第八十五話 現人神、誘惑される。
「――というわけで、愛の種類には様々なものがあります。主人さまはわたくしに対して『かわいい』と感じ、『撫でたい』という衝動をお持ちです。このことから主人さまはわたくしに対して、何かしらの愛情をお持ちなのは確定事項です」
「そうなのかー」
「主人さまはわたくしのことが……す、す、好きとおっしゃいました。ならばもう少し深く、その部分についてお考えください。……わたくしは主人さまにとって、どのような存在ですか?」
「す、す、好きとは言ってないけど?」
「……好きって言いましたっ!」
「はいはい。分かった分かった。考えるよ」
コウハクはあれからすっかりメガネモードになり、白夜は生徒として授業を聴く他無かった。
最初はてっきり力技で押し倒して来るのかと思ったが、それはしないらしい。
あくまでも白夜の内に眠る性欲を、白夜の意思的に解放しようとしているみたいだ。
あの記憶の件も関係あるのだろう。――変なところが優しいやつだ。
「う〜ん……」
(俺はコウハクに対して、どのような感情を抱いているのか……)
「……そうだな。コウハクとはまだ会って数日程度しか経ってないけど、俺はお前のことをまるで家族のように信頼している。後は……コウハクは見た目も中身もかわいらしいからな。甘えられるとつい手が頭に伸びてしまうかな」
「……」
すると、コウハクが黙ってしまった。
何やら顔をほころばせて喜びつつ、難しそうに考え込んでいる。――器用なやつだ。
「……その愛情は恐らく――」
「さっき言ってた愛の種類の一つ、“父性愛”だよな〜」
父性愛――父が我が子に対して向ける慈愛のことだ。
イルエスがイルミナに対して向けていたようなものだろう。
「むむむ……わたくしは主人さまの子供じゃありませんっ! ちゃんと一人の女性として、わたくしを見てくださいっ!」
「そうは言われても性欲無いし……お前どう見ても子供だし……なんなら俺としては、ペットに向ける愛情に近いとさえ思ってるけど――」
「ぺ、ペットォ!? わたくしのことを、愛玩動物と考えていらしたのですか!?」
するとコウハクが声を荒げて白夜に問い詰めてくる。
(うわ、しまった。流石にペット扱いは駄目か? 訂正し――)
「そ、そこまで思って頂いていたなんて……感謝、感激ですっ!」
(――なくてもいいみたいだな)
コウハクは目に見えて喜んでいた。――どういうことだろうか。
「な、ならば! ペットを愛でるかの如く、わたくしを撫でてくれませんか!? 余すことなく、全身を!」
「アホか。そんな変態みたいなことしないって――」
「いいえ! 主人さまはあの城で居た際に、わたくしに対して体を乱暴に撫で回すと言うご褒――罰を与えてくださいました! その際に何か達成感を得ていたような表情をしていたことをわたくしは覚えていますよ! はっきりと! 言い逃れは出来ません! 本当はわたくしの体を撫でたくて仕方がないんでしょう!?」
コウハクは白夜が城で居た際のお仕置きについて言及しているようだ。――まぁ確かに。
「確かに……あの時はムシャクシャしてたからストレス発散にはなったけど、別に邪な考えは欠片も無かったぞ?」
「な、なんとっ!? そ、そんな……」
コウハクはがっくしとオーバーリアクション気味に肩を落とす。
「……いえ、諦めません。諦めませんよ! わたくしは!」
と思ったら今度はガバッと起き上がり、何かを覚悟したかのようにキリッとした表情になる。――忙しいやつだ。
「でしたら主人さまに思わせれば良いのです! わたくしの体に触れたくて触れたくて……それはもう仕方がないと!」
そしてドーンと神のポーズその三を取りながら高々と宣言する。
「……それは、今まで通り甘え続けるってことか?」
白夜はその様子に少々呆れながらもコウハクに問いかける。
「いえ! それももちろんやりますが、今回は違います! 生物的に――本能的に心の底からそう思ってもらうのです! つまり、わたくしが主人さまのことを……バッチリ魅了してみせます!」
するとコウハクが急にふわっと地面に向けて倒れこみ、ぽさりと仰向けに寝転がった。
