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心を壊した公爵令嬢は愛する人へ舞を捧げたい  作者: 有川カナデ
心を壊したもの、救うもの
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兄の真骨頂はここから

 宿屋の女将に別れを告げたアーノルドたちは、女将から貰ったマントを纏っていたこともあり、クラウディアの兵に見つかることなく馬車の置いてある街までたどり着いた。アーノルドとマリアベルはしばらくほったらかしにしてしまった二頭の馬たちに詫び、上等の牧草と水を与える。アンジェラが物珍しげに馬へと歩み寄った。

「この子たちは、ソール国の?」

「あぁ、そうだ。王家の馬で、名前はサンとシャイン。ソールからクラウディアに来るまでの移動手段で、普段は国境の牧場に預けてるんだけど」

「逃走手段に必要でしたの」

 にこりと笑うマリアベルに、アンジェラは不思議そうに首を傾げる。逃走手段、と聞いてピンと来なかったようだ。アーノルドが小さく咳払いをし、毛艶のいい愛馬の首を撫でた。

「アンジェラ、乗馬の経験は?」

「実は乗ったことがないの。二度目の社会勉強が終わってから習うつもりでいたから」

「そっか」

 短く答えたアーノルドだったが、なぜか嬉しそうにこにこと笑みを浮かべている。マリアベルがじとりとして、兄に尋ねた。

「兄様、何をにやにやしてますの?」

「――えっ! あ、あぁ、顔に出てた? ……いや、その……アンジェラの乗馬スタイルを想像したらすごく綺麗だったから、つい……」

 でれ、と目尻を下げて笑うアーノルドに、思わず顎をしゃくってしまうマリアベルである。アンジェラはと言うと肩を竦ませ、照れた表情で視線を泳がせていた。

「アーノルド、全然隠さなくなったよなぁ」

 ローレンスがしみじみ呟く。

 つい先日までアンジェラには想う相手がいたのだから当然と言えばそうなのであるが、余りにもわかりやすく露骨になった。

「アンジェラ、その……嫌だったら言って欲しい、なるべくそういうのは言わないように努力するから」

 考えることはやめられないけど、と眉を下げて言うアーノルドにアンジェラは赤く染まった両頬に手を添えてふるふると首を振った。

「嫌、なことはないわ。だってそれはアーノルドの好意なわけだし、……でも、あの……恥ずかしくは、あるの。照れてしまうというか……」

 じわじわと赤みが強くなっていくアンジェラの頬に、アーノルドはひゅっと喉を鳴らした。眉間を押さえて空を仰ぎ、それからがくん、と項垂れ深く息を吐き出す。

「な、なんだ、どうしたアーノルド」

「ローレンス……きみの姉は本当に可憐で、美しいな……」

「何を当たり前のことを」

 ローレンスもローレンスで、わりとしっかりシスコンである。アンジェラはえっ、と驚きの表情を浮かべ、おろおろと二人の顔を交互に見やる。

「その美しいアンジェラが頬を染めて照れている姿のいじらしさたるや……」

「あ、あの、アーノルド? そのくらいで……」

「アンジェラ」

 顔を上げて、きりっ、とした表情でアンジェラを見やる。アンジェラは背筋を伸ばし、ぱちりと大きく瞬きをした。アーノルドはアンジェラの手を取ると、両手で強く握り締めうっとりとした視線を向ける。

「ごめん、オレはどうも自分が思っているよりずっと、きみにしっかり惚れ込んでる」

「え、えぇ、」

「一目惚れしてから随分時間が経ってきみに出会ったけど、出会ったことでもっときみを好きになった」

「そ、そうなの、アーノルド」

「きみはまだ傷心だけど、そこにつけ込むような真似はしないと決めているけど、でもきみへの好意を抑えることは出来ない。それがきみの負担になったりしないだろうか」

 アンジェラは顔を真赤にして、ぱくぱくと口を動かしていた。

――彼女は確かに、ランドルフに恋をしていた。ランドルフからの好意のアピールも、あった。手を握って柔らかく微笑んだり、容姿や仕草を褒めてくれたり――だけれどはっきりとした告白はなかった。ただ互いに好き合っている、ということだけはわかっていたけれど。

 そもそもランドルフから「愛していた」という事実を聞いたのは、まさにあの事件の最中、で。

 こんなふうに露骨に、わかりやすく、とんでもなく情熱的に口説かれるのは初めての経験だった。

「アンジェラ?」

「ふ、負担になったり、は、しないわ。しないけど、ほ、本当にとても恥ずかしいの。どうしたらいいかわからなくなってしまって」

 公爵令嬢として強くあらねば、と思い続けてきた彼女は、常に胸を張って生きていた。男性相手に遜ることも媚びることもなく、淑やかで従順な女性を求めがちな男性から言えばそれは「女らしくない」「かわいくない」のだろう。だからドラグニアにおいて彼女に、熱烈にアピールするものなどおらず。ゆえにアーノルドのこの行為は、アンジェラにとって全く未知のものなのであった。

 慌てふためくアンジェラを、アーノルドは口を開けて見つめている。ぎゅぅ、と手を握る力を強め、ほとんど無意識に言葉を発した。

「大変だ、……アンジェラが、かわいい」

 ドラグニアに居たときの兄は控えめであったのだと、マリアベルは思った。

 アンジェラがソール国に来てくれるというので、恐らく今のアーノルドは心底浮かれている。

「アーノルド、……アーノルド、本当にもう、わかったわ、あなたの気持ちは良く……」

 どうしたらいいのか、と曖昧に笑ってアーノルドを止めようとするアンジェラの腕を、マリアベルがつんつんと突いた。

「兄様は本当に、ほんっっっっとうに、初恋を立派に拗らせてますの。アンジェラに会いたい一心で竜族について勉強したり、国の宝物庫から転移石を盗んで使ったり……そんな中ようやく会えたアンジェラには想い人がいて、兄様、一度は想いを諦めようとさえしていたのですよ」

 アーノルドは相変わらず、きらきらとした眼差しでアンジェラを見つめている。マリアベルの言葉を聞いたアンジェラは、は、と顔を上げて視線を合わせた。

「でもアンジェラがその恋を吹っ切ったと知って、兄様の想いは益々大きくなったんだと思います。ですから、アンジェラ」

「な、なにかしら」

「嫌なら本気で拒絶しないと、兄様のアピールは止められません。ずっとずっと、ずーーーっと思い続けていた初恋の君に伝えたい想いが、それはそれはたくさんありますもの」

 アンジェラは困ってしまった。

 恥ずかしいけれど、戸惑うけれど、決して「嫌」ではない。

 大切にしていた恋をなくしたばかりで、――否、なくしたばかりだからこそ、アーノルドの一途な愛情ははっきりとアンジェラに伝わってくる。

 優しく笑う紫紺の瞳は、どこまでも暖かい。最後に見た「空色」とは、まったく別の感情がある。

「――どうしましょう……マリー。困るのだけれど、嫌ではないの」

 手をしっかりと握られたまま、助けを求めるようにマリアベルを見るアンジェラであったが、マリアベルは。にっこり笑顔を浮かべて、兄と同じ紫紺の瞳を、やっぱり優しく細めて。

「そのうち、慣れますわ」

 ずっと我慢していた兄の愛を、どうか受け入れて。

 口には出さずにその感情を込めた言葉を、紡いだのであった。

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