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心を壊した公爵令嬢は愛する人へ舞を捧げたい  作者: 有川カナデ
心を壊したもの、救うもの
5/40

闇マーケットにて

 そこそこ広さのある地下室にはすでに、何人もの人がいた。全員顔を隠しており、アーノルドたちには一瞬視線を向けただけですぐに興味をなくす。彼らの視線の先には小上がりの舞台があった。暗い部屋の中そこだけには明かりがともっている。

 婦人は扇子で口元を隠しながら会話をし、紳士は葉巻を吸ったり、ニュースペーパーを読んだりしていた。

 あまりにも怪しい――というよりは、もはや健全な催しが行われることは想像できず、今これから行われるのは間違いなく違法行為。「売っていないものはない」と言われる商家が行うならば、何か。

 明るい時間に出せない、あるいは通常売ってはならないものの販売。

 アーノルドはゆっくりと深呼吸をし、腕を組んだ。ローレンスも緊張した面持ちで舞台の上を見ている。

 しばらくすると、仮面を被った恰幅の良い男が舞台の上へと上がった。顔を隠していても、「招待状」の主であることはすぐにわかる。

 男はにんまりと口元に笑みを浮かべ、揉み手をしながら言った。

「皆様、本日はようこそ、シークレットマーケットへお越しくださいました。皆様のご期待に添える素敵な『商品』をご用意しておりますので、ぜひお楽しみください」

 思ったとおりだ、と、アーノルドは目を細める。

 暇と金を持て余した貴族たちが集う闇のマーケットがある話は良く聞いていた。違法性のある薬、酒、あるいは宝石に美術品。希少種の動物に、――人間。金で人を売り買いするような輩がいるのかと思っていたが、この雰囲気ではいてもおかしくないとアーノルドは思った。

「さぁて、まずはこちら。隣国ソールの美術館から盗まれたという噂の著名な壺です。皆様も目にしたことがあるでしょう?」

 アーノルドの喉が微かに鳴った。拳を強く握りしめ、奥歯を噛む。

「まぁあ、これがあの有名な……あの窃盗事件は大きな事件でしたわね」

「まさかあの壺がこんなところにあるとは」

 貴族たちはこぞって、壺に群がった。ローレンスがチッ、と舌打ちをする。

「よくもまぁぬけぬけと」

 思っていることは同じだと、アーノルドが微かに笑う。様子を伺っている間に壺は、一人の紳士が高額で買い取った。

 次に出されたのは違法ドラッグ。見るからに怪しい、白い錠剤。それもまた別の婦人が購入し、次から次と出てくる宝石や骨董品にもすぐに値段がつく。ローレンスがアーノルドに小声で話しかけた。

「結局、おれたちに役立つものって一体何なんだ?」

「さぁ……今の所それらしいものはないみたいだが」

 こそこそと言葉を交わしていると、ぱんっ、と大きく手を叩く音が聞こえて二人は顔を上げた。恰幅の良い商人が、部屋の奥へと合図を送る。

「皆様、お待たせいたしました。本日の目玉商品です!」

 階段上に居た男とはまた違った、けれど同じくらい体格の良い人相の悪い男が、頭から汚れた布を被った「人」を伴って現れた。

 薄汚れてあちこち破れたドレスに、足元は裸足で。ざわ、と、アーノルドの胸が騒いだ。

「どうぞ御覧ください!」

 布が一気に取り払われ、赤い髪が露わになる。本来なら美しいであろうその髪はやはり汚れて傷み、顔もすすに塗れていた。金色の瞳は重く濁り、その顔に表情はない。

「こちらあの、東の街を焼いた竜族の令嬢でございます! 本来なら商品としてきれいに飾るのですが、このものは罪人です! その罪の証をそのままご用意いたしました!」

 だけれど、わかる。

 もうずっと焦がれていた。ずっと探していた。忘れるはずもない。その面差し。

「奴隷として使うもよし、城へ突き出して英雄になるもよし! 使い方は皆様次第です!」

 なぜこんなところで、こんな姿で。

 アーノルドが声を上げようとした、その刹那。

「姉さん!!」

 ローレンスが大きな声を上げ、貴族たちを押しのけて前に出た。

「姉さん! 姉さん、なんでこんな、……どうして、っ……!」

 伸ばした手が触れるよりも先に、人相の悪い男の腕がローレンスを突き飛ばし、その身体は壁に打ち付けられた。アーノルドがはっとしてローレンスに走り寄ると、恰幅の良い商人はにたりと笑って声を張り上げた。

