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心を壊した公爵令嬢は愛する人へ舞を捧げたい  作者: 有川カナデ
心を壊したもの、救うもの
34/40

狂気の王子は花嫁を奪われる夢を見るか

 その場所からは、クラウディアの街が一望できた。賑やかな様子に、本来なら心踊らせるのだろうが――アンジェラは眉を寄せたまま、唇を真一文字に結んでいた。

 鮮やかな赤い髪を結い上げて、レースがふんだんに使われた真っ白なドレスに身を包んでいる。もちろん彼女が望んで着ているものではない。

 アンジェラがいる部屋は、ベッドやドレッサー、テーブルなどが用意されており、クローゼットの中にはいくつもの種類のドレスがあった。カーテンも帳も、一般的な女子が好みそうなデザインであり、例えばシンシアであったならそのきれいな部屋の内装に大層喜んだことだろう。

「アンジェラ」

 呼ぶ声に、アンジェラは視線を向ける。眉を寄せたまま、不機嫌な表情のままで。

 以前なら決して、そのひとに向けることのなかった眼差しを向けていた。

「あぁ、そのドレス……やっぱりよく似合ってる。きみのために作らせたんだ。気に入ってくれたかい?」

 問いかけには答えず、視線を背けた。ランドルフはぴくりと指先を動かし、けれど笑顔を張り付けたままアンジェラに歩み寄る。

「この部屋も、きみのために用意したんだ。きみを僕の妻として迎え入れるために」

 アンジェラはきっ、と、鋭い眼差しをランドルフへ向けた。

「私はあなたの妻になどなりません」

「どうして? アンジェラ。……きみを疑ったこと、まだ怒ってるの?」

 心底不思議そうな面持ちで、ランドルフが尋ねる。その表情に罪悪感などなく、アンジェラは腹の奥から苛立ちが込み上げるのを感じていた。

 まだ、とは何だ。あのときどれだけ傷ついたか、わかっていないのか。

 信じていたひとに、愛していたひとに突き放された絶望。心を壊してしまうほどに悲しみに支配されていたというのに。

「僕は竜族の炎舞のことなんて、少しも知らなかったんだ。あれでひとを傷つけると自分の身体が傷つけられるだなんて……だから傷ついたシンシアを見て、僕もショックを受けたんだよ。彼女がきみがやったと言うから、ショックを受けた僕はそれを信じてしまって……」

「それで私を化け物扱いしたと、そう言うの」

 強い口調で言うとランドルフは、笑みを浮かべて肩を竦めた。

「父さんから竜族の驚異は聞いていたからね。きみにもその力があるんだと思い込んでしまったんだ。……でも、全てはあの女のせいだろう? あの女が嘘などつかなければ、僕はきみを疑ったりしなかった」

 アンジェラの脳裏に、事切れたシンシアの顔が浮かぶ。指先から冷えていくような感覚を覚え、ぐっと息を詰めた。

 彼女を殺したことを、ランドルフは何とも思っていない。彼の本性は、こうだったのか。心を壊すほど焦がれた男は、こんなにも……こんなにも、最低な男だったのか。

「……私をもとの場所へ帰して」

「……何だって?」

「聞こえなかったの? 私を帰してと言ったの。私はあなたの妻にはならない。何があっても」

 ランドルフの表情から笑顔が消えて、濁った空色の瞳が信じられない、というようにアンジェラを見つめる。アンジェラは怯まなかった。もうこの男のせいで、壊れるわけにはいかなかった。

「どうして。きみは、僕を愛しているんだろう? あのときも……そう、あのとき、約束したじゃないか。きみは僕に、なにか特別なものを見せてくれるつもりだったんだろう?」

「その特別なものが何であるか、あなたはまだ知らないのね。私のことを、何も知らない……知ろうともしない……」

 炎の加護を多大に受ける存在の竜族は、それゆえに偏見も多い。だからアンジェラは初めてランドルフに出会ったときに、その想いを吐露した。

 竜族の印象は、決して良いものではない――と。

 それを彼は、受け入れてくれた。否、受け入れてくれていたのだと思った。だが実際はそうではなかった。ランドルフの心の中にはずっと、竜族は化け物であるという思いがあり続けたのだ。

「自分と変わりのない存在だと言ってくれたあなたが好きだった。私の不安に思う心を、優しいからだと言ってくれたあなたが好きだった。でももう、そのあなたはどこにもいないの。私が愛したランドルフは、あなたが私に炎舞を使って兵を退けろと命じたときに消えたのよ」

 修復不可能なほどに、砕けて散った恋心。彼に対する想いはもう、どこにも残っていない。

 ランドルフは理解できないという表情を浮かべていた。なぜアンジェラがそんなことを言うのか、全くわかっていなかった。

「アンジェラ、やっぱり怒っているんだね? でもあれは、シンシアのせいだろう? それにもうあの女はいないんだ。きみが気にすることは何もないんだよ。だからほら、また前みたいに一緒に過ごそう」

「……どうしてあなたは、まるで自分が少しも悪くないように言うの? 自分に罪はないと思ってる? シンシアがいなくなれば全てが丸く収まると思っているの?」

「あの女は最初から僕たちの邪魔をしていた。きみはそれを気にしていたじゃないか。だから僕がそれを排除してやったんだ」

 アンジェラは拳を強く握り込んだ。ランドルフを睨み付け、震える声で言う。

「確かに……確かにあのとき彼女があんな真似をしなければ、こんなことにはならなかった。……でも、でもね! 私は何度もあなたに真実を伝えようとしていたわ! あの事件の日も、壊れた心のままで再会したときも、何度も何度も何度もっ! 何度も話を聞いてと言った! だけどあなたは少しも聞く気配を見せなかった! 私の声を聞こうともしなかったのよ!」

