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心を壊した公爵令嬢は愛する人へ舞を捧げたい  作者: 有川カナデ
心を壊したもの、救うもの
18/40

砕け散った心は元には戻らない

 光のささない部屋だった。床も壁も石で作られたその場所には暖かさの欠片もなく、アンジェラは身を縮こまらせて身体を震わせていた。

 乱暴に押し込められた牢の中、アーノルドたちの声も聞こえない。アンジェラの心には寂しさと恐怖が渦巻いていた。

 焦がれていたランドルフの顔を見た瞬間、生まれた感情は喜びよりもさらなる絶望だった。記憶の中の彼と変わらない顔立ち、声であるのにも関わらず、いつかの日まで抱いていた暖かな想いは浮かばずただ悲しさばかりが押し寄せていた。

「私じゃ……私じゃ、ない……」

 何度も頭を振って、か細い声で繰り返す。

 そのときだった。

 カツン、とブーツのヒールがぶつかる音がして、アンジェラはぴくりと身体を震わせる。カツ、カツとゆっくり近づいてくる足音に、身体を益々縮こまらせた。

 ローレンスは、マリアベルは、――アーノルドは、どこにいるのか。

 現状は余りにも心細く、アンジェラは彼らの気配を求めた。

「……アンジェラ」

 聞き慣れた声。だけれどアンジェラは顔を上げることが出来なかった。それは今、求めていた声ではなかったから。

「ねぇ、僕の声が聞こえる? アンジェラ。……僕はきみに、とても会いたかったんだ」

 ひゅっ、と喉を鳴らし、アンジェラが微かに顔を上げる。鉄格子の向こう側に見える空色の瞳に、胸がきつく締め付けられた。

「会いたかった……?」

 彼も自分と同じように思っていてくれたのだろうか。あの事件の犯人は別にいるのだと、ようやくわかってくれたのだろうか。アンジェラの瞳が期待に揺れる。

「あぁ、そうだ。僕はあの街から逃げ出したきみをずっと探していた。……きみに罪を、償ってもらうために」

 紡がれた言葉に、アンジェラの瞳が大きく見開かれた。震える両手をぎこちなく動かし、胸元にそっと添える。

 

 罪。私の、罪?

 

 何の罪を犯したというのか。聞くまでもない、ランドルフは未だあの街で起きた事件を、アンジェラがしたことだと思い続けている。

 冷え切ってしまったと思っていた身体は、さらに凍てついていくようだった。身体だけでなく、心までも。

「ランドル、フ……私の……私の話を、聞いて欲しいの……」

 震える声で、必死に声を漏らす。油断すればすぐにでもまた、壊れてしまいそうだった。

 ランドルフはふっと笑って、それから首を振る。

「きみの話を聞くのは今じゃない。きみが罪を償って、それからだ」

「ちが……違うの、ランドルフ……私じゃないの、あれは……」

「アンジェラ」

 言葉を遮るように名を呼ばれて、アンジェラの身体が強ばる。その空色の瞳は、――焦がれていたはずの色は、輝いてはいなかった。

「僕はきみがとんでもないことをしたと理解した上で、それでもきみを好ましく思っている。きみの罪を受け入れると、そう言ってるんだよ」

 少しずつ、少しずつ。確実にその「ヒビ」は、大きくなって行く。

「だからこそ罪を償って欲しい。そうしたら僕たちはまた、一緒にいられるんだ」

 アンジェラの耳に、それがどんどん壊れて行く音が響いていた。

 ずっと大切にしていたもの。変わらないと思っていた想い。

「きみにはこの国のために、その力を使って欲しい。炎舞、と言ったっけ。街を燃やした、竜族のもつ強大な力だ」

 あれほど焦がれていた声が。

 その声でまた名を呼んで欲しいと願っていた音が。

 どういうわけか、少しも心に浸透していかない。彼の言葉が、心に響かない。

「きみが敵国の兵士をその力で退ければ、きみの罪は不問に付すと父上が言っている。……アンジェラ、きみも僕のことを想うのなら、頷いてくれるだろう?」

 刹那、ばきりと強い音が聞こえた。アンジェラの心の中で、何かが割れた瞬間だった。

 それは粉々に砕け散り、もはや元の形には戻らない。

 アンジェラはガラス玉の瞳をぼんやりと見開いたまま、ランドルフを見つめている。すぐに返事がないことに戸惑ったランドルフは視線を動かし、さらに言葉を続けた。

「きみが罪を償えば、もちろんきみの弟たちも開放する。僕もきみの弟に手荒な真似はしたくないんだ」

 少しの間のあと、アンジェラの唇がゆっくりと動いた。

「アーノルドは」

 今度はランドルフが微かに目を見開く。アンジェラが紡いだ名前が、さきほどまで彼女に寄り添っていた男だと気づくと奥歯をきつく噛み締めた。

「アーノルドとマリアベルも、開放してくれるのね?」

「……あぁ、もちろん」

「そう……」

 アンジェラは小さく答え、それから静かに目を閉じた。ついさっきまで怯えるように胸元に寄せられていた手は膝の上に置かれ、目を開くと光のなくなった瞳がランドルフを見上げる。口角をわずかに上げて、答えた。

「わかったわ」

「! アンジェラ……」

 ランドルフの表情が嬉しそうに綻ぶ。鉄格子の前に膝を付き、視線を合わせてアンジェラを見つめた。

「アンジェラ、全てが終わったら、きみに話したいことがある。きみもきっと、喜んでくれると思う」

「話したいこと……」

 彼女が僅かに浮かべた笑みを、ランドルフは肯定と受け取った。すぐにこの鉄格子の向こうに行ってアンジェラを抱きしめたい衝動に駆られるが、それを堪えて優しい笑みを浮かべた。

 それはいつか、アンジェラが愛したランドルフの笑顔だった。


 愛した人は、炎舞を使えと言った。

 炎舞で兵士を退けろと――その力を持ってひとを傷つけろと、そう言った。

 そうして罪を償えば許してやると。そうして、弟たちも開放してやると。

 話したいことがあると言っていた。

――話を聞いてはくれないのに。

 ずっと話を聞いてほしかった。あのとき起こった事実を聞き入れてほしかった。

 罪を受け入れてほしかったのではない、罪ではないと言ってほしかったのに。

 彼は結局、アンジェラのことを知らないままだった。恐らく知ろうとすらしなかったのだ。

 炎舞が何であるのか。

 炎舞を使うことの意味が、どういうことであるのか。

 

 彼のために舞いたかった。

 彼に全てを捧げたかった。

 

 だけれど、もう。

 

 

 アンジェラの瞳から、涙は溢れなかった。

 ただ薄く笑みを浮かべて、遠くを見つめているだけで。


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