ボロアパート・ヒストリー
「歴史は実に美しい!」
私は友人との会話の際必ずこう切り出す。私はこれをただの癖だと思っているのだが、友人からは奇行の一種と思われているらしい。それ故私の言葉に真剣に耳を貸すものは少なく、というかそもそも友人があまりいない。
とはいえ気の合う友人が全くいないのかというとそうでもなく、例えば今目の前に座っている彼は私のよき理解者の一人である。退屈そうに頬杖をついてはいるが。
「時間をかけて積み重ねてきたものは自然と人を感動させる。卒業式で涙を流すのも、そこに数年間の学生生活という歴史があるからだ」
「そりゃ不登校の奴が卒業式だけ出たって感動も何もないわな」
彼は相槌を入れるのがうまい。話をちゃんと聞いていない風を装って入るが、「私がどんな話をしたいのか」をきちんと理解していて、話の腰を折らない程度に口をはさんでくれる。
「そうだろう!私たちはまだ若いから『学生時代はロクなことがなかった』などと考えてしまいがちだが、後二十年もすれば『学生の頃は楽しかった』と深い感慨を覚えるだろう。それも又歴史のなせるワザなのだ。そしてそれは人に限った話ではない」
「……このボロアパートにも歴史があるってか?」
「いかにも!」
彼が部屋をぐるりと見まわす。薄汚い、木造の、窮屈な部屋だ。
「築七十年、一度も改装やリフォームがされていないこの部屋はまさに歴史そのもの!ゆがんだ窓枠、きしむドア、壁のしみに床のへこみ、すべてに歴史があり、私はこの部屋を通じて世界の歴史を知る!どうだ、素晴らしいだろう?」
「まあ、お前が楽しいならそれでいいんじゃね」
「ここに住んでみて改めて感じたよ。歴史の美しさ、その奥深さに……。『こんなボロアパートによく住めるな』なんて言う輩もいるが、まるで気が知れん」
「まーまー、ボロいのは事実なんだし、そういう考えの奴だっているさ」
話が一段落ついたと感じたのか、彼は大きく伸びをした。床に座って話し続けていたので体が凝ってしまったようだ。私も姿勢を崩し飲み物に口をつける。
「それで?なんでわざわざ俺を家に呼んだんだ?なんか理由があるんだろ」
まったく、彼の察しの良さにはつくづく感心してしまう。本当に気配りの上手いやつだ。おかげでこちらから話を持ち掛ける手間が省けるというものだ。
「実は折り入って頼みたいことがあるんだ」
「何だよ」
「今週末に引っ越しする予定なんだ。手伝ってくれないか?」
読んでいただきありがとうございます。
今回も企画応募作品です。ネタ切れのため数日あきましたが、今後も断続的に投稿を続ける所存ですので応援よろしくお願いします。
久しぶりの完全に独立した短編です。「歴史」を話の軸にしつつもうまく「ボロアパート」要素を取り入れたつもりなのですが……ご意見、ご感想などありましたらコメントしていただけると嬉しいです。