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心を壊した公爵令嬢は愛する人へ舞を捧げたい  作者: 有川カナデ
心を壊したもの、救うもの
29/40

見つけた王子と、探す王子 -異なる愛のかたち-

「そういえば、二人に聞きたかったんだけど」

 例によってマリアベルを馭者とし、アーノルドたちはワゴンへ乗り込む。アンジェラとローレンスが隣合わせに座って、アーノルドはその向かい側に座っていた。

「エスメラルダ王妃とはどういった関係なんだ? とても親しいようだったけど」

「実は王妃様は、私達の伯母なの」

「母さんの姉君なんだ。おれたちが子どもの頃はしょっちゅう遊んで貰ってた」

 道理で、と、アーノルドは納得した様子で頷いた。美しい顔立ちで強い眼差しはどことなく似ている。――アンジェラの方が綺麗だけど――とは、口に出さずに留めた。

「王妃様は……私の母もだけれど、伯爵家の生まれで。当時皇太子だったドラグニア王に見初められたの。それは仲の良い夫婦だったと、母様は言っていたわ」

「……確か、ドラグニア王は」

「流行病で亡くなったわ。それからはずっと王妃様が一人で、国を支えている。ドラグニア王の兄弟や親戚が王妃様との結婚を求めたらしいけれど、王妃様は全て断った。その心はずっと、ドラグニア王にあると言って……子どもを作る前に夫を亡くしてしまったから、王妃様にとって私やロンは実の子どものように思っているのかもしれない。だから本当に、とても良くしてくれるの」

「子どもも、ドラグニア王の子でないのなら不要だとはっきり言っていた。後継者は自分が決めると……正直面倒な問題は色々ありそうだけど、あの王妃様ならなんとかしちゃうんじゃないかって思う」

 少しの間言葉を交わしただけで、王妃エスメラルダの強さは充分にわかった。何よりあのクラウディア王が、エスメラルダを目の前に何も出来なくなってしまっていたのだ。炎の加護はもちろんだが、何より彼女のその気概。ドラグニアが今現在まで何者にも支配されていない理由がよくわかる。