白夜は少し慌てて――
「お、おい? 大丈夫か? また疲れて無理でも――」
と言葉を発するが、すぐにピタリと止まる。
そこには何とも儚い表情を浮かべた少女の姿があった。
瞼は薄く開き、何かを懇願するかのような瞳で見つめてくるその熱い視線は白夜の方に向かれ、一切外すことは無い。
口は何かを言いたげにほんの少しだけ開き、そのピンク色の艶のある両唇の間からは艶かしい呼吸音のみが発されている。
ロングストレートの白い艶のある美髪を地面にバサっと不規則に放り出し、その上にコウハクの――息をする度に少し胸が膨らんだり縮んだりする動きをしている小さな上半身が乗っている。
両手は顔の横あたりに投げ出されており、手の平を上に向け、キュッと力を半分ほど込めた握りこぶしを作っている。
下半身は左足を真っ直ぐに伸ばし、右足は半分ほど曲げ、上から見ると左膝を右膝で隠しているかのように見える。
白いワンピースの守っている領域から外れた部分にはコウハクの汚れを知らないかのように美しい小さな太腿が姿を表していた。
「主人さま……いいですよ……? 近くに来て……わたくしを……愛してください……」
コウハクがその肢体を余すことなく楽しむ許可を出す。
まるですぐに何もかも消えてしまいそうな程、美しいその光景を目の当たりにして白夜は――
やっぱり何もナニも反応しなかった。
(う〜ん……すごく綺麗とか、かわいらしいとは思うんだが……やっぱりそこから先、普通の男が本来思うであろうことがプツンと途切れてしまっている。……やっぱそう簡単にはいかんよな)
ただこれではあまりにもコウハクがかわいそうだ。
ここまで白夜のために必死にやってくれているのに「ごめん。何もナニも感じない」とか言うと、絶対すぐにわんわん泣き出すに違いない。
必死に何かを求めるような熱い視線を送り続けるコウハクに対して、白夜はすっと近づき、腰を落とし、わき腹に触れる。
「――あっ」と艶声を漏らすコウハクに対して白夜は――
あの罰を開始する。
「ほ〜れ、こしょこしょこしょ〜」
「――んいぅっ!? あひゃ、あひゃひゃひゃひゃ! や、ちが、そんな――」
「んん? なんだ? ここか? ここがええのんか? ほーれこしょこしょ〜」
「んやああぁぁっ!? あひゃひゃひゃひゃ! やめ、やめへくらひゃいっ! あるひひゃまっ! あひゃひゃひゃ!」
「ほれほれ、よいではないか、よいではないか〜こしょこしょ〜」
「あひゃあひっ! あひひっ……! ……んうっ!? ら、らめっ! らめれすっ! やめ、くらひゃいっ! あるひひゃまっ! こ、このまま、ひゃ、わら、わらくひ……!」
「んん〜? どうした〜? ほれほれ、まだやめてやらんぞ〜こしょこしょこしょ〜」
「ひあっ……! や、やめ……! も、もうっ……! ……あっ」
「おお〜ほれほれ、かわゆいのう、かわゆいのう〜こしょこしょ〜」
「んうぅっ!? ……あっあぁっ……! あるひひゃまぁっ! あっ、あぁっ! んあっ……」
……あんっ。
そんな感じのどこか艶かしい声を発したコウハクは、一瞬全身をビクンと跳ねさせる。
白夜はハッと我に返り、コウハクのわき腹をくすぐることをパッとやめる。
コウハクはその後、しばらくピクピクと体を痙攣させ、「はぁはぁ」と肩で呼吸をし、息を荒げている。
「……はぁっはぁっ……ある、ひ……ひゃま……はぁっはぁっ」
(……いかん、今回はやりすぎた。まさか体が痙攣して過呼吸を起こしてしまうほど続けてやってしまうとは……何だか申し訳な――)
「はぁっはぁっ……ま、また……はぁっ……んはぁっ……お、お願い、ひまひゅ」
と言った後、ぱたりと力尽きた。
(――くはないな。うん。……しかし、なんだろう。この難攻不落の山を完全に登りきったかのような高揚感は。……まさかこれが性欲というものなのか? 登山家はこの達成感を求めて山に登るのか……なるほど。納得できるかもしれん)
白夜はある種の達成感を感じ、うんうんと頷きながらしばらく佇んでいると――
「……ハクヤさん?」
まるで夫の浮気現場を垣間見たかのような、ドス黒い雰囲気を醸し出す美女――イルミナが声を掛けて来たのであった。