「さぁさぁさぁ、まずは五千ゴールドから始めましょう!」

「五千五百ゴールド!」

「六千ゴールド!」

 次々に値段を提示する貴族たちの表情は、それはそれは醜いもので。アーノルドは背筋に悪寒が走るのを感じた。

「……姉さんっ!」

「! ローレンス、あれがお前の姉さんなのか?」

「そうだ、間違いない……! あのドレスも、姉さんが一番気に入ってたものだ! 姉さん、おれだ! ロンだ、アンジェラ姉さん!」

 ローレンスの声は、貴族たちの興奮した声にかき消される。アンジェラと呼ばれた竜族の女性は、虚ろに宙を見つめていた。

 目の前のものなど、何も見えていないかのように。自分に値段をつける声など、聞こえていないかのように。

 彼女の様子を観察して、アーノルドは静かに言葉を漏らした。

「……ローレンス。いいか、オレの話を聞け」

「何だよ、それどころじゃ」

「彼女は今、正気じゃない。目の焦点があってねェんだ。何があったかわからないが、決して正常な状態じゃねェ」

 ひくりとローレンスの喉が鳴る。改めてアンジェラの顔を見ると、確かに様子がおかしい。表情がなく、感情が全く見えないのだ。

「間違いなく、お前の姉さんなんだな?」

 再度の確認に、ローレンスは深く頷いた。

「あぁ、そうだ」

 少しの間を置いて、アーノルドが続ける。

「……驚くなよ、オレの初恋の君だ」

「――えっ!」

 思い切り驚いた声を上げるローレンスにアーノルドは額に汗を浮かべつつ、口元には笑みを浮かべて、アンジェラをまっすぐに見つめて言った。

「オレがあのでかいのを引きつける。お前は彼女を担いで逃げろ」

 恐らく他にも、護衛はいる。だがアーノルドは今、全く負ける気がしなかった。上手く行く予感しかしていなかった。

 何せようやく出会えたのだ。長年想い続けたその人に。

「行くぞっ!」

 アーノルドが剣を抜き、勢い良く舞台へ駆け上がる。それまで竜族に夢中だった貴族たちは突然の自体に悲鳴を上げて逃げ惑った。恰幅の良い商人は表情を歪め、大きく舌打ちをしてガラガラとベルを鳴らした。

「賊だ! 縛り上げろ!」

 案の定、数人の護衛がどこからともなく姿を見せる。ローレンスも剣を抜き、アーノルドの後を追った。

 剣に怯む様子のない体格の良い男がアーノルドを取り押さえようとする。アーノルドはすぐに身を屈め足払いを食らわせると、大きな身体がズン、と床に倒れた。ローレンスはアンジェラの身体を肩に担ぎ上げ、出口に向かって走り出す。貴族たちが悲鳴を上げて逃げ回るお陰で、護衛たちの動きを鈍らせていた。

「く、くそっ、逃がすな! 竜族の娘は必ず取り返せ!」

 号令を出す商人に、アーノルドは先程まで商品が展示してあったテーブルを蹴飛ばしてそのぶよぶよの腹にぶつける。ぐえっ、とカエルのような声を上げて、商人はひっくり返った。ローレンスが階段を上がり始めたのを見て、アーノルドもすぐにそちらへ走り込む。追いかけてきた数人の護衛が剣を抜こうとするが、それよりも先にアーノルドは階段を駆け上がっていた。

「うわっ!」

 アーノルドははっと足を止めて、声のした先を見る。先程招待状を渡した、似合わない執事服を身にまとった体格の良い男がローレンスの腕を掴んでいた。

「このっ……」

 アーノルドが一歩踏み出した瞬間。

「とぉおーっ!」

 聞き慣れた声と共に、執事服の男の身体が思い切り傾いた。

 男の顔にはドロワーズを丸出しにしたマリアベルの蹴りが、ばっちり命中していた。ずぅん、と倒れた男の傍に、マリアベルが着地する。二人の顔をきっと見やり、ぱたぱたとドレスを叩きながら尋ねた。

「ついぶっ飛ばしてしまいましたが、問題ありまして!?」

「いいや、よくやった!」

 少しばかり高揚した声で、アーノルドが返す。

「状況は?」

「闇マーケットだ。ローレンスの姉が売られていた」

「まぁあ!」

「詳しい話はあとだ、すぐに逃げるぞ」

 後ろから迫りくる――しかし狭い階段のせいか、護衛たちは押し合いへし合いしておりなかなか上がって来られない。三人はすぐに階段を上りきり、店の外へ飛び出した。

 店の前には馬車が止められており、ローレンスは思わず足を止める。

 太陽をモチーフとした家紋には、見覚えがあった。

「この家紋……」

「早く乗れ、ローレンス!」

 背中を押され、アンジェラを担いだまま馬車へと押し込まれる。そのあとすぐにアーノルドも飛び乗り、マリアベルは何と馭者の位置に座った。

「行きますわよ! しっかり掴まってくださいませ!」

 手綱を握り、すぐに馬を走らせる。恰幅の良い商人はわたわたと店の外へ出て悔しげに顔を歪めたが、馬車の背を見つめたその顔はすぐに青ざめた。

「太陽の家紋……! ま、まさか、あのガキどもが……!」

 竜族の令嬢を探していた貴族。必死な様子の彼らなら、良い値をつけるだろうと思っていた。

 だがまさかその相手が、隣国ソールの王家のものであるとは、思っても見なかった。

 身分の高いものであることはわかっていたが、それにしてはやたらと街に馴染んでいた。金髪の男の方は特に。

「こ、こうしちゃいられん……!」

 売ってないものはない、と言われるその店は。

 翌日にはまるで「夜逃げ」でもしたかのように、全てがなくなっていたという。

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