 炎舞という儀式の真実、自分が無実であるという言葉。自分ではないと告げても彼は、罪を認めろと言った。理由を聞くこともなく、アンジェラを罪人だと思い込んで。

「そしてあろうことか、炎舞で兵士を退けろと……ひとを傷つけろと言ったのよ! あの言葉が私にどう伝わったと思う? 私は、……私はあのときあなたに、……ランドルフという男に、死ねと言われたの!」

 彼があのときまでに、竜族のことを少しでも知ろうとしていれば。彼女の無罪を信じていれば。もうそれは、無意味な考えではあるけれど。

「そんな私がどうしてまだ、あなたを愛していると思うの? ……あなたの妄想の中の私は、過去あなたに夢中だった私は、あなたに都合の良い従順な娘だったものね? だけれどおあいにくさま、心を壊すほど傷つけられて尚あなたを想っていられるほど、私は純情な乙女ではないの!」

 肩で息をしながらアンジェラは、ランドルフを睨み付けていた。

 消えた恋心は悲しみを怒りに変える。彼女は生まれて初めての恋をなくして今、再び歩き出した段階だ。けれどランドルフの時はまだ、アンジェラと想い合っていた頃で止まっている。

 だからランドルフには、彼女の言葉が理解できない。自分を愛していない彼女を理解できない。

「アンジェラ……どうして……どうしてそんなことを言うんだ……? そんな……そんなはずはない……だって僕らはずっと、想い合っていたじゃないか……あの街で、あの場所で……身分は明かさなかったけれど、僕はいずれきみを王妃にと思って……」

 声を震わせ、青ざめた顔で。そしてランドルフははっと顔を上げて、ふらりと一歩後ろへ下がった。

「あいつ……あの男……あいつのせいだね……? やっぱり、そんなことだろうと思ったんだ……あいつがきみを洗脳してるんじゃないかって……」

「アーノルドが私を洗脳……? いいえ、彼はただ私の話を聞いてくれた。竜族のアンジェラ・ヴァレンタインを見てくれていただけよ」

 ランドルフが奥歯を強く噛み締める。握りしめた手がぶるぶると震えていた。彼の心にはアンジェラへの歪んだ想いしかない。愛しいアンジェラの目に映る他の男の存在は、全て害悪だ。その目が映すのは、その声が呼ぶのは、自分だけでいい。

「……やっぱり、全部殺さなきゃ。僕ときみのためにも、邪魔なものは全部……」

 ランドルフがぎこちなくにやけた顔でそう言葉を漏らした刹那、ぱぁんっ、と乾いた音が部屋に響き渡った。

 アンジェラが彼の頬をひっぱたいていたのだ。

「私の話を聞きもしないで、よく私のためだなんて言えたものね……! アーノルドを傷つけたらたたじゃおかないわよ!」

 ただでさえ彼は、かわいい妹のような存在であるマリアベルを傷つけている。今のは彼女の復讐を兼ねての平手打ちだった。

 アンジェラの声は彼には届かない。ランドルフはずっと狂気の中で、自分に都合の良いアンジェラを作り出してはなくなってしまった愛を取り戻そうとしている。

 だが彼女は二度と、その狂気に囚われないと誓った。強くあると、誓ったのだ。

――そして。

 どんっ、と急に目の前に何かが落ちて、アンジェラはびくりと体を強張らせた。落ちてきたものの姿が、ずっと求めていた存在であったと気づいて目を見張った。

「アーノルド!? あ、あなた、どうして」

「アンジェラ! あぁ良かった、うまくいったんだ!」

 どうして急に現れたのだとか、緊張感がないだとか、色々思うところはあったけれど。アンジェラは嬉しそうに顔を綻ばせ、アーノルドの胸に飛び込んだ。

「あ、えぁ、アンジェラ……!?」

 慌てふためくアーノルドにアンジェラは瞳を揺らし、言葉を紡ぐ。

「あなたが助けにきてくれるのを、待っていたわ」

 自分を想う誰かに――頼れるときは、頼っていいと。

 それが強くあれる理由だと、今のアンジェラは理解する。

 アーノルドは愛しげに瞳を細めて、アンジェラの体を抱き締める。それから顔を上げて、呆然とするランドルフを強く睨み付けて言った。

「もう大丈夫、アンジェラ。一緒にここを出よう。みんなが待ってる」

 ランドルフの表情が、歪んだ。嫉妬と、羨望と、憎悪と。様々な感情の入り交じったその顔はとても恐ろしく、端正なはずの彼の顔が醜く見えるほどであった。

 白いドレスを纏ったアンジェラは、自分の花嫁だ。なのにどうして彼女は今、他の男の隣にいるのか。嬉しそうに笑って。さきほどまでずっと、怒りの表情しか見せていなかったのに。

「アンジェラ……待っていて。すぐにその男を殺して……きみを解放してあげるから……」

「アンジェラ、少し下がっててくれ。隙を作る」

 竜族の兵士二人を殺したほどの強さを持つランドルフである、油断は出来ない。だがここに来る前にエスメラルダが言っていた。アンジェラがそばにいれば、負けることはないと。それがどういう意味かはわからないが、もとより負けるつもりは毛頭なかった。

 彼女と共にあるために、死んでなどいられない。

 アンジェラは両手を胸の前で組み、祈るようにアーノルドを見つめていた。

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