第九十二話 メシア、クイズに挑戦する。
第一種目『借り物競争』が無事終了し、各自二十分ほど休息を取っていた。
「ふぃ〜。つい熱が入っちまったな。休憩休憩〜」
「そだね〜ハクヤさん。次はマルバツクイズだし、実況はいらないよね〜」
白夜とイルミナは汗を拭いながらテントに戻り、一服する。
「お疲れ様です主人さま。素晴らしい働きでした。•…ついでにイルミナもお疲れ様です」
するとコウハクが二つの水筒を持って歩み寄ってきて、すっと水筒を二人に渡してきた。
「……お、おう。ありがとな」
「……う、うん。ありがとう」
((……やばい。仕事サボってたから怒ってるかも……))
白夜とイルミナの二人は狼男達を評価するという仕事をサボり、ただ実況にひたすらのめり込んでいた。
仕事をしている側からすると、不満の一つや二つが爆発しても文句は言えない状況だ。
二人が少々怯えていると――
「しかし……本当に主人さまは素晴らしいお方です。評価に値しないと思っていた狼男――三十三番の内に眠る可能性をあっという間に開花させるのですから。あのような狙いがあるとは……わたくし、感激致しました!」
コウハクはキラキラと尊敬の眼差しを向けてくる。
――え? なんで?――などと白夜が思っていると――
「まったくですな」「さすがはハクヤ殿でござるな」「……え? なに? どゆこと?」
といった声が返ってくる。
(ま〜た何か勘違いしてるな。もうここは潔く、そんなことしてないって言うか……)
「いや、そんな大したことはしてないさ。俺はただ場を盛り上げただけだ。な? イルミナ」
「う、うん……そうだよね」
と白夜が言ってのけると――
「……なるほど。そういうお考えもありましたか。であれば……確かにそう振る舞うのが正解でしょうね。でしたら、わたくしからはもう何も言いません」
(……は? なにが?)
白夜がそう思っていることを知らずに、コウハクはまた白夜への上がりに上がりきった信仰心を、一人勝手に高めているのであった。
「……一体何が何なの?」
「さぁ……あのお二方は頭が良すぎるでござるからなぁ」
「……まったくです。あのお方達の深謀深慮は私ではとても分かりっこありませんな」
(俺も分からないよ……)
白夜がそう思っているのも束の間、休憩時間の二十分はすぐさま過ぎていく。
そして第二種目――マルバツクイズが開始するのであった。
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「それでは、休憩時間を終えます。狼男の皆さんは朝礼台の前に集まってください」
コウハクの淡々としたアナウンスが流れる。
すると狼男達がゾロゾロと朝礼台の前に集まる。
「皆さん、準備はいいですか? ……それではこれより第二種目、『マルバツクイズ』を開始致します」
そして第二種目――マルバツクイズの開始を宣言した。
「よしっ! ではルールを説明する。皆、心して聞くように!」
「は〜いっ! 狼男の皆さん、ちゅうも〜く!」
白夜とイルミナが声を掛けると、狼男達の視線がこちらに全て収束する。
「ルールは簡単だ。出題者――イルミナが各種問題を出す。選択肢は二択だ。マルかバツか――イエスかノーのみだ」
「マルだと思う人はギン君の方、バツだと思う人はクロちゃんの方へ移動してね〜」
イルミナはギンとクロヌスの居る方を指差す。
二人の間には境界線が引かれており、ギン側に居るとマル、クロヌス側に居るとバツだ。
ギンとクロヌスがマルとバツの書かれたプレートを掲げる。
「正解者はそのまま次の問題の解答権を得る。不正解者はその場で脱落だ」
「問題は全部で五問! 最後まで残った人には素晴らしいプレゼントを用意してあるよ〜!」
「以上、ルール説明を終わります。分かった方はマルの方へ、分からなかった方はバツの方へと移動してください」
コウハクが狼男達に移動するよう促す。
すると狼男達がゾロゾロとギン側――マルの方へと移動する。
「……全員分かったようだな。じゃあ、練習がてら例題を出すぞ。これは正解しようがしまいが脱落はしない。では例題!」
「『この村の名前はトンブ村である』マルかな〜? バツかな〜?」
「それでは皆さん、動いてください」
すると狼男達は「簡単〜簡単〜」「余裕っしょ〜」「……え? どっち?」「お前……こっちだよこっち!」などと口々に言葉を発し、全員クロヌス側――バツの方へと足を運ぶ。
「それでは正解発表をします。正解は……」
「ぶっぶ〜! バツだよ〜!」
イルミナは両手を前で交差させ、バツを作る。
「よっしゃ!」「まぁ当たり前だよな」「ちゃんと聞いてなかったわ……」「お前……しっかりしろよな〜」と狼男達は安堵している。
「例題とはいえ、簡単過ぎたか? 全員正解のようだな。正解は『ドンブ村』だからバツだな。……それでは次からは本番だ。気を引き締めてかかるように。第一問!」
「『接客を開始する際、まずは一礼をする』マルかな〜? バツかな〜?」
「それでは皆さん、動いてください」
