理由8 不埒者だから
食堂の出口で、アシャード侯爵閣下がそこへ入ってこようとする者に軽く頭を下げて歩き去った。
アシャード侯爵閣下に頭を下げられた紳士はカツカツと靴の音をさせて入ってきた。靴の音だけで野次馬たちは静まった。
ライジーノと同じ髪色同じ瞳の美丈夫紳士だ。だが、冷徹な感じがする。
「連れて行け」
その美丈夫が指示をすると、美丈夫の後ろにいた執事服を着た者三人が前に出て、椅子にへたり込んでいたライジーノを連れ去っていく。ライジーノは一言も発することなく抵抗もせず従った。
それはその紳士の腕力ではない強さを表すもので、周りの者たちがブルッと震えた。
ライジーノが食堂から連れ去られていくのを誰もが黙って見送る。
「宰相、彼はどうなるのだ?」
ライジーノの退室とともに口を開いたのはアドムである。
その美丈夫紳士は宰相閣下であり、ライジーノの父親モリト公爵閣下だ。
「不埒者ですよ? 人として欠陥品ですからね、機械的な仕事をさせます。王城の一室を使わせますが、陛下から許可はいただけております」
ライジーノが計算力だけは特出していることは、モリト公爵閣下は知っている。
「ジゼーヌ嬢。迷惑をかけましたね」
モリト公爵が打って変わって優しい笑顔を向けた。
「いえ、わたくしも我儘を言い、申し訳ございません」
ジゼーヌが頭を下げる。
「頭を上げてください。悪いのは君ではないのだから」
モリト公爵は苦笑いだ。ジゼーヌも自嘲した笑みで頭を上げた。
「君の父上とも話をしていますが、貴女の卒業後の希望先は図書館司書だそうですね」
ジゼーヌは驚嘆した。確かにジゼーヌの夢であったが、ライジーノとの婚約で諦めていた夢なのだ。ライジーノは宰相補佐官になる予定であったので、領地経営を込みで、それを支えることになっていた。
「私の弟が国立図書館の館長をしているのですよ。ご存知ありませんでしたか?」
ジゼーヌは喜びを隠さず目をキラキラさせた。
「館長たる弟が、卒業をお待ちしていると言っておりました。まあ、よかったら、その前に一度行ってやってください」
「はいっ!」
ジゼーヌは手を胸の前で組み、祈るように返事をした。モリト公爵閣下は、もう一度ジゼーヌを優しく見つめた。
「貴女を娘にできることを、妻と待ちわびていたのですがね。残念ですよ。
妻は貴女を気に入っている。たまには、お茶会にいらしてくれると喜ぶと思うのです。こちらの都合で申し訳ない」
「いえ、奥様にお誘いをお待ちしておりますとお伝えくださいませ」
モリト公爵閣下は笑顔で帰っていった。
三人の不埒者たちは学園からいなくなった。
ホッと落ち着いた空気の中、野次馬たちもキョロキョロしだした。スザンヌがいつの間にか消えていたのだ。
しかしすぐに、遠くから声が聞こえてくる。
「痛いわねっ! 離しなさいよっ!」
騒がしく暴れるスザンヌを近衛が捕まえて食堂へと入ってきた。スザンヌは後ろ手を縛られている。
「兄上、時々失敗なさるのはわざとですか?」
銀髪に濃紺の瞳、鼻筋が通り、優しげな雰囲気の男性が入ってきて、王太子であるアドムに不遜な態度を堂々とする。
その男性は、去年の卒業生であり前前任の生徒会長である第二王子ナハトである。ナハトは多くの在校生徒に顔を知られている。
「すまんすまん」
アドムは全く悪いと思っていないようだ。ニコニコとしている。
「で、結果は?」
「内偵は黒ですよ。おそらく、真っ黒でしょうね。邸にはアシャード隊がすでに行っており、団長も今向かいました」
アシャード侯爵は子息サバルに対応してからどこかへ向かったようだ。
「そうか」
アドムはナハトに笑顔で答えると顔つきを変えてスザンヌを睨んだ。
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