 王の代わりに、一つの国を背負う覚悟。血の流れを必要とはせず、真に相応しいものを後継者にと考えている。

「……すごい人だな。とても真似できない」

「国によって、王家の在り方は様々あるものよ。アーノルドのご両親は、どう言った方なのかしら」

「母親はマリアベルにそっくりらしい」

「え! それはぜひお会いしたいわ!」

 興味津々な眼差しをアーノルドに向けると、彼は頬を赤く染めて後ろ頭を掻いた。アンジェラとローレンスはきょとりとして、顔を見合わせる。

「――その。アンジェラ、オレとマリアベルが社会勉強中だというのは言ったと思うんだけど」

「えぇ、そうね」

「王族や貴族の社会勉強は、幼い頃に一度と、あと成人前に一度。……なんだけど、ほら。オレはその、……きみを探してて」

 しどろもどろになりながら、アーノルドは視線を泳がせる。マリアベルがいたら間違いなくまた顎をしゃくっていたことだろう。

「一度とか二度とかではなく、そりゃもうあちこちの街や国に飛び回っていたんだけど……親公認、なんだ」

「親公認……というのは……」

「オレが初恋の君を探して飛び回っていたことを、オレの両親は知ってる。それで、えぇと……なんていうか……きみを、どう紹介しようかと思って」

 照れくさそうに笑うアーノルドを、アンジェラとローレンスはぽかんと見つめていた。

 つまり、アーノルドが言わんとしていることは。

 社会勉強と銘打ってずっとずっと探していた初恋の君を見つけたんだけど、その彼女を国に連れ帰って両親になんと報告したらいいんだろう。……と、そういうことである。

「……そ」

 アンジェラが口を開く。

「そ、それは、そうね。確かに、アーノルドの言うとおりだわ。まだお付き合いしているわけでもないし、……普通に友達として、ではダメかしら」

「でも姉さん、アーノルドは一応皇太子だから、国王とか王妃様的にはもう姉さんのことを未来の娘みたいに思っているかも」

 アンジェラとアーノルドは同時にぼっと顔を赤く染めた。ローレンスは至って真顔である。

「ま、まだ早いわ!」

「そ、そうだローレンス、きみだって結婚はまだ早いって」

「でもあのマリアベルとそっくりな母親なんだろ? あの勢いだったらそう思っててもおかしくないと思うんだけど」

 否定できない、と、二人は思った。やけに言葉に説得力のあるマリアベルにそっくりな母親。想像すればするほど、あっという間に丸め込まれて結婚に至る未来が見えてしまう。

 マリアベルは馬を引きながらくしゅん、と小さくくしゃみをした。

「いや、あの、オレは、オレはその決してやぶさかではないんだが、まだそのときじゃないってのはちゃんとわかってるし、結果を急いたりしないから心配しないでくれ、アンジェラ!」

 アーノルドという男は心底、自分の抱く好意に嘘がつけない。あわよくば、出来れば、いずれは。そんなふうに考えているのが丸見えで、アンジェラは胸の奥がくすぐったくなるのを感じていた。思わずかわいい、と思ってしまうような、母性を擽られるような。アンジェラはくすりと笑って、えぇ、と頷いた。

「大丈夫、あなたのこと信じてるもの」

 柔らかな笑顔にアーノルドは、「女神……」と小さく呟きながら両手で顔を覆った。







 ドラグニアはその日、常と雰囲気が違っていた。

 エスメラルダにとっての招かれざる客がいたせいだ。

 クラウディア国の兵士たちが十数人、転移石を用いてドラグニア国までやってきたのである。指揮を取るのは当然、ランドルフだ。

「各自家を回ってアンジェラを探してくれ。見つけたものには褒美を取らせる」

 兵士たちは一斉に敬礼し、すぐに探索を始めた。ランドルフ自身も動き回り、アンジェラの姿を探した。赤い髪に金色の瞳はドラグニアに住む竜族の証であるため、兵士たちが代わる代わる令嬢を連れて来たが、その中にアンジェラの姿はない。

「……アンジェラ……」

 王妃エスメラルダと共に、ドラグニアに戻っていたはずだ。まさかエスメラルダ本人が、彼女を匿っているのだろうか。

 その可能性は高いと、ランドルフは街の奥に見える城を睨みつける。連れてきた兵士の人数では、ドラグニア兵には太刀打ちできない。だけれどこのままアンジェラを諦めるわけにはいかなかった。

 その刹那、不意に背後に強烈なプレッシャーを感じて、ランドルフははっと顔を上げた。

「我が国に何用だ、クラウディア国の王子」

 振り返った先に居たのは、その威圧感を抑えもしないエスメラルダ王妃。冷たい眼差しは射るようにランドルフを見ていた。

 けれどランドルフには、何の感情もない。口元にだけ笑顔を貼り付けて胸元に手を添えると、深く頭を下げた。

「エスメラルダ王妃陛下。先日は、」

「挨拶などいらぬ。用件を述べよ」

 ランドルフの瞳がスッと細められる。顔を上げ、まっすぐにエスメラルダを見つめて言った。

「アンジェラを返していただきたい」

「返す? どうして私の国の子を貴様に返さねばならんのだ」

「アンジェラが僕のものだからです」

 迷いのない言葉だった。エスメラルダの眉がぴくりと動き、ふん、と鼻で笑う。

「思い込みも甚だしいな。アンジェラを傷つけたお前が何を言っている」

「――アンジェラも話せばわかってくれる。アンジェラは僕を愛しているのだから、当然でしょう?」

「あぁ、なるほど。そう自分に言い聞かせているのか。……親と同じで愚かだな、ランドルフ王子」

 ランドルフの口元から笑みが消えた。その表情に感情らしいものはなく、エスメラルダでなければぞっとするような不気味さがあった。濁った空色の瞳には恐らく、真実は何も見えていない。自分の言葉で紡ぎ出す言霊がすべてだと思っている。

