第九十六話 現人神、ゴブリン対策会議を開く。
「元々はゴブリン達に俺達の脅威を示し、こちらに対して襲いかかる気を失くす計画だったが、どうもそれだけでは足りそうに無い。向こうは種族の存続がかかっている可能性があるのだからな。何か良い意見はないか?」
白夜は早速会議を始める。もはや小慣れたもので、意見はポンポンと出てくる。
「そうですね……どこか一箇所にゴブリンを集め、主人さまのスキル<削除>で跡形もなく消してしまえば良いのでは?」
「コウハク……過激すぎない? 聞いてると向こうもそこまで悪気はなさそうに見えるし、もうちょっと穏便にさぁ……」
「イルミナは甘すぎますよ。ゴブリンは人間とは違うのです。意思疎通が出来ない獰猛な獣に対して平和のために出来ることがあるとすれば、戦う気を失わせるか、いっそのこと全て滅ぼすことくらいでしょう」
「う〜ん……そうかもしれないけどさ、もしかしたら話が通じるゴブリンもいるかもしれないじゃん?」
「……あまり希望的観測をすることは褒められませんね。もしそのような存在が居たとしても、我々の意見を聞くかどうかも分かりませんよ」
「ならば、意見を無理やり聞かせれば良いのでは? イルミナ殿なら出来るでござろう?」
「……ごめんねギンくん。それは自信がないな。人間の美的センスとゴブリンの美的センスは違いがあるだろうしね」
確かにそうだろう。
動物によって好みは絶対にあるはずだ。
例えイルミナが人間種にとってどれほどの美貌を持っていようとも、ゴブリンにはそれがモンスターに見えるかもしれない。
前回は大活躍だったイルミナのスキル<神祖>の魅了効果は今回使えないだろう。
だとすると、もはや殲滅しかないような気もする。
だが――
「……俺も殲滅には反対だな」
白夜はコウハクの案を否定する。
「……それは何故でしょうか? 主人さま」
コウハクは白夜の方へと顔を向け、問いかける。
「……イルミナが悲しそうな表情をしているからな」
「――っ!」
イルミナはビクリと体を震わせる。
種族を殲滅することに敏感なのは言わずもがな、今や吸血鬼は彼女一人になってしまったからだろう。
それゆえ、『絶滅』という言葉に敏感なのだ。
心優しいイルミナにしてみると、種が絶滅するということを自分に置き換えて考えてしまうのだろう。
「ハクヤさん……」
イルミナは安らかな――心底安堵したかのような笑顔を白夜に向ける。
「……なるほど。ですが主人さまともあるお方が、よもや感情論だけで否定するはずないでしょう?」
コウハクはニヤリといたずらな笑みを浮かべる。――こんな表情を教えた奴は誰なのだろうか。
「……ま、その通りだ」
こうしてゴブリン対策会議は核心へと迫り、やがてゴブリン制圧計画が完成するのであった。
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「グギャ! グギャギャギャ!」
「ググ! ギャガギャガ! ググ!」
ここはゴブリンの巣穴。山の洞窟に住処を作り、ゴブリン達はそこで暮らしている。
住処とは言っても、人間のそれに値するものではない。
洞窟に山や森で狩った獣や木の実や山菜などの食料、自分たちで作ったり人間から奪ったりした武具などを乱雑に置く置き場とも言える。
彼らにとって巣穴とは装備を整えたり、身を隠したりするための場所であり、生活するにあたっては寝る場所と食べる場所があればそれだけで良いのだ。
人間ほどの知性がない生物なのだから当然だろう。
だが、この巣穴には“王”が居た。
『ゴブリンロード』とも『ゴブリンキング』とも呼ばれる、頭冠を被り、大人の人間の背丈ほどある大きなその存在は、危険度にしてAクラス。
エリートの冒険者達でようやく対処可能な程の強者だ。
それ以下のランクの冒険者達では到底太刀打ち出来ないどころか、返り討ちにあうだけであろう。
その理由は王の『狡猾さ』にある。
まるでずる賢い人間の如く罠を張り巡らせ、武器を巧みに扱い、仲間に号令し、ベテラン冒険者であっても窮地に追い込むほどの知性をゴブリンの王は持っているのだ。
その知性を用いて王はこう考えている。
――あの人間の村を頂こう――と。
王は賢い。
森や山ではちあった時ならば仕方ないが、普通ならば人間を相手に命を奪い合うことは滅多にしない。
人間は賢く、執念深いことを知っているからだ。
下手にちょっかいを出せば恐ろしい強さを持った人間達―例えるならSランククラスの冒険者達をよこされるかもしれない。
だから普通ならば人間の村を襲うことなどはしない。――普通ならば。
もうこの辺りの山や森に食料が無くなりつつあるのだ。
低身長であるゴブリン達が取れるような高さの木の実は取り尽くし、高い場所にあるものはゴブリンでは取れそうにもないし、数も少ない。
であれば獣を狩れば良い。
良いのだが――
「グギャ! グギャギャギャガ……」
「グギ……」
仲間より受けた報告は「本日も成果なし」だ。
なぜか獣も数を減らしつつある。
――それもこれも抗争のせいなのだが、ゴブリン達では知る由も無い。
何せ遠方へと向かわせたゴブリン達は帰ってくることがなく、それらの情報を得ることが何一つ出来ていないのだから。
しかし、王は考える。――何やら山や森にこれ以上居るのは危険だろう――と。
使わせたゴブリン達は帰って来ず、食料も取りづらくなりつつある。
このままだといずれは食料が無くなり、餓死する者も出てくるだろう。
そうなると待ち受けるのは――絶滅だ。
ゴブリン達は一人一人だと大した戦力にはならない。
人間の子供程度の能力しか持ち合わせていないのが殆どだ。
王のように長く生き残れて体が大きく力がある者はごくごく少数であり、貴重な者だ。
ゴブリンたちの性質を一言で表すのならば――質より量。
だからこそ数を減らす前に、なんとしてでも新しい餌場を手に入れないといけない。
そこで目をつけたのが近隣の村――トルタ村。
ここには以前ゴブリンの使いを送り、食料を得てほとんど無傷で全員戻って来ている。
このことから王は考える。
――あの村には自分たちを攻撃出来るほどの強者が居ないのではないか――と。
「……グギャ。グギギギャギャガギャ!」
「――!」
王は命令を下す。
――あの村を襲え。あの村を我らの住処とするのだ――と。
これは大きな賭けのように見えるが、王に取ってもはやどうしようもないこの状況では一向の光に見えていた。
あの村を手に入れるということ。
それは伝説上の存在――ゴブリン王国を作ることの第一歩でもあるとも考えられる。
「グギャギャギャギャ!」
「「「グギャー!!!」」
こうしてゴブリン達はトルタ村への蹂躙を開始するのであった。
そこにAランククラスの強者達がゴロゴロと居ることを知らずに。




