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第一話:敗残兵

 城門が開いた。

 隣国との戦いで負けた敗残兵が戻ってきたのだ。


 みな足取りが重い。

 着ている甲冑がボロボロだ。

 生き残った兵士たちの家族が次々と集まってくる。


 自分たちのほうから無理矢理攻め込んだくせに、負けて帰って来るなんてとあたしはしらけた気分で敗残兵たちを眺めていた。

 どうやら大敗したらしい。


 隣の国が逆に攻め込んでくるかもしれない。

 そうなっても自業自得じゃないの。


 あたしは社会の最下層に生まれた。

 仕事は、ネズミなどの害獣の駆除や死体の埋葬、家畜の糞尿処理など人の嫌がるものばかりだ。

 身分制度はがっちり固定されていて、上の階層に這い上がることなんてありえない。


 今回の戦争もあたしには何の関係もない。

 貴族同士で戦っていただけだ。

 

 敗残兵たちを見ていると、その中に見覚えのある兵士を見つけた。

 たしか大金持ちの貴族出身だったな。

 教会の礼拝では、よく一番前に座っていたものだ。


 あれは去年だったか。

 あたしが路上で家畜の糞が入った桶を積んだ荷車を一人で引っ張っていたら、突然、馬に乗った四人の若い連中に取り囲まれた。


 全員、上等な服を着て、腰には剣を差している。

 こいつらは貴族のドラ息子だ。


「おい、臭いな」

「汚物運びかよ。けっこうかわいい娘なのに」

「相手が若い娘でもクソの匂いを漂わせてちゃ、抱く気にもなれないな」


 さんざん馬鹿にしやがった。

 腹が立ったので、思わず腰のベルトに差している仕事用のナイフを振り回してやろうかと思ったが、相手は貴族なんで仕方がなく黙って我慢していると、一人が荷車から桶を蹴落として中身をぶちまけやがった。


 糞まみれになって、無様に地面へ転ぶあたしをあざ笑って、そいつらは馬を走らせて去って行く。

 おまけに桶が割れて壊れてしまった。


「ちきしょう!」と思っていたら、一人だけ馬から降りて、汚物まみれのあたしの手を握って助け起こしてくれた。貴族があたしみたいな下層階級の人間に自ら触れてくるなんて、滅多にないことだ。

 そのうえ話かけてきた。


「ごめんね、そんなに悪い奴らじゃないんだけどな。ちょっとふざけただけなんだよ」

「……ありがとう、起こしてくれて」

「君の名前は」

「レーナ」

「僕はジョヴァンニ。これ、壊れた桶代だ。これで許してくれないか」


 貴族階級の人間を目の前にして緊張しているあたしにお金を握らせると、ジョヴァンニと名乗った若い貴族は、

「じゃあ、レーナ。仕事頑張ってね」と笑顔でまた馬に乗ってその場を去っていった。

 その横顔は髪の毛はきれいな金髪で鼻筋が通っていて、なかなかの美男子だった。


 目の前をよろよろと歩いていく、この兵士はそのとき助け起こしてくれた貴族の若者、ジョヴァンニじゃないかしら。確か、戦場へ軍隊が出発するとき、立派な銀色の甲冑を着て、先頭の馬に乗って剣を掲げていた。

 見送りに集まっていた大勢の町の人から大声援を受けていた。


 あの時はかっこよかったけど。


 今は、憔悴しきって、すっかり疲れた顔をしている。

 ジョヴァンニが路上に倒れた。

 周りの兵士は誰も助けようとしない。


 思わず近づくと、

「……水がほしい」と頼まれた。


 あたしは持っていた水筒の水をやる。

 水を飲んで、少し元気が出たのかジョヴァンニはよろつきながらも、なんとか立ち上がった。


「すまないね……」

「大丈夫」

「うん、何とか……ああ、君とは前に会ったことがあるね。確かレーナだっけ」


 貴族にしては珍しい。

 あたしの顔を覚えていた。

 しかも名前まで。

 貴族はあたしら下層民のことは人間扱いしてないもんだけどな。


 その時、いきなりあたしは背中を突き飛ばされた。

「私たちの息子に触るな、この不潔な下賤の者が!」

 あたしを罵ると両親らしき人物がジョヴァンニを支えながら連れて行った。


 何だよ、助けてあげたっていうのに。

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