理由1 婚約解消したいから
美味しそうな匂いが漂う学園内の食堂で、楽しそうな雰囲気が溢れる昼下り。
学生たちは長い昼休みを各々自由に過ごしていた。昼休みになってから小一時間になるので、すでに食事は終わらせている学生がほとんどだ。
ここはバフベニール王国の王都にある貴族学園で、十五歳から十七歳の貴族子女が属している。基本的には全寮制である。王都にタウンハウスを持つ高位貴族たちは週末には帰宅する者が多い。
学生たちは朝食と昼食は学園の食堂、夕食は寮でとることになっている。
そして現在、三学期が始まったばかりで卒業式まで残り三ヶ月ほどになる。
卒業後の進路、仕事や進学や婚姻について、そこここで話題があがっている。まだ進路が決まらぬ者は伝手を求めたり、決まっているからこそ交友を広げたり、知識を増やしたり。とにかく毎年この時期はざわついていることが多い。浮ついているわけではない。
そんな昼休みに、騒動が起こった。
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貴族学園の中でも一際美しく、一際優雅で、一際上品な三人のご令嬢が、横に並んで歩みを進めていった。食堂の中央にあるテーブルに向かって、彼女たちのために道がキレイに開かれていく。道を開けた者たちが羨望と興味の眼差しで三人を見つめ、三人が通った後は波のように道が埋まり、三人の後ろ数メートルをついていく。
開けた道の先には、食堂の真ん中でありそこには丸テーブルがある。そのテーブルには四人の生徒が談笑していた。
三人の男子生徒はいずれも劣らぬ美男子で、笑顔も眩しく高貴さを感じさせ、普通の子爵令嬢や男爵令嬢なら話しかけられただけで卒倒しそうなほど有名な男子生徒たちである。
そして、その中のもう一人は唯一の下位貴族にして、唯一のご令嬢だ。ピンクの髪と水色の瞳のスザンヌ・ローダン男爵令嬢は、可愛らしい顔にチャーミングな笑顔で手振りや動作は大きく明るい印象を与え、笑ったり拗ねたりとコロコロ変わる表情はいつまで見ても飽きない。
同テーブルの三人はデレデレとした顔でその男爵令嬢を見ていた。
そういえば、『ここだけは浮ついている感が否めない』と周りは常々思っていた。本人たちは解っていない。
そんなテーブルの二メートル手前で、三人のご令嬢はピタリと止まった。後ろからぞろぞろとついてきた野次馬たちも止まった。かと思いきや、横にさぁと広がり、まるで大道芸でもみるかのように周りを囲む。
「なんだ? お前たちっ!」
スザンヌの隣に座る金髪碧眼の男子生徒が三人のご令嬢に向かって声を荒げた。
それに答えることなく、真ん中にいたご令嬢が物静かな、しかし、きっちりと聞こえる声で切り出した。
「マテルジ・バフベニール王子殿下、わたくし、ベレナ・タルントと婚約を解消してくださいませ」
緑色の瞳を伏せるのと同時に腰が折られ、ハーフアップにされた紫色の美しい髪の後れ毛がサラリと前に流れる。
ベレナは公爵家の一人娘だ。
間髪を容れずにベレナの右側のご令嬢が切り出す。
「サバル・アシャード様」
オレンジ色の髪をしっかりと1つに纏め、凛々しく燃えるような赤い瞳のご令嬢が名を呼ぶと、そのテーブルの一人で黒髪に青紫の瞳の体の大きな男子生徒サバルが眉を寄せた。サバルは侯爵家の長男だ。
「私、ナナリー・グレンと婚約を解消してください」
ナナリーは両腕を体の脇に添え、騎士のようなきっちりとした仕草で頭を下げた。ナナリーは伯爵家の次女である。
「は?」
サバルが口を開こうとした瞬間、ベレナの左側のご令嬢が切り出す。
黄緑色の髪は艷やかで右手でその髪を後ろに流し、伏せていた目を上げれば漆黒の瞳がキラキラと光る。
「ライジーノ・モリト様。わたくし、ジゼーヌ・トカリオと婚約解消してくだいませ、ね?」
可愛らしい笑顔のまますっと頭を下げると、青い髪にヘーゼル色の目の美男子ライジーノが口を大きく開けた。ライジーノは公爵家の長男、ジゼーヌは侯爵家の三女である。
「お前たちっ! 自分たちが何を言っているのかわかっているのかっ!」
マテルジが怒鳴ると、サバルとライジーノがコクコクと賛同する。
「もちろんでございますわ。殿下」
三人のご令嬢がさっと美しい顔を上げた。一瞬微笑みのように見えたが、次にはもう憂いとも悲しみとも取れる表情であった。
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