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心を壊した公爵令嬢は愛する人へ舞を捧げたい  作者: 有川カナデ
心を壊したもの、救うもの
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心が壊れ始めた瞬間

 その世界で王族と貴族に生まれたものは、ある年齢の時期から一年、平民として生活するという習慣がある。

 多くの平民を統治する上で、彼らの生活を知ることは重要だと過去の権力者が始めたのがきっかけだ。彼らは自身がどこの生まれであるかとは決して口には出さず、あくまで平民として生活する。平民たちもそれを理解して、彼らが本来自分たちよりずっと身分が上のものであると察しても、同じ平民として接するのが常だ。

 まずは五歳のときに一年、侍従を「親」として自国の街で生活する。その侍従たちも過去は、同じように平民の生活を体験しており、またその際に与えられる「家」は、きらびやかで高価なものはなく、平民として必要最低限のものだけが置かれていた。

 そして次は十七歳のときに一年。今度は自分の力のみで、他国の街で生活する。

 五歳のときよりも小さな、生活必需品も必要最低限だけ用意された街で一人、他国の街の様子や歴史を学び、さらにはそこで社交性も身につける。

 そうしてやっと彼らは、自分の立つべき位置を見極めることが出来るのだ。

 

 アンジェラ・ヴァレンタインは、空に浮かぶ国ドラグニアに生まれた公爵令嬢である。

 背中に流した鮮やかな赤い髪色に、少しつり上がった金の瞳は、彼女が「竜族」であることの証明だ。

 竜族は炎の加護を強く受けた一族であり、その強大な力ゆえに他国との関わりは特に慎重だった。だが外交を行わないということはなく、貴族、王族も地上のものたちと同じように平民として生活する期間を設けている。

 だが、その強大な力は多くの人間にとって畏怖の対象の場合が多く、過去竜族がその力で持って一国を滅ぼしたことがあるという事実から「化け物」や「悪魔」と形容されることもある。地上に降り立つ竜族にとって、一般的な社交性や勉強はもちろんのこと、竜族という存在を受け入れてもらうための努力も必要だった。

 アンジェラが訪れた街は、長閑な場所だった。最初こそ竜族であるアンジェラに警戒していたものの、彼女と言葉を交わし彼女の生き方を見ているうちに次第に心を開き、半年以上経った頃にはすっかり彼女を街の一員として認めていた。

 そこにはある一人の青年の力があった。

 ランドルフ・オブライトという、ダークブラウンの髪に空色の瞳を持つ彼は、アンジェラと同じくとある国の高貴な身分である。アンジェラと時期を同じくして同じ街に訪れ、すぐに彼女と打ち解けた。

 明るく物怖じしない性格の彼は、アンジェリカの容姿にすぐ竜族であると理解した。話に聞いたことのある竜族というのは強大な力を持ち、自信に満ちた傲慢な表情を浮かべているーーと聞いていた。だけれど目の前の女性は、そうではない。顔つきこそきつい印象を与えるものの、その瞳は戸惑いに揺れて、まるで人との接触に怯えているようだった。

「竜族の印象は決して良いものではないと思っているのです」

 アンジェラが小さな声で言う。

「国を滅ぼすことの出来る力を持つもの。……『化け物』や『悪魔』と、普通の人の目にはそう見えていることでしょう。それを思うと、人と関わることが怖いのです。幼い頃は何も考えずにいられたけれど、たくさんのことを学び、たくさんのことを知った今では……」

「そんなふうに考えることが出来るきみは、とても優しい人なのだろうね」

 ランドルフの声に、アンジェラは喉からか細い声を上げて顔を上げる。ランドルフは優しく微笑んで言った。

「僕にはきみが、噂に聞く化け物や悪魔のようには見えない。その赤い髪も金色の瞳も、初めて見る美しさだ。何よりその心は、化け物のそれではないだろう? きみはただ竜族の生まれなだけで、僕らと何も変わりのない存在だ」

 ただの慰めであったのかもしれない。暗い表情を浮かべたアンジェラを気遣っての発言だったのかもしれない。

 それでもそのときのアンジェラにとって、その言葉は何よりも暖かく、嬉しいものだった。

「僕ときみは、同じ立場だ。ここで平民として共に過ごし、国のための力をつけよう。民の声に耳を傾けよう。きみが自分の出生で一歩を踏み出せないというのなら、僕が力を貸すよ」

 二人が惹かれ合うのに、そう時間はかからなかった。

 ランドルフの力添えもあって、アンジェラもすぐにその街に馴染んだ。長閑な街は民の性質もとても穏やかで優しく、アンジェラが積極的に学ぼうとしている姿勢を見て竜族への偏見を改めた。当然、全ての住民がそうではなかったが、それでもアンジェラに悪意を向けるものはおらず、大人も子どもも分け隔てなくアンジェラに友好的な声をかける。

 その街での生活が「当たり前」のものになる頃には、アンジェラとランドルフの関係もより親密なものになっていた。互いにそれを言葉にしたわけではないが、好意を抱いていることは明らかで。そんな二人を街の人々は、暖かい眼差しで見守っていた。

 この人になら。

 アンジェラはランドルフへの恋心は本物であると自覚して、決心を固めた。

 この人になら、私の「炎舞」を捧げても構わない――否、捧げたい。そう強く思っていた。

 だけれどある日から、歯車が狂い始めた。

「初めまして、アンジェラさん。私はシンシア。同じ竜族として、仲良くしてね」

 少しばかりくすんだ、ウェーブがかった赤い色の髪に、金色の瞳。目尻が下がった、可愛らしい顔立ちの少女が街へやってきた。街に同じ国のものが訪れるのは決して珍しいことではない。アンジェラはこの偶然を、最初はとても喜んでいた。

