第九十一話 メシア、祭りを開催する。
「今日は待ちに待った体育祭だな」「俺、高ぶってあんまり寝れなかった……」「目指すは最高評価だな」「うぉ……緊張してきた……」
狼男達はいつもの訓練場所――草原に集まり、口々に言葉を発している。
どうやら士気が高ぶっているようだ。
本日は狼男達の能力を確認する体育祭を催す日だ。
天候も晴れ晴れとしており、白夜達も清々しい朝を過ごせた。――いつも通りの日常も過ごせた。
「では、本日はよろしくお願いします。役員の皆さん」
白夜は体育祭実行委員の皆に礼を言う。
実行委委員は白夜とコウハクとイルミナとギンとクロヌスの五人――だけでは絶対に足りないので、村人の皆にも協力してもらうことにした。
総勢二十人越えの体制だ。
「おう。任せてくんな兄ちゃん」「狼男さん達の門出を祝う催し物でもありますしねぇ」「ビシバシフォローしてやんよ!」
村人達のやる気も十分だ。
このような催し物を開くことは数少ないそうで、狼男達よりも気合が入っているのではと思うくらいであった。
周りにも見物客がたくさん居り、事前に各村に届け出をしておいたことで、わざわざここまでやってきていた村人も居た。
「ありがとうございます。俺達五人は狼男達の評価をしないといけません。大会の運営は村人さん達に任せっきりになってしまうかと思います。昨日渡したマニュアル通りに実行してくれれば問題ないかと思いますが、困ったことがあればすぐに五人が控えているこのテントに聞きに来てください」
白夜は村人達に対して頭を下げ、礼を言った後、注意点を告げる。
昨日五人で話し合って作成した【体育祭運営マニュアル(コウハクブランド)】があれば問題はなさそうだが、トラブルを避けるためには念には念を入れておく必要があるだろう。
「あたぼうよ!」「バッチリこなしてみせるさ!」「任せときな!」「兄ちゃん達はそこで見てるだけでいいさね!」
村人達からは心強い返事が返ってくる。これならば何も問題はないだろう。
「……では、これより狼男達の体育祭――メシア祭を開催すると致しましょうか!」
「「「おー!!!」」」
こうして、村の祭りの中に一つ――メシア祭が追加されることとなるのであった。
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「宣誓! 我ら狼男一族は! スポーツマンシップにのっとり! 正々堂々と闘うことを誓います!」
「「「誓います!!!」」」
音を増幅させる魔法石を使用し、狼男達全員が狼形態となり、選手宣誓する。
「うむ。良かろう。我が狼男一族は、この日を境にメシアの一員となる。各員が個々の能力を存分に活かし、また存分に闘うことを、この銀の意思を持つ我が許そう。皆、全身全霊を持ってして、その身の素晴らしさを我々審査員に見せるが良い!!」
「「「はっ!!!」」」
ギンが狼形態となり、狼男一族を激励の言葉で奮い立たせる。――物凄い威厳だ。
白夜はまた嫉妬心を静かに燃やす。
「それではこれより、狼男達の体育祭――メシア祭を開始致します」
コウハクが通りの良い声で狼男達に宣言する。
いよいよ体育祭開始だ。
狼男達の顔色もキリッとした表情に変わる。
「まず始めに、このお祭り全体の約束事を説明するよ〜。皆、聞いてね!」
イルミナがパチンとウインクをしながらキュートに発言する。
狼男達の表情が一瞬でだらしなくにやける。
(……おいこら)
「約束は簡単なことだ。争い合うのではなく、競い合うのだ。周りの者はライバルではあるが、敵ではない。互いに互いを高め合い、時には助け合うのだ。良いな」
クロヌスが厳格な態度を持ってしてそう宣言すると、狼男達の表情は一瞬で真面目な者へと変わる。
(……忙しい奴らだ)
「……それでは第一の種目、『借り物競走』を始める。皆、所定の位置に付くように。それでは……解散!!」
「「「はっ!!!」」」
白夜の掛け声を切っ掛けに、メシア祭第一の種目――借り物競争が始まるのであった。
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採点の方式は単純だ。
狼男達一人一人を判別するために番号札をゼッケンのように背中に付けさせ、今回判定する大きく分けて三つの項目――誠実性、正確性、俊敏性の三つを各種1〜5段階で採点し、記録していく。
その他、特記事項があればメモしていくのだ。
これが思ったよりも大変――ではなかった。
「番号二十一番。誠実性三点、正確性三点、俊敏性五点。配送職向けですね。
