理由15 不幸は望んでいないから
淑女三人の話はあの男たちのことになった。不貞や冤罪をかけられたことは不快だったし、自分の伴侶にしたくはなかった男たち三人であるが、彼らに不幸になってほしいというほどではない。それぞれから謝罪と反省の手紙は届いており、それを受け入れている。
「べレナ様。マテルジ殿下のお噂はお聞きになっておりますか?」
ナナリーはこれから近衛になるので王家のことを気にしている。
「ナハト殿下にお聞きしましたら、あちらの生活に水が合うようで楽しんでいらっしゃるそうですわ」
べレナはナハトから聞いた隣国でのマテルジの様子を二人に話した。
マテルジが実際に輿入れしてみると『ダニアの園』は殺伐とした雰囲気ではなく、皆で女王を癒やすための場所であった。女王がいない時は男たちでお茶をしたりゲームをしたり、時には女王のために狩りに行ったりしている。遊び半分なので獲物が捕れることは稀であるが。
女王はそれらの男たちの話を嬉しそうに聞いているという。まさに愛玩動物である。隣国はそれほど裕福な国なのだ。
ただし、遊び以外にはやることが特にあるわけではないので、ナハトであったら鬱になっていたかもしれない。女王が『バカをご所望』であるのも頷ける。
ナナリーはびっくりした顔をしたが、ジゼーヌは納得しているようだ。
「マテルジ殿下は、元々努力なさることやお仕事なさることをお好みにならないご様子でしたものね。大変適したお仕事―ヒモ―になられたのだと思いますわ」
三人はマテルジが嬉々としている姿を想像する。学園でスザンヌたちと戯れていた様子を思い出すだけなので容易にできた。思わず苦笑いしてしまう。
「サバル様はいかがですの?」
「先輩たちに蹴られながら急かされているのを見ました。まあ、本気の蹴りではなくお巫山戯の蹴りですけど」
ナナリーは訓練に騎士団へ赴いているので時々サバルを見かけるのだ。平民であろう者たちと楽しそうに巫山戯あっていた。
「侯爵家のご長男として育てられましたものね。下男のお仕事に慣れるのは大変かもしれませんわね」
べレナは心配そうだ。
「ええ。でも、蹴られても嫌なお顔はしていらっしゃらないのですよ……。逆に笑っていらっしゃったんですよねぇ。私、あんなに笑うサバル様を見たのは初めてかもしれません。
今までのお立場を考えると癇癪を起こしそうだと思っていたのですが……?」
ナナリーはサバルの様子を思い起こし首を傾げた。ナナリーの知るサバルはいつも眉間に皺を寄せている。スザンヌといるときだけはニヤケていたが、現在のように笑っていたのを見たことはない。
「食堂での捕物事件の時、サバル様はお父上であり騎士団の団長様であるアシャード侯爵様をご覧になってすぐにお逃げになりましたでしょう。あのご様子を見るに、普段からお父上に恐怖を感じていらっしゃったのだと思いますのよ。
侯爵家後継者であることとか、騎士団をお継ぎになることを期待されていらっしゃったこととかを重圧に感じていらっしゃったのではないかしら?」
失禁について口に出さないのはジゼーヌがサバルに気を利かせたのか、二人の淑女に気を利かせたのかはわからない。
「しかし、その期待は当然なのではありませんの?」
べレナは女公爵としての期待を日々感じており、それをやる気に変えている。
「実力が伴わない者ではつらいだけですわ」
「確かに……。サバル様は武術大会で本戦に残ったことはありませんでした……」
学園で行われる武術大会は予選を二日かけて行い、本戦には八人が進める。ナナリーは二年生と三年生の時に女性で唯一本戦に残った。本戦では一回戦負けだが、参加者六十人以上なのだから立派なものだ。
「団を率いる者として武術が全てではないはずですけれど、サバル様は『教えていただく』ことも苦手のようでしたわね。
プライドとプレッシャーとコンプレックスで雁字搦めだったといったところかしら?」
サバルは騎士としても普通だし、素直に教えを受け入れないので戦略や知識なども得意ではない。団長である侯爵も、自分付きにして学ばせる必要性もそれでどうにかできるのかという不安も感じていた。
ナナリーは女性騎士の中では実力は上位だし、護衛知識も貪欲に勉強して身につけている。次世代のリーダーとしてすでに期待されていた。
「コンプレックスですか?」
「うふふ。ナナリー様は優秀ですもの。きっとお父上であるアシャード侯爵様はサバル様にナナリー様を褒めていたと思いますわよ。それもプレッシャーになったでしょう」
ナナリーは思い当たることがあり微苦笑した。
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