らしい景色を二人じめ、というわけだ。
「ミア。⋯⋯この四日間は、俺を避けていたのか?」
ドキドキと心臓が騒ぎだした。
もう、心の内全てを言ってしまいたい、とも思う。
私はゆっくりと息を吸い込んで、口を開いた。
「ごめんなさい。正直に言えば、リアムさんを避けてました。少し、悩んでいて⋯⋯リアムさんに、どんな顔をして会えば良いか分からなかったんです」
息継ぎをする。リアムは私に視線を合わせたまま、じっと私の声に耳を傾けていた。
「歌劇の後、歌姫役の女性の方から、婚約の話が出たときに、ちょっと思う所があって、それからよく考えていたんです。三十日の期間限定の相手である私ではなく、リアムさんは他の女性との時間を過ごした方が良いのではないかと」
リアムの眉がぴくりと動いた。何か言いたいことがあるらしい。だが、私はすぐに口を開くことで押し止める。
「家でのお見合いをしたくないのなら、リアムさんにも結婚をしたくない理由があるのかもしれません。でも、リアムさんはブランシュ家の跡取りです。結婚をしない訳にはいきませんよね? もう真剣に将来を考える相手と付き合った方が良いはずです。舞踏会でパートナーとして、紹介するのは私ではなく、きちんとした相手と⋯⋯」
私は何を言っているのか。
これで、リアムとの思い出を最後にするつもり?
不安ばかりが心を占める。
こんなこと言いたいわけではないのに。
俯いていた私の頬が何かによって持ち上げられた。
急に変わった視界と伸ばされたリアムの手。
無理矢理に合わせられた視線のせいで、私はリアムの真剣な瞳に射貫かれた。
「ミアはもう俺のことを好きではないと?」
「そんなわけない! ずっと、変わらず好きです⋯⋯!」
「なら問題ない」
「え?」
慌てて答えた言葉に対する、リアムの声に私は間抜けな声を返す。
問題ない、とは。
「俺も、お前のことが好きだ。ミア」
ちゅ、と音を立てて、握っていた手に口づけが落とされた。
「え⋯⋯ぁ、」
軍服姿で、絵本の中のお姫様にするような優しいキス。
突然現れた視界の暴力に、身体の底から熱が沸き上がるようだった。
「舞踏会でもパートナーとして、俺の隣にいてほしい」
頭が回らない。リアムが私のことを好き⋯⋯?
いつから。どうして。
全身の血が沸騰しそう。
柔らかな表情で私を見つめるのに。
「返事は⋯⋯どうだろうか」
不安そうな眼差しも見せるから──。
私はこくりと頷いていた。
「⋯⋯もう避けないでほしい。不安な思いは散々だ」
リアムは今までの不安を全て吐き出すように、長いため息を吐く。
「⋯⋯ごめんなさい」
「ああ。これからは何かあっても話してくれ」
それだけ言うと、リアムは空気を変えるように、ふっ、と微笑んで、瞳に悪戯な光をのせた。
「⋯⋯ずっと聞きたかったんだが、ミアは俺のどこが良かったんだ?」
「え⋯⋯!」
それは、今この場でもう一度告白しろ、ということだろうか。
リアムの好きな所はいくらでも言うことができるが、改めて言うとなると少しだけ緊張する。
「⋯⋯あの、リアムさんは覚えてないかもしれないですけど、私を助けてくれたんです」
リアムの空色の瞳が瞬く。
私が仕事を始めて数日も経っていなかった頃。
私と私の両親は、大きな事故に巻き込まれた。
天災とも呼ばれる局所的な魔力災害だ。
天災には、魔力磁場が変化することで起こる竜巻や発火、大雨などがある。私が巻き込まれたのは長時間停滞する竜巻だった。
両親の場所も分からず、視界が悪い中、何とか這って抜け出そうとしていた時、空が割れたかと思った。
魔力付与した青い剣の一振で竜巻を払い、私を助け出したのがリアム・ブランシュという魔法騎士だった。
『⋯⋯無事か!? 怪我は』
『⋯⋯ぁ、大、丈夫です⋯⋯』
恐怖のせいで上手く話せない私の前に、彼はしゃがみこんで、震える手を握ってくれた。
『⋯⋯怖かっただろう。もう、大丈夫だ』
その優しい言葉に私は救われた。助けてくれた魔法騎士が同じ職場にいることを知って、私の目は自然にリアムを追いかけていた。
そして、優しい人だということを知った。
無口で無表情だから他人に分かり難いだけなのだ。
恋人の振りをし始めて、笑いかけてくれるようになって、さらに好きが募っていった。
「⋯⋯出会ったときのことは、覚えていないな」
当たり前だと思う。リアムにとって私は救助するべき大勢の中の一人だったし、交わした会話は極僅かだった。
当時のことを思い浮かべて、私は自然な笑みを浮かべた。間違いなく、あの時のリアムは私の騎士だったのだ。
ひとしきり話終えて、ぼうっと大通りに向けていた視線を、リアムに向けた。
「あ⋯⋯」
暗くなった中でも分かる朱色。
先程までの悪戯気な瞳は影を潜め、私の告白に耳まで赤く染めていた。
「リアムさん、照れてますか? 頬が赤いです」
自分の頬を、つん、と突つき、指摘すれば、次の瞬間、私はリアムに抱き締められていた。
「⋯⋯こうすれば見えないか?」
背中まで、ぎゅう、と強く手を回されて、私の顔はリアムの胸に埋まっている。
「リアムさ⋯⋯」
「──俺もミアの優しい所が好きだ」
耳元で低く囁かれて、私の声は続かなかった。
「感情を映してきらきら輝いてる瞳も」
そっと、壊れ物に触れるように、リアムの手が瞼に触れる。
「遠くからでも分かるこの髪色も」
ピンクブラウンの毛先に触れる。
「少しそそっかしくて、目が離せない所も」
リアムの触れた先全てに火が灯ったように熱い。
でも、それよりも。リアムの私を見つめる瞳が、熱くて。
「よく笑い、俺を呼ぶ口元も」
手が、唇に、触れた。
私は何も言うことができない。
「⋯⋯語りきれない。お前の全てが愛しく思える」
互いの頬は真っ赤だった。
じわじわと、温かい感情が浮かんでくる。
好きな人に、好きだと言ってもらえるのは、なんて幸せなんだろう。
リアムが私の唇をなぞって、何かに耐えるように、ぐ、と眉をしかめる。
「ミア⋯⋯口づけの許しを」
「⋯⋯はい」
気づけば私は頷いていた。
リアムの顔がゆっくり近づく。
私は瞼を閉じて、彼の唇を待った。
ちゅ、とぼやけた耳にも小さな音が聞こえて、キスされたことが分かる。
「ミア⋯⋯? なぜ泣いているんだ?」
目を開ける。
私は自分が涙を流していることにも気づかなかった。
「⋯⋯⋯⋯すごく、幸せで」
言うが早いか、もう一度、強くリアムに抱き締められた。
私は静かに涙を流す。
幸せ。きっと人生で一番の幸せだ。
涙が溢れてくる。
諦めていたはずなのに、未練が涙を伝って溢れてくる。
今さら死にたくないだんて、どうかしている。
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