 ランドルフと共に、彼女ともまた良好な関係が築けると思っていた。

 それが、時間が過ぎる度に小さな歪みを生む。

 シンシアは誰が見てもわかるくらいに、ランドルフに執心だった。心細いから、不安だからと常にランドルフに同行を願い、まるで恋人でもあるかのようにぴったりと寄り添う。ランドルフは強く断ることも出来ず、ただ申し訳無さそうにアンジェラに視線を向けた。

 アンジェラは自身の腹の奥から、黒い感情が生まれるのを感じていた。

 だが自分はランドルフの恋人ではない。まだ彼には何も伝えていないのだから、嫉妬するのは間違っている。そんなふうに考え嫉妬を押し込め、アンジェラはある日、決意した表情でランドルフに言った。

「あなたに見て欲しいものがあるの」

「見て欲しいもの?」

「えぇ。あなたにだけ、見せたいの。……必ず一人で来てくれる?」

 出会った頃と同じような、不安を携えた瞳。ランドルフは表情を引き締め、けれど目元は優しげに細めてアンジェラの手を強く握った。

「約束する。必ず一人で会いに行くよ」

 じわりと、アンジェラの心が暖かくなる。嫉妬から生まれた黒い感情は、ランドルフのその眼差しだけで消え去ってしまった。

 シンシアがどれだけランドルフに近づいても、彼の心は自分に向けられている。この手の温もりに間違いはない。

 そっと離れたその手に、もう二度と触れることが出来ないと――このときの彼女は、思ってもいなかった。



 アンジェラは、目の前の光景が信じられなかった。

 昨日まで確かにそこにあった「街」は、炎に焼かれ凄惨たる状態になっていた。家は焼け崩れ街路樹も電灯も倒れ重い煙が上がり、あちこちに人が倒れている。そのほとんどの人が黒く焼け焦げ、恐らくはもう……。

「、ランドルフ……ランドルフは……!」

 アンジェラは顔を蒼白にして、周囲を見渡し走り出した。一体何が起こったのかわからない。昨日まではいつもの街だった。長閑で、明るくて、穏やかなひとのいる街だった。それがなぜ、こんなことに。

「ランドルフ!」

 見慣れたダークブラウンの髪に、アンジェラの表情が安堵に緩む。息を切らせて近づいた、その刹那だった。

「近づくな!」

 鋭い言葉に、アンジェラの鼓動が強く鳴った。その声がランドルフから漏らされたものだとは思わなかった。

 ランドルフの腕には、体中から血を流したシンシアが抱かれている。アンジェラははっと息を飲んだ。

「シンシア、なぜ」

「きみはなぜこんなことをしたんだ、アンジェラ」

「……え?」

 ランドルフの瞳には、深い悲しみと怒りがあった。シンシアの身体を抱きしめて、アンジェラを強く睨みつける。

「世話になった街を、同郷のシンシアをこんなふうに傷つけて……きみが僕に見せたかったものはこれか? こんなものを僕に見せて、きみは何を考えている?」

「え、……え、? ランドルフ、何を……」

 アンジェラはランドルフの言葉が理解出来なかった。その言葉を受け入れることを、本能的に拒否していた。

 ランドルフはこの街の有様を、傷ついたシンシアを、アンジェラのせいだと思っている。

「私は何も、」

「きみでなければ誰だと言うんだ? これだけの炎で、僅かな時間で街と人を焼き付くすことが出来るのは――竜族のきみしかいないだろう! きみが『炎舞』を持って、この街を燃やし尽くしたんだろう!」

「違います、私は」

「きみ以外に誰がいるんだ! 同じ竜族のシンシアは傷つき、街の人はもちろん、僕の身体も焼かれた。その中でアンジェラ、きみだけがなぜ無傷なんだ!? きみがこの惨状を引き起こしたんだろう!?」

 違う、私じゃない。

 その言葉は喉の奥に引っかかって、出てこない。ただ何度も口を開いては閉じ、は、は、と浅い呼吸を繰り返していた。

 ランドルフはなぜ、頭ごなしに自分を疑っているのか。「アンジェラがやった」のだと、断定するのか。

「ちが、……ランドルフ、わた、私、私が見せたかったのは、」

「あぁ、もういい!」

「き、きいて、おねがい、私の話を、」

「きみの話など聞く価値もない! こんなことを平気でやってのける『悪魔』の話など」

 突き放す言葉に、アンジェラの喉がひくりと鳴った。指先が冷えて、身体が震える。辺り一面に炎が広がっているというのに、アンジェラは身体の奥からの冷えを感じていた。

 自分がやったのではないと信じて欲しいのに、その言葉を紡ぐことも許されない。ランドルフは今、アンジェラの全てを拒絶している。

 ランドルフは首を振り、自嘲を込めた声で言う。

「……たった一時でも、きみのような化け物を愛したことが信じられない……」

 その瞬間アンジェラの心に、氷の刃が突き刺さった。声は出なかった。涙も溢れなかった。


 悪魔。化け物。

 国一つ滅ぼせる力を持った竜族は、化け物以外のなにものでもない。


――そうではないと、言ってくれたのに。

 竜族の生まれなだけで、同じ存在だと言ってくれたのに。

 街の人の竜族への誤解がとけると、自分のことのように喜んでくれた。僕の言ったとおりだろう、と自慢気に笑って。

 心無い言葉には、「きみを知らないからそう言うんだ」と怒ったように言った。それがとても嬉しかった。

 だけれど。

 

 あの暖かな眼差しは、優しい声は、もうない。

 アンジェラの瞳からは光が失われていた。

 慕っていた、愛していた相手からの拒絶は、アンジェラの心に刺さったまま消えることはない。

 

 彼女の心はもう、ただ静かに崩れて行くだけであった。

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