番号二十二番。誠実性三点、正確性五点、俊敏性二点。情報職向けですね。
番号二十三番。誠実性五点、正確性二点、俊敏性三点。接客職向けですね」
「番号二十一番。配点が三、三、五で配送っと……」
「番号二十二番が配点三、五、二で情報。番号二十三番が五、二、三で接客でござるな」
このようにコウハクが見ただけでパパッと言い当て、ギンとクロヌスがササッとあらかじめ番号と三つの項目に分けた表を記載した紙に素早く書いていってしまうのだ。――残り者には仕事がない。
「……すごいなあいつら」
「ほんと、あたしたち、やること無くなっちゃったね……」
残り者――白夜とイルミナは借り物競走に全力で挑む狼男達を見ながら寂しげにする。
村人達も困惑することなく、完璧にバッチリと役回りをこなしてしまっている。
もはやフォローの必要もないだろう。
――何か仕事がないものか――白夜がそう思っていると、ふと脳内にピカリと電球が光る。
「そうだっ! 体育祭に必要な、重要な役割がまだあるじゃないか!」
「えぇっ!? そうなの? なになに?」
すると白夜は魔法石をすっと持ち出し、テントの外に出る。
「決まってるだろ? ――実況さ」
そしてすうっと息を吸い、魔法石――マイクに対して大きな声で実況する。
「番号三十三番! 探し物が見つからずに困惑しているぞ! 頑張れ! 諦めるな! きっと見つかるはずだ!」
そう言って選手に激励の言葉を飛ばす。
「お、おぉ……! なんか、いいかも!」
するとイルミナがキラキラとした視線を向けてくる。
「イルミナ! 一緒にやるぞ! この祭……皆で盛り上げよう!」
白夜が魔法石を指差し、イルミナを誘う。
「――うんっ! 分かった! 番号三十三番さん! 頑張って! 勇気を出して! 皆も応援してあげて!」
イルミナも魔法石を持ち出し、白夜の隣に立ち、狼男を激励する。
すると――
「「「うおおおお!!! 頑張れ!!! 三十三番!!!」」」
周りの村人や狼男達がこぞって激励を飛ばし合う。
正に現実世界の体育祭のような雰囲気が出来上がるのであった。
すると――
「……っ! 誰か! メガネを持っていませんか!? よろしければ、私に貸し出してはいただけないでしょうか!」
それまでおずおずとしていた三十三番の狼男が大声をあげ、借り物を探し始めた。
「メガネだってよ!」「どっかにねーか!?」「こっちにあるぞ!」「ほら、こっちこっち!」「いや、こっちのが近いっての!」「おいおい、一杯あり過ぎだろ! あいつ困ってるぞ?」「おおかみさーん! わたしのつかっていいよー!」
すると一人の少女が、どこに借りに行こうかと困惑している三十三番に対してテテテと走り寄り、メガネを差し出す。
「はいっ! どうぞっ! がんばってね!」
「――っ! ありがとうございます! しばしお借りします! すぐ返しに向かいますゆえ! お嬢さんはトラックの外でお待ちください! ここは少々危険ですゆえ、私がお送りしましょう! さぁ、背中にお乗りください!」
「えぇっ!? のってもいいのー!?」
「もちろんです! なんなら、一緒にゴールまで向かいますかな?」
「わー! いこいこ! じゃあ、めがねはわたしがかけとくね!」
「ふふっ。ありがとうございますっ! では、お願いします! 振り落とさないようにゆっくり走りますが、しっかりと掴まっていてくださいね! 共にゴールを目指しましょう!」
「うん! わかった! ……うんしょっ!」
「では、共に参りましょう! いざゴールへ!」
「わーい! すごーい! はやいはやいー!」
そして三十三番は少女を背中に乗せ、ゴールへと走って行った。
「……番号三十三番、誠実性五点、正確性五点、俊敏性一点。接客職向けですね。オール一点から訂正です。さすがは主人さま」
「番号三十三番訂正っと。しかし、ハクヤ様はすごいことを思いつかれますな」
「まったくでござるな。あの者の内に眠る可能性を引き出し、評価を一瞬で一新してしまうとは」
などと審査員が白夜のことを評価しているのに対し――
「うおおお! 三十三番! 少女を背中に乗せ、見事ゴールだー!」
「やったね! 三十三番さん! 女の子も協力してくれてありがとー!」
「あぁっとぉ! ここで三十八番! 慌てて竹箒を落としてしまったああ!」
「これは痛恨のミス! せっかくすぐに貸し出し手が見つかったのに、大きく順位を下げちゃった!」
「貸し出した村人も思わず苦笑いー! その表情は三十八番の順位降下を案じているのか! はたまた貸し出した竹箒の身を案じているのかああ!」
二人は実況者として仕事(?)をするのであった。




