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平穏な今日この頃を享受している我々は

作者: 上昇気流

時代の切り替わりを機に書いてみたお話。

拝啓 我が友、朝日


今日こちらは焦げるような暑さだった。こんな日くらい連中も大人しくしてくれれば良いんだがな...

今月も死者が大量に出たさ。うちの大家の奥さんも犠牲になったし、よく行ってた市場の八百屋の店主も昨日いなかった。

毎回愚痴るようですまないが、落ち着いて暮らしていられるそっちが羨ましいよ。一攫千金を目指してこっちに来たが日本を出て以来、良いことなんて一つもありゃしない。前は金さえあればなんでも良いなんて思っていたが今はそうは思わない。平和に生きていられるなら全財産をなげうっても良い。

お前さんはまだ若い。


道を見損なうなよ


敬具 西野


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


私は眺めていた手紙を投げ出し、ベットに飛び込む。20歳も年上の最愛の親友、西野からの最後のメッセージ、この1ヶ月絶え間なく読んでいたこの手紙だ。

この数年で社会は大きく変わった。世界のあちこちで紛争を終結させる流れが沸き起こった。そして、今や戦争はこの世からなくなった、ただ一箇所を除いたら。それが地球最後の戦線、ミファーナ。

世界で最後の戦争現場である事実はミファーナに大きな社会現象を巻き起こした。職を失った多くの制圧官が集まったのだ。ミファーナは太平洋の一角にあるたった33㎢の島とその周辺海域の呼び名である。そんな極狭な範囲に大量の軍用施設が立ち並び、兵器が格納されている。そして、何年か前には精鋭と呼ばれた制圧官が戦場を諦めきれずに今もなお戦っている。

西野もそのうちの1人だ。彼と出会ったのは何年か前、京都解放の時だ。京都解放の真っ只中にあった三条通りに私は住んでいた。10歳にもなっていなかった私は恐怖に打ち震えていた。味方と騙って近寄った敵兵に親は撃ち殺され、敵味方もわからない中親戚の家で虐げられ生きていた。12の月、私はいつものように意地の悪い叔母にいじめられていた。寒い冬空の下、お仕置きと称して私は家先に立たされていた。

そんな中だった。1人の男が足を引きずって近づいて来たのは。戦いに巻き込まれないため、ほとんどの家は扉、窓を締め切り不要な外出はしていなかった。広い三条通りにはその男と私しかいなかった。男は長身の銃を担いでいた。

三日月の紋様に鷲をかたどったエンブレム、占領派の証。私はその事実を認知した瞬間に凍りついた。

息も絶え絶えにその男は銃を構えた。私は来たる衝撃に身を構え、暖かい家族の記憶を呼び起こし.....

男が崩れ落ち、どこからか出て来た青年が拳銃を下ろす。そんな映像を見て私の意識がブラックアウトして行く。

その後のことは対して記憶に残ってはいない。封印した悲しい記憶の一つだ。そんな風にして出会った西野とはすぐに大の親友となった。京都解放の後も日本の最高峰の制圧官だった彼はすぐにあちこちの戦場に飛び回って行った。私と西野はお話をするためにある一つの約束を結んだ。お互いに月1回手紙を送り合うことだ。まず毎月1日に西野が私に手紙を送ってくる、そして私がその送り元に手紙を送る。そんなことがお決まりになっていた。しかし2ヶ月前に送られて来た最後の手紙には送り元が書かれていなかった。

おそらく彼はわかっていたのだろう。もう既に自分の命は長くはないと。

そんな虚しさを感じながらも私は今日もご飯を食べ、仕事へ行き、睡眠を取って、平穏に暮らしている。暮らしてしまっている。

争いというものの横にいたことを自覚しきれずに私は享受していた。平穏という見せかけの甘い蜜を、平和という巧妙に隠されていた毒を。

ミファーナで出たたった1人の死者などもはや放送されない。身内の悲しみを共有するのは身内にすぎない。いつの時代だってそうだったのだろう。


平穏な今日この頃を享受している我々は。


平穏な今日この頃を享受している我々は幸せである。


平穏な今日この頃を享受している我々は幸せであると共に不幸なのかもしれない。

しかし、数多くの犠牲の上で立って無事に暮らしている私たちは、せめて笑って暮らしていなければならない。その義務があるのだ。笑って暮らせよと我が最愛の友が微笑みかけてくるみたいだ。

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