すると狼男達は「え? そりゃするに決まってるだろ。マルだマル」「当たり前だよな〜」「じゃあギン様の方か」などと口々に発する。
――外れだ。
先言後礼。
接客を開始する際、最初にするべきなのは挨拶だ。
もちろん礼もするのだが、順番が違う。
言葉を先に言った方が印象は良くなるのだ。
いわゆる引っ掛け問題に近いのだが、狼男達はまんまと引っ掛かっているようだ。
ゾロゾロとギンの方へと足を運ぶ――
「ばかっ! そっちじゃない!」「おいっ! こっちに帰ってこい!」「『先言後礼』を忘れたのか? まずは挨拶からだろうが!」
――ことはなく、別の狼男達に制止され、「あっ!?」「しまった!」「そうだった!」と言ってクロヌス側――バツの方へと全員止まる。
(チッ。引っ掛からなかったか。でも……)
――助け合い。
その精神が彼らの心に芽生えているのは大変喜ばしいことであった。
あのまま放っておけば彼らは脱落し、褒美も与えられなかっただろう。
そうすると正解者だけで褒美を独占出来るのだ。――ずる賢い者ならほくそ笑んで黙っておくに違いない。
なのに狼男達は全員が全員、彼ら不正解者を正し、間違いを理解させ、仲間を守ることを優先した。――素晴らしい精神だ。
個々が褒美を受け取り、喜ぶことを目指しているのではなく、個々が全員で褒美を得られるように考えている。
白夜はその光景に対して大変満足していた。
(それはいいことだよな。だけどこれじゃあ当の目的だった知性が判断出来ないな……)
白夜がそう悲観していることを知らず、狼男達はその後も全員で正解を叩き出し続けるのであった。
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「それでは最終問題に移ろう。お前達、よくぞここまで残ってこられたものだな」
そこには一人の脱落者も出さない――狼男一族全員の姿があった。
「最終問題……第五問!」
「『メシアは狼男一族全員の組織である』マルかな〜? バツかな〜?」
「それでは皆さん、動いてください」
「あれ? 最後にしちゃ簡単だな」「んなもんわかりきったことだよな」「あぁ。俺達誰一人として欠けちゃだめだもんな」「こうして最後まで全員残ったしな」「満場一致で決まりだな」
そしてゾロゾロとギンの方――マルの方へと狼男一族全員がやってくる。
その答えに対して満ち満ちた自信を持ってして。
「それでは正解発表をします。正解は――」
――だめええええええええ!
すると正解発表をする直前に、大きな声が上がる。
その声の主は――先ほど狼男三十三番を救った少女の声だった。
「そっちはだめえええええ!」
そして少女はパタパタと走って行き、クロヌス側――バツへと向かう。
「こっち! こっちなの!」
そう言ってぴょんぴょんと飛び跳ねながら手招きをし、狼男達を誘導しようとする。
狼男達はざわつく。
「え……?」「何言ってんだ? あの子……」「メシアは俺達全員の組織だろ……?」「どういうことだ……?」
と困惑する中、一人の狼男がすっとクロヌス側――バツの方へと赴き、少女の隣に立つ。
「……先ほどは助けてくれてありがとうございましたお嬢さん。もしよければ、理由をお聞かせ願えますか?」
それは借り物競争で共にゴールを目指した――三十三番の狼男であった。
「ちがうの! おおかみさんたちだけじゃないもん!」
「私達……だけじゃない……?」
「そうなの! わたしもともだちだもん!」
「……っ!」
(……ほう。気付いたのか)
『メシア』は狼男達の組織ではない。
『メシア』は――
「なるほど……皆! 聞いたか! 正解はそちらではない! こちらだ! バツだ! 早く帰ってこい!」
しかし村人達はこぞって疑問に思う。
「何言ってんだ? あの子」「おいおい……どう考えてもマルだろ」「あ、あの子ったら! 早く連れ戻さないと――」などと言葉を発していると――
「なるほど」「確かにな」「あの子は三十三番を救ってくれた」「無論、あの子も俺たちの仲間だ」「なら、あちらの方が正しい」
と言って狼男達がゾロゾロとクロヌスの方――バツへと帰ってくる。
「――! おおかみさん!」
「あぁ。申し訳ありませんお嬢さん。貴女のことを忘れてしまっていました。どうかお許し下さい」
そう言って三十三番は少女の頭を撫で、微笑む。
「我々『メシア』一同は……村人の皆さんと共にあります。故に狼男一族の組織ではありません。メシアは……」
――我々狼男一族と、この近隣の村人達全員の所属する組織です!
「……それでは正解を発表します。正解は……」
「ぶっぶ〜! バツだよ〜!」
「正解はバツだ。理由は三十三番の言う通りだ。皆、よくぞ最後まで残った。褒美は全員にやろう」
「「「うおおおおお!!!!」」」
「やったぜー!」「さすがだなー! 三十三番!」「ありがとな嬢ちゃん!」「俺、決めた。俺の分の褒美はあの子にあげる」
「や、やったぞあの子……!」「す、すげえ……!」「……俺も年だな」「ばかっ泣くんじゃねえよ……」「あの子ったら……」
村人と狼男達の歓喜の声が辺りに響き渡り、しばらくやむことはなかったのであった。




