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令和ナンパ勝負

作者: 丸子稔

 妻に先立たれて早三ヶ月。


 一人暮らしにもようやく慣れてきた頃、わし宛に一通のパンフレットが送られてきた。


 ページをめくってみると、そこにはある老人ホームの概要が書かれていた。


 一人息子の高至は一緒に住まないかと言ってくれているが、嫁の道子がわしのことを毛嫌いしているため、一緒に暮らす気はさらさらなかった。


 かといって、このまま死ぬまで一人暮らしというのは少し味気ない。


 悩んだ末、まずは様子見にと、わしはその老人ホームへ見学に行くことにした。





電車で最寄りの駅まで行き、そこからタクシーで向かっていると、「あそこに見えるのがそうですよ」と運転手に言われたので、わしは窓の外に目を向けてみた。


 すると、そこには、パンフレットに写っていたものと同じ豪華な建物がそびえ立っていた。


 到着後、中に入り、見学に来たことを職員に伝えると、「そうですか。それではいろいろ説明させていただきますので、こちらまでよろしいでしょうか」と応接室に案内された。


「まずは、こちらをお読みください」


 そう言って手渡された文書には、一日のスケジュールが書かれていた。


 最初の行に起床は朝六時と書かれていたが、別段強制はしないらしい。


 そして、起きた者から順次食事を取り、その後は入浴、体のケア、レクリエーション等を行うと書かれている。




「ここまでで、何か質問はありますか?」


「わしは、朝はいつも食パンを食べとるんだが、ここの朝食はパンとごはんのどちらだね?」


「一応、両方用意しております。なので、心配することはありませんよ。他に何か聞きたいことはありますか?」


「レクリエーションというのは、例えばどんなことをするのかね?」


「トランプや麻雀などのゲームが多いですね。あとは、外に出て、ゲートボールやグラウンドゴルフを楽しむ方もおられます」


「ふーん。なんか楽しそうだな。ところで、ここの入居者は皆仲良くやってるのかね?」


「そうですね。正直に言うと、みなさん多少の合う合わないはあるみたいですが、基本的には仲良くやっておられます」


「そうか。じゃあ、ここに世話になろうかのう」


 わしは、その日のうちに、この老人ホームに入居することを決めた。




 老人ホームでの新生活が始まると、わしは男女問わず、積極的に話し掛けた。


 元々、物怖じしない性格なため、みんなともすぐに打ち解けられた。


 そんなある日、朝食後に新聞を読んでいると、「丸小さん、あなた、顔はキリッとしているし、話術にも長けているから、若い頃はさぞかしモテたんでしょうな」と、最近よく話をする上田さんが声を掛けてきた。


「そうですな。若い頃はよく街でナンパしておりましたが、ほぼ百発百中でしたな。わっはっはっ!」


「ナンパですか。そういえば、私たちの若い頃はガールハントと言っておりましたな。ところで、女性にはどんな風に声を掛けていたんですか?」


「若い頃は貧乏だったもんで、喫茶店に行くお金すら持ち合わせておりませんでした。なので、まずは『何か飲み物でもおごるよ』と声を掛けて、付いて来た女の子を自動販売機まで連れていって、こう言ったんです。『何でも好きなもの飲んでいいよ』って」


「本当ですか! それで相手はどんなリアクションをとったんですか?」


「まさか自動販売機に連れていかれるとは思っていないでしょうから、最初は皆あぜんとしてましたな。でも、そこで缶コーヒーでも飲みながら得意のしゃべりを披露すると、皆メロメロになるんですわ。そして、その後のデート代は全部払ってもらいましたな。わっはっはっ!」


「それはすごいですな。ところで、得意のしゃべりとは、どんな話をされていたんですか?」


「まあ、色々ですよ。例えば、自動販売機に連れて行った時、相手がオレンジジュースを選んだとしますよね。その時に『そのオレンジジュースを俺んちで一緒に飲まない?』といった小粋なギャグをかますんです。その瞬間、相手は大爆笑ですよ。わっはっはっ!」