「貴様の妄想の話はどうでもいい。クラウディア国にはもうひとり、竜族の娘がいるだろう。彼女はどうした」

「もうひとり……竜族の……? ……あぁ、あのゴミのことですか」

 エスメラルダの威圧感が強くなった。許されない罪を犯した存在であるとは言え、自国の民を蔑まされるのは不愉快極まりない。ランドルフは気にせずに続けた。

「あれのせいで僕らは離れ離れになってしまった。あんなものがいるから、あれが僕らの邪魔をするから……」

「シンシアの罪は確かに重い。処刑されても仕方がない、それは認める。――だが、ランドルフ王子。貴様はなぜ自分に罪はないと思い込んでいる? 貴様がアンジェラにしたことをなぜ彼女が許すと思っているんだ?」

「彼女が僕を愛しているから」

 やはり、と、エスメラルダは瞳を細めた。

「僕は彼女が罪を犯していたとしても、彼女を許すつもりでいた。だって彼女を愛しているから。だから彼女も僕を許してくれるに決まっている。……だから早く、彼女を返してもらえますか。アンジェラだって僕のことを待ってる」

「話にならんな。いいか、『小僧』。貴様のそれは勝手な思い込みでしかない。アンジェラの姿を都合よく作り上げた妄想だ。それを自覚しない限り、決して真実は見えないだろう」

 その瞬間初めて、ランドルフの顔に感情が滲んだ。

 憎悪と、殺意。エスメラルダの言葉の真意は、ランドルフには届いていない。

「そんな状態の貴様にアンジェラを渡せるか。さっさと国に戻って、精々反省でもしているがいい」

 言うとエスメラルダは、転移石を振りかざした。ランドルフ率いるクラウディア兵たちは一斉にその場から姿を消す。強制的に国へ送り返したのである。

 ランドルフは心を壊している。それも良くない方向に。あの様子では悪化の一途を辿るだろう。アンジェラは周りの人間に支えられて、心を取り戻すことが出来た。だが、彼はどうだ。誰の声も聞こえず、聞こうともせず、聞いたところで理解をしない。

「……やはりシンシアは連れ戻すべきか……」

 クラウディア国の民の命をいくつも奪ったゆえに、その裁きはクラウディア国に任せるのが妥当だとも思っていた。戦争に利用される可能性も未だ消えてはいないが、それよりもここにきてランドルフに利用される可能性が高くなった。「ゴミ」などと形容し、まるでもののような言い草である。エスメラルダの表情は険しくなった。

 彼はアンジェラにも「化け物」と言った。そうやって彼女の心を壊した。

「化け物はどちらだ」

 思った以上に、ランドルフは危険な存在だ。アンジェラを取り戻すための手段を選ばない。アンジェラ以外のものがどうなろうと関係ない。傷つこうが、死のうが、壊れようが。

 彼にだけは、アンジェラを渡してはならない。

 大切なドラグニア国の子。未来を託すもの。その子を汚されてなるものか。

「おい、いるか」

「はっ。ここに」

 エスメラルダが声をかけると、どこからともなく従者の一人が現れた。

「クラウディア国に滞在する竜族を全て帰国させろ。それから転移石の回収も。ランドルフ王子の行動は逐一報告を」

「承知いたしました」

 ソール国には行かせずに、国で守ってやることも出来た。だけれどそれでは、アンジェラの成長の妨げになってしまう。何より傷ついた彼女の心を癒やすためには、深い愛情が必要だ。見返りを求めない、どこまでも一途な想い。重く苦いものではなく、柔らかで暖かな。

 今回の事件がなくとも、ランドルフの愛はいつしかアンジェラを壊してしまっただろう。彼はきっとその愛し方で、アンジェラを依存させる。

「もう……壊れたりはするなよ、アンジー」

 それはエスメラルダの、心底の願いであった。

 

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