「なるほど。ちなみに、今まで何人くらいの女性をナンパしたんですか?」


「それは、さすがに憶えておりませんな。なんせ半世紀も前のことですから。一つだけ憶えているのは、ナンパに成功した女性の家に転がり込んで、そのまま同棲したことくらいですな。まあ平たく言えば、ヒモみたいなものですよ。わっはっはっ!」


「それは羨ましいですな。ところで、今はもうナンパはしないんですか?」


「いやあ、さすがに今はしませんよ。もう七十歳も越えておりますし。たとえ、したとしても、付いて来るのは、しわくちゃのおばあさんくらいじゃないですかな。わっはっはっ!」


「そんなことはないでしょう。それでは、今から私とナンパ勝負でもしませんか?」


「ナンパ勝負?」


「ええ。若い女性限定で、どちらがより多くのナンパに成功するかを競うんです。幸い今日は休日なので、街に出れば若い女性がたくさんいますよ」


「本気ですか?」


「もちろん本気です。では、制限時間は今日の夕方六時にしましょう。場所は○○公園で、ナンパした女性をそこへ連れてきてください」


 そう言うと、上田さんはいそいそと出掛けていった。


 わしも後を追うようにホームを出、若者が多く集まる場所へと急いだ。




 昔取った杵柄で、わしは街に出ると、片っ端から若い女性に声を掛けた。


 しかし、七十二という年齢と半世紀のブランクは、わしの身体に重くのしかかった。


「おじいちゃん、頭大丈夫?」とか「あはは。なにこれ、ナンパ? 超ウケるんですけど」とか、孫と同世代の女性に好き放題言われ、あげくの果てには「いい歳して、なにナンパなんかしてるんですか! こんな姿を亡くなった奥様が見たら、どれだけ悲しむと思ってるんですか!」と説教を食らう始末だった。


 すっかり自信をなくし、休憩がてらコンビニの喫煙所でたばこを吸っていると、女優の○○似のキレイな女性が声を掛けてきた。


「さっきから観てたんですけど、なぜナンパなんかしてるんですか?」


「いやあ、これには深い理由があってね」


 全然深くなんかないのだが、男としての性がわしにウソをつかせた。


「どんな理由ですか?」


「病気でもう先が長くない妻が、毎日のようにうわごとで『もう一度孫に会いたい』って言うんだよ。孫娘は去年事故で亡くなってるんだけど、完全にボケてしまって、もうその記憶もないみたいなんだ。そんなわけで、とりあえず誰でもいいから、若い女性を孫に見立てて連れて行こうと思ってね」


「そんな事情があったんですか。じゃあ、私でよかったら、一緒に行ってもいいですよ」


「本当かい? それは助かるな。妻もきっと喜ぶよ」(毒を食らわば皿までと言うが、こんなウソついて本当にいいのだろうか? 後でちゃんと謝ろう)


 


 女性を連れて公園に行くと、上田さんはなんと五人もの女性を連れてきていた。


「おや? 丸小さん、たったの一人ですか。どうやらこの勝負、私の圧勝みたいですね。わっはっはっ!」


「これは一体どういうことですか?」


 女性が怒りに満ちた表情で訊いてきたので、わしはその経緯を説明したうえで謝罪した。


「信じられない! そんなどうでもいい勝負のために、あんな手の込んだウソをついたっていうんですか? もう最低ですね!」


 女性は強烈な捨て台詞を吐きながら、足早に去っていった。


「丸小さん、いくら勝ちたいからといって、ウソをついてはいけませんな。やはり勝負というものは正々堂々としないと。わっはっはっ!」


「ふん。どうせあんただって、なんか汚い手でも使って、その子たちを連れてきたんだろう?」


「失敬な! 私は汚い手など使ってはいない。正々堂々とナンパしただけだ」


「どうだか。うん? よく見ると、この子たち、皆あんたと似てますな。もしかして、五人ともあんたの孫じゃなかろうな」


「うっ、そ、それは……」


 わしの指摘はどうやら図星だったようで、上田さんは反論することができず、五人の孫たちの前で、ただ()()()()するだけだった。 







 




 





 










  







 




 





 










  







 




 





 










  





 




 